42

 水曜日の夜自宅に戻ると、また留守電のランプが点滅していた。
『―ハイ、久しぶりね。プレゼントは届いたかしら。受け取ったらなるべくすぐに連絡して欲しいの。ほら、最近色々と不安定でしょう、郵便局がストライキを起こしたり、小包を盗まれたり、全く信用ならないわ。直接渡せればいいんだけど、そういう訳にもいかないし。それじゃあね』

 そもそもの始まりは五日前の留守番電話だった。
『―ハイ、久しぶりね。今日小包を送ったわ。ちょっとしたプレゼントよ。きっと気に入ってくれると思うの。すぐに届くといいんだけど。また連絡するわね』
どうやら俺と誰かを間違って電話してきているようだった。つまり、彼女は名乗らなかったし、その声の主に全く心当たりがなかった。
かけ直してみるべきかと思った。しかし彼女は届いたら電話をしてくれと言っている。届いてもいない今かけたところで、余計にややこしいことになるのではないだろうか。(そもそもその小包はここへ届くことになっているのか?)
したがって俺は2件のメッセージを消去し、その日はそのまま床に就いた。

 『―ハイ、ねえ、まだ届かないのかしら?ともかく一度連絡をちょうだい。みんなあなたのこと気にしてるわ。いつもの怠け癖ならいいんだけどね。すぐによ』
初めの留守電から十日後、今度は催促のメッセージが入っていた。
どうやらこの俺と間違われている誰かというのは、頻繁に音信不通になるようだ。実のところ、知らないふりをしているのにもそろそろ気が引けて来ていたし、彼女にも、俺と間違われているその人物にも申し訳なくなってきていた。
だから俺は電話の前に椅子を持ってきて、そこに腰掛け、煙草に火をつけてから意を決して受話器を取った。午後11時13分。電話をするには少々遅い時間ではあるが、声の主が「すぐに」と言っているのだから仕方あるまい。
受話器からコール音が5回、6回、7回…
『ただいま留守にしております。発信音の後にメッセージを―』
俺は受話器を置いた。そうして一応、椅子に座ったまま、煙草をふかしながら、11時32分になるまで待った。着信なし。
ようやく腰を上げたときには、ここに座っていた数十分をすでに後悔し始めていた。
仕方無い。どうせまたかかってくるだろう。

 次の日の夜、帰宅しドアを開けると、すぐに電話が鳴り始めた。
時は満ちた、のか。ともかく。
足早に電話へと向かい、1コールだけ待ってから受話器を手にした。
「―もしもし」
『ああよかった、やっとつながった!心配してたのよ!』
俺は息を吸って、一瞬思案した後、相手を困惑・落胆させるために口を開いた。
「すみません、失礼ですが、どちら様です?」
電話の相手が息を飲んだのが分かった。
『…それじゃミスター・ジョーンズの電話じゃないのね?』
「ええ、ちがいます」
『ミスター・ジョーンズをご存知ない?』
「知りませんね」
俺は煙草を咥えて、火を点けようとして、やめた。
今は明らかに動揺している相手との会話に集中すべきだと思ったのだ。
『困ったわ…きっと混線か何かね』
“混線”という単語を彼女は外国語のように発音したので、この21世紀に?という本音は押しとどめて、俺は自分の番号を言った。
「…862。ここにかけておられますね?」
『ええ、そうです』
「それじゃきっとジョーンズさんの番号を俺が引き継いだんでしょう。この部屋へ入った時とき…3週間程前ですが…初めからこの番号が割り振られていたんです」
『ミスター・ジョーンズの後にそこの部屋に入られたんだわ。赤い屋根のテイクアウェイのチャイニーズレストランの向かいの建物ね?』
「そうです」
『42号室?』
「その通りです」
彼女は溜息とともに「大変」か何かそういう言葉を呟いた。
『何度も留守電を入れてしまっていたからご存知でしょうけど、小包を送ったんです。それも42号室へ。あなたのところです』
俺はもう一度煙草を咥えて、今度こそ火を点けた。この会話が解決に向かっていると思われたからだ。
「それなら届き次第送り返しますよ」
『ああ、助かりますわ。代金はお支払いします。こちらの住所も書いておいたから…』
「分かりました」
『それから、念のため到着したらご連絡くださる?この国で小包がちゃんと届くのか不安で』
まるでそれだけが気がかりだと言わんばかりの言い草だ。小包の中身が何かは知らないが、彼女にとって大層重要なものらしい。
「了解です。物が無くなっては厄介ですからね」
『ありがとうございます。ご迷惑をおかけして、本当にごめんなさい』
「いいんですよ、あなたは知らなかった訳だし」
彼女はもう一度謝罪の言葉を口にして、そうして電話は切れた。
取り残された俺はそこに立ったまま煙草を最後まで吸った。
えらく筋書き通りに事を運ばれたような変な気分だった。
俺の提案の後、彼女はすらすらと返事をしたが、まるで俺がそう言い出すことを前提に話を進めていたように思えたのだ。
まあともかく、小包を送り返すだけのことだ。大変な労働というわけではない。宛先を書き変えて、郵便局に行けばいいのだ。
そこでふと、彼女が小包を送ったと連絡してきてから十日以上が経過していることを思い出した。つまり、既にこちらに届いていてもおかしくないだけの時間が過ぎていた。彼女の言うように、どこかで「混線」してしまっているのだろうか。

