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【インド回想記⑤】時間と空間

デカン高原エローラ石窟寺院すずめの戸締り自分の生死故郷

デカン高原は不思議な磁力を持っている。エローラ石窟寺院の30番洞窟の中に入る。暗闇が見えてコウモリのツンと焦げたようなフンの匂いが鼻をつきふと暗闇に吸い込まれそうになる。人がいる訳でもない何かがいるというより、ある。仏像いや仏像の形をした何かがうっすら闇の中に浮かぶ。誰かの気配がする松明の気配がする儀式の気配がする何千年も前の人がふと松明をともして暗闇の中で何かを唱え始める気配がする。静かに降る雨が集まって雨垂れの音が暗い空間に響く、。、全ての時間がある塊として渦として。

外壁には遥か昔に彫られたレリーフが雨に濡れ黒い。階段を登らなければ来られないここには観光客はいないそう私たちだけ。部屋の奥へ向かう暗闇に座った仏像が浮かび上がるいいえ浮かび上がってはいない、「わかる」だけ。ぐぐぐぐぐとくぐもった音が聞こえると思ったら外の草の丘に牛。はるか遠くを牛と歩くおじさんも雨に濡れて丘は鮮やかな緑。

デカン高原の曇り空の下でオーディオから流れたすずめの戸締りの響きが耳によみがえる。人の記憶は覚えられないものでできている時間の流れと「すずめ」の音が混ざって身体の底から響く。帰ってきた次の日にすずめの戸締りを見て終わってときにわかったわかったあそこは常世だった千五百年前から今までとこれからの全部が混ざってあの暗闇に塊として存在していた。

瞬きをしたら世界が滅亡するそんな破壊神シヴァ神の瞑想
彼の瞑想は精神を統一するためだけでなく学びを自分の中で咀嚼して血肉にする。瞬きで世界は壊れ次に目を開いたときは新しい世界。そうそのとき世界は壊れていないけれど壊れ新しい。
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帰国した翌日の夜、「すずめの戸締り」を観終わって帰りふらふらする足で銀杏の匂いのする日比谷公園に行き、夜のベンチに一人腰掛け、暗闇を前に目を閉じた。シヴァ神の瞑想のことを考え、エローラ石窟寺院30番のことを考え、すずめの戸締りの主題歌を想い、扉を開けた向こう側の「すべての時間がある常世」を想った。時間が経ち目を開けたら、何かが、何かが新しい気がした、家に帰って味噌汁を飲んだ。
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深夜のベットの上でパソコンをたたくしがらんとした大教室でスピーカーから流れる教授の声を聴くし、でもあの空間ははインド亜大陸の真ん中に存在していて昼も夜も同じ暗闇でコウモリが住むのだろう、。、近くをどうどうと流れていた滝も黒い広がる平原も自然の摂理で変わるだろうが、私の生死はあの景色には何も関係ないひとしずくの影響ですら及ぼさない。
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自分の故郷の町の秋

小学生の声
秋晴れ
せせらぎ
何かの白い花がゆれる
澄みわたった秋空にカラスの鳴き声がすかんと響く
幼いころのしあわせでのどかな午後を象徴するようなヘリコプターの音が近づいてくる

私の命が引っかかっている場所に流れる時間もすべてたまらなく愛しい。
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