酒本歩【エッセイ】新刊『ロスト・ドッグ』に寄せて
犬が好きなすべての人に
酒本歩
「心臓の病気です。手術をすれば助かる可能性が高いですが二百万円ほど掛かります」
愛犬を診察した獣医師の言葉に主人公が驚き、思い悩むところから『ロスト・ドッグ』は始まります。
あなたが主人公なら、どうしますか?
私と家族はミルという名のポメラニアンと一緒に暮らしています。心臓の病気はミルに実際に起きたことです。獣医師の診断を受けて、私は僧帽弁閉鎖不全症という厄介な病気のこと、人工心肺を使う大手術の内容とリスクなどを調べて愕然としました。
一方では、ミルと一緒に暮らしてきた日々、私たち家族がどれほどミルに癒やされ、救われてきたか。そのことを改めて見つめ直しました。
この小さくて大切な命を救うのに、どうしてそんな大金が必要なのか。私はペット保険に入っていませんでした。お金が用意できなければ、服薬治療しかありません。
薬で進行を遅らせて、残された日々を少しでも苦しまずに過ごせるようにする。それも選択です。私は何日も悩み迷いました。大病を患った愛犬、愛猫の飼い主が同じような思いをしていることも知り、ペットの医療費負担が現実問題として、あまりにも厳しく理不尽だと痛感しました。
『ロスト・ドッグ』のミステリの部分は、もちろんすべて創作ですが、ミルの病気のこと、その時に私が体験し、感じたことが小説の大きなテーマになっているのです。
犬が好きな人に読んでもらいたいと思って書きました。テーマは深刻ですが、エンターテインメントです。ミステリを楽しみながら、主人公と一緒に、犬という素晴らしい相棒のことに思いを馳せていただけたら何よりの喜びです。
ミルは最近五十グラムほどのダイエットに成功して、少し締まった感じです。
《小説宝石 2022年10月号掲載》
▽『ロスト・ドッグ』あらすじ
愛犬が心臓病になった。手術費用は200万円。ペットショップでは売れ残った犬が鳴き、セレブが集う動物病院では、名医の診察を待つ行列ができている。そんなある日、山中で人間の遺体が発見され、周囲には犬の骨が散乱していた―動物医療の在り方を問う!
▽著者プロフィール
酒本歩 さかもと・あゆむ
1961年、長野県生まれ。2016年、かつしか文学賞優秀賞受賞。’18年、『幻の彼女』で島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞。’19年に同作でデビュー。’20年『幻のオリンピアン』刊行。
▽『小説宝石』新刊エッセイとは
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