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『映像の世紀バタフライエフェクト』|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門〈語っておきたい新作〉【第10回】

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文=稲田豊史

 ドキュメンタリーには「構成もの」というジャンルがある。「過去にあった出来事について、アーカイブ映像や活字資料をふんだんに使い、関係者の証言インタビューなどを折りまぜながら表現するドキュメンタリー」(*)のことだ。その「構成もの」の国内最高峰と言っても過言ではないのが、20世紀の近現代史をすべて〝現存する当時の映像だけ〟で綴ったNHK「映像の世紀」シリーズである。

「映像の世紀」には大きく3つのシリーズがある。第1シリーズは1995年から1996年にかけて全11回で放送された『映像の世紀』。第2シリーズは2015年から2016年にかけて全6回で放送された『新・映像の世紀』。そして2022年4月から放映中の『映像の世紀バタフライエフェクト』(事実上の前身番組は2016年5月から放映されていた『映像の世紀プレミアム』)だ。

 3シリーズとも、学校の授業では手薄になりがちな20世紀の世界史を〝まるで物語のように〟ダイナミックに語る、卓越したストーリーテリングが魅力である。ただ、『映像の世紀』と『新・映像の世紀』が史実のメインストリームを丹念に綴る「大河ドラマ」なら、『バタフライエフェクト』はさしずめ「スピンオフの単発ドラマ集」。特定の出来事や特定の人物――ベルリンの壁崩壊、キューバ危機、911、ヒトラーとチャップリン、スターリンとプーチン、スティーブ・ジョブズ、ナチハンター、零戦の誕生、FBI長官エドガー・フーバーなど――に焦点を合わせ、深掘りする。

 タイトルの「バタフライエフェクト」とは、日本語で言うなら「風が吹けば桶屋おけやが儲かる」のこと。「蝶の羽ばたきのような、ひとりひとりのささやかな営みが、いかに連鎖し、世界を動かしていくのか?」(番組HPより)を主眼に置いたストーリーテリングが貫かれている。

 あの時、あの場所に、たまたま居合わせた名もなき人物が、そこでの強烈な体験をもとに行動を起こし、後に世界史を書き換えることになる――。そこには、崇高な理想を抱いた若者が歴史の波に呑み込まれ最悪の独裁者になっていく悲劇もあれば、一人の力では叶えられなかった理想を何人もの人間たちがバトンリレーのようにして達成する感動もある。

 尺は基本的に1本45分。冒頭のささやかなフリが、最後、見事なオチにつながるような名作回も多い。たとえば『RBG 最強と呼ばれた女性判事 女性たち 百年のリレー』(2022年7月4日放送)は、自由と平等を求めた女性たちの奮闘をまとめた回だが、彼女たちが権利を勝ち取るべく行ったバトンリレーのストーリーテリングは、出色の出来だった。

 イギリスで女性参政権獲得のために戦ったエミリー・デイヴィソン(1872―1913)が、抗議のため競馬場でジョージ5世所有の馬の前に飛び出し死亡した衝撃の事件。女性として初めての大西洋単独横断飛行に成功したアメリア・イアハート(1897―1937)の魂。イアハートの本を手にしたニューヨークの少女が、後にアメリカ最強の女性判事と称賛されるルース・ベイダー・ギンズバーグ(RBG、1933―2020)だったこと。そのRBGの活動に影響を受けたヒラリー・クリントン(1947―)は、アメリカで女性初の大統領を目指した。

 この見事な事象の連鎖と、壮大な大団円。トランプに敗北したヒラリーが、それでも後に続いてほしいと全女性に訴えかける演説は号泣ものだ。精密な因果関係によって強固に組み上げられた「物語」としての完成度が、あまりに高い。

 歴史を学ぶとは、事象と年号を暗記することではない。ある事象とある事象の因果関係を、心から納得する行為のことだ。そんな歴史の面白さを、たった45分間でコンパクトに味わわせてくれるのが本作である。これに味をしめたら、ぜひ史実のメインストリームをダイナミックに綴った『映像の世紀』『新・映像の世紀』の沼にハマるべし。

*『ドキュメンタリーの舞台裏』(大島新・著/文藝春秋、2022年)

《ジャーロ NO.89 2023 JULY 掲載》


『映像の世紀バタフライエフェクト』
2022年4月~/日本
NHK総合で毎週月曜午後10時より放送中
NHKオンデマンドで配信中
ⒸNHK

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稲田豊史さん近著


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