 再び彼女から連絡があったのはそれから五日後のことであった。
その時俺は帰宅してソファに横になり、ぼんやりと天井を見上げながら電話の方へ意識を集中させていた。というのもその夜は、そろそろかかってくるはずだという確信に近い何かを感じていたのだ。
しかし、ただでさえ人一倍郵便事情に敏感である(らしい)彼女なのだから、五日も持ったのは奇跡にすら近い。なにせ小包はまだ届いていなかったのだ。
そのことを一応報告すると、分かりきったことではあったが改めて俺から聞かされたために、彼女は一層不安をかきたてられたようであった。
『まだ、届かない?』
「ええ、ですから一度こちらの郵便局に問い合わせてみようかと思っていまして」
『いいえ、いいえ、これ以上お手を煩わせるわけには参りませんわ。明日私が聞いてみることにします。ええ、もっと早くこうしておくべきだったんだわ』
それを聞いて、自分が必要以上にこの騒動にのめり込んでいたことに気付かされた。そうだ、本来なら関わるはずのないことなのだから。
「それでも、もしこちらで何かできることがあれば教えてください」
ためらうような間があって、彼女はおずおずと口を開いた。
『ではアパートの人たちに、ミスター・ジョーンズと連絡がつかないか、何か聞いていないか、尋ねてみてはもらえませんか?』
「とすると、ジョーンズ氏とはまだ?」
震えるような溜息がこぼされた。
『ええ。思い当たるところ全て外れだったみたいで』
「何者なんです?そのジョーンズという人は」
俺は前回の電話のときと同じように煙草を口にくわえ、彼女が再び口を開くまで火を点けるのを待った。
『バレエダンサーです。でした、と言うべきなんでしょうか。怪我で舞台を離れた後、故郷に戻ったようなのですが、いつのまにかその、42号室に住みついていたようで。それが去年の秋頃だったのだと思います。そちらへは二度ほど電話をかけて話しましたわ。酷く落ち込んでいるようだったので、仲間内みんなで心配していたんです』
彼女の言葉には明らかな不安が読みとれたが、それを押さえようと努める姿勢に好感を覚えた。
「失礼ですが、ジョーンズ氏とはどういうご関係なんです?」
『以前は恋人だったこともあるんです』
「なるほど、きわめて親しくしていたあなたにも、彼の行方が分からない、と」
『そうなんです。大体彼が42号室へ入ったというのも、彼が姿をくらました後、四カ月探してようやく分かったことなんです。最後に彼と電話したのは一月程前で…また逃げられてしまったんですわ』
彼女はほとんど泣きかけているようだった。ジョーンズ氏の情報を得るのに夢中になっていた俺は、先程の煙草を右手に持ったまま、まだ火を点けていなかったことを思い出した。
「とにかく、こちらのアパートで聞いてみることにします。そちらはそちらで郵便局の方をお願いします」
『ええ、ありがとうございます』
「次の土曜の夜に報告し合うというのはどうですか?」
『九時以降でしたら助かります』
「それでは十時に?」
『分かりましたわ…本当にありがとうございます』
受話器を置いて、結局火をつけなかった煙草を箱に戻し、俺はまた彼女の名前を聞きそびれたと思った。しかし名前など知ったところで何になるだろう。所詮は赤の他人同士、俺はちょっとした人助けをしているだけで、つまり地下鉄で誰かに席を譲るのと同じような話なのだ。親切した相手の名前を誰が知りたがるだろうか?ミスター・ジョーンズの名前さえ分かっていればよいのだから。

 そういう訳で土曜日の夜はほとんど意図的に彼女の名前を尋ねなかった。
俺はソファに横になって、今回ははじめから煙草をふかしていた
雨は降っていたが、窓を開けていたおかげで、室内の空気は実に爽やかなものになっていた。一方で俺の肺は、澄んだ空気と有害な煙とを交互に取り込んでいるので、恐らくは一進一退、変化なし、というところだろうか。
つまりはそんなことを考えられるくらい、会話の内容は盛り上がりに欠けた。お互いの調査には何の成果もなかった。荷物も相変わらず届いていない。
彼女の方は、あちらの郵便局から発送され、こちらの郵便局に届いていない、という実に明快な結果を得ていたし、俺の方も俺の方で、そもそも大家は彼と四カ月だけの契約を交わしており、期限と共にきちんと退去、もちろん彼の行方なぞ知ったことではない、ということを本人から聞き出し、さらにアパートの人間誰一人として彼とほとんど交流を持たなかったことを突き止めたのみであった。
行方知れずの男が一人と小包が一つ。万策尽きた。我々はできることは全てやったのだ。
「しかしその荷物がこちらに届く可能性はまだ残っているわけです」と俺は言った。「小包にはこちらの住所があるわけですし、何ならあなたの住所も書かれている。もうしばらく待ってみましょう。届くのならいずれ届きますよ」
ええ、と相槌を打ってから、彼女はおずおずと続けた。
『だけど住所と宛名が違っているのです。ミスター・ダニエル・ジョーンズという人は42号室にはいない、そこにいるのはあなたです』
「つまり郵便サービスの方が混乱していると?」
『…思い付いただけですが』
彼女の恥じ入るような声を聞いて、初めて彼女の容姿はどんなだろうかという考えが浮かんだ。声の具合からして自分よりも年下だと決めてかかっていたが。
「その可能性もあるかもしれませんね。案外、ジョーンズ氏本人に届いているのかもしれませんよ」
少々茶化した口調にはなってしまったが、彼女は『そうね』と思案するように答えた。
「知り合いの話ですがね。隣の隣の街に住む友人に手紙を送ったところ、三ヶ月後、本人も忘れたころに、その友人から到着を知らせる電話があったのだそうです。本人たちの間では、なんでも封をするのに使った糊のせいでポストの内側に張り付いていたのが、何かの衝撃で剥がれ落ち、三ヶ月振りに本来の目的を果たしたのだということになっていましたよ」
電話の向こうで彼女が頷いたのが分かった。
『きっとそうだわ、こちらの郵便局の倉庫に忘れ去られているの、もしくはトラックの荷台から転がって、まだ道路わきに落っこちているのかもしれない』
彼女も俺も、それが盗まれたというさもあり得そうな可能性には言及しなかった。
「そうです。とにかく待ってみましょう」
『ええ、きっとそれがいいんだわ』
「もしそちらに送り返されたら、またはジョーンズ氏と連絡が取れたら、教えてください。俺は全くの他人ですが、この一連の件に首を突っ込み過ぎているようだから」
『もちろん、そうしますわ。あなたには全てを知る権利と義務がありますもの』
「その通りですよ」
我々の会話は終わろうとしていたが、彼女がまだ電話を切ろうとしないので、俺は黙って受話器を耳に押し当てていた。
『42号室ですものね』
彼女はゆっくりと呟くように言った。
「何がです?」
『いえ、くだらないことなんですが』
「42、ですか?」
彼女の疲れた笑いが聞こえた。
『あの人が…ミスター・ジョーンズがこういう風に物事を言う人だったので。42という数字に何か覚えはありません?』
「さあ。何かありましたか?」
『「生命、宇宙、そして万物についての究極の質問」に対する答え、なんだそうです』
「ああ…確か昔ペーパーバックを読んだ覚えがあります」
『ミスター・ジョーンズはこういう何でもない関連が大好きな人で。「究極の疑問が解き明かされない限り、小包が届くことはないんだ」なんて、彼の言いそうな台詞ですし』
「ほう、なるほど」
『42号室を選んだのも案外そういう理由で、なのかもしれませんわ』
彼女は楽しそうに続けた。きっと美人に違いない。
「そうかもしれません」
『いやだわ、すみません、くだらないことを言ってしまって』
「いや、興味深い偶然ですよ。この部屋には人類の知性では到底辿りつけないということでしょうか」
『でも私は42号室の彼を探し当てました』
「ではきっと今回の件もいずれ解決するに違いありません」
電話を切ってから、彼女はきっと酔っていたのだと思い始めた。用事があると言っていたが、友人か、恋人か、もしくは家族と、食事をしてきたのかもしれない。
進展があったら電話をし合うというのが我々の出したとりあえずの結論であったが、果たして再び彼女に電話をすることがあるのだろうか。
42、42、42、俺がこの部屋を選んだ時、その数字が妙に浮き出て見えたような気すらしてきた。昔読んだ本のことなど今日までさっぱり忘れていたが、無意識のうちに、意図的に42を選んでいたのであろうか。
もしもこの部屋が22号室だったとしても、彼女はそれについてコメントしたに違いない。ジョーンズ氏もきっとそういう理由で部屋を選んだだろうし。

目を閉じた俺の脳裏に、ジョーンズ氏に関してのいくつかの可能性が浮かんだ。
例えば、彼が思いも寄らないような場所で発見される。それは数マイル先のバーかもしれないし、インカ帝国の遺跡でかもしれない。明日の朝か、来週の火曜日か、来月のとある夜か。あるいはもