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なにげに文士劇2024旗揚げ記念連載#7【木下昌輝】

作家たち、舞台に立つ
筆一本で世にはばかる文士(作家)とその仲間が集まって、芝居をします。
文士劇は130年以上の歴史を持ちますが、大阪では実に66年ぶりの旗揚げ公演。素人芝居だからこそ懸命、アタフタと慌てふためいてしまうかも?
……そんな素敵な企画「なにげに文士劇」。
舞台に立たれる作家さんのエッセイを順番に公開します!!
第七弾は木下昌輝さん。
是非お楽しみください!!

芝居の教訓:行間を読め

文:木下昌輝

 30年前のリベンジができる。
 文士劇のお話を朝井まかてさんからいただいた時、そう思ったのだった。

 30年前、私は20歳を目前にした青年だった。暇を持て余した私は面白い短期バイトはないかと、バイト情報誌・フロムエーをめくっていると「ヒーロー着ぐるみショー」の募集を見つけたのだ。
 演目はセーラームーン(と仮面ライダー)。興味本位だけで申し込むとなぜか採用された。私に任された役は、タキシード仮面だった。人生初タキシードである。

 夜、小さな事務所に集められて、何日かの簡単な稽古をした。幸いにも録音テープがあり、セリフを発する必要はない。テープにあわせてジェスチャーのような演技をするだけ、顔もかぶりものをしてわからない。
 キャストは確かセーラームーンとセーラーマーキュリーとセーラージュピターと妖魔と私が演じるタキシード仮面の4人だった。小さなバンに乗って遊園地にいったのを覚えている。短期バイトは私だけで他は全員、古株のメンバーだった。

 顔の前部分だけ空いた全身タイツをはいて、タキシードに身を包む。本番前は、かぶりものの仮面はかぶらない。とてもシュールだ。セーラー三戦士も全身タイツにセーラー服という姿で思い思いに過ごしている。ファンには決して見せられない姿だ。

 本番前は気だるい雰囲気が漂っていた。折り畳み椅子に座りボーっとしていると、セーラーマーキュリー役の子が鏡の前で振り付けの練習をしていた。暑いので結構汗だくになっている。タキシード仮面はピンチの時にちょろっと出て、ちょろっと活躍して舞台からはける役なので練習はほぼ必要ない。
 真面目な子だなぁとぼんやりと見ていると、突然、彼女が振り付けの練習をめたのだ。そして、セーラーマーキュリー演じる彼女がおもむろに椅子に座る私のところまできて、私の膝の上に座るではないか。

「私、タキシード仮面好きやねん」

 え? 何? これ? どういうこと?
 全身タイツにタキシード姿の私は混乱した。
 20年生きてきて、いまだこんなシチュエーションに遭遇したことはなかった。
 頭がバグった。

 結果、こう思ったのだ。

『彼女は本当にタキシード仮面が好きなのだ』

 と。
 そして、こう結論づけた。

『俺はタキシード仮面の足元にも及ばないしょぼい男だ。彼女を勘違いさせてはいけない』

 と。

 今にして思えば、私は小説でいうところの行間を読むことができなかった。彼女の言葉の行間を読めば、こんな思考プロセスはへなかっただろう。

 ひとりで決めポーズを練習するぐらい、セーラームーンを愛している彼女を裏切ってはいけないと思ってしまったのだ。
 だから、こう答えた。

「俺はあんま好きちゃうなぁ」

 と。

 こうして、2日にわたる短期バイトは終わった(2日目は仮面ライダーの怪人役だった。全力で演じた)。

 行間を読む能力がなかったことが、今にして思えば悔やまれてならない。あの20歳になる前の夏は永遠に戻ってこない。

 これが、私の最初で最後の舞台になると思っていた。

 そして、私はプロの小説家になった。
 行間も読めるようになった(と思う)。

 そんな時に、まかてさんから文士劇の話を聞いた。なぜか体が熱くなった。
 あの時のやり直しをできるのではないか。
 少なくとも今の私は行間が読める。

 何より30年前、タキシード仮面で登場した時の歓声、怪人として仮面ライダーにやっつけられた時の子供たちの盛り上がり、深夜の公園での稽古での熱意、あの雰囲気をまた味わえるのが楽しみだ。

 今回の文士劇は葉室麟はむろりん先生のお墓参りがきっかけと聞いた。私は葉室先生とは面識がないが、こういう機会をいただいたことに感謝しつつ30年前のリベンジをしたい。


■■■出演者■■■
黒川博行・朝井まかて・東山彰良・澤田瞳子・一穂ミチ・上田秀人・門井慶喜・木下昌輝・黒川雅子(画家)・小林龍之(講談社)・蝉谷めぐ実・高樹のぶ子・玉岡かおる・百々典孝(紀伊國屋書店)・湊かなえ・矢野隆
配役は下記の公式HPへ!!



日時:2024年11月16日(土曜日)16時開演
開演:サンケイホールブリーゼ
全席指定 8,000円
[主催・製作]なにげに文士劇2024実行委員会

なにげに文士劇の詳細は上記HPまで!是非チェックしてください♪


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光文社 文芸編集部|kobunsha
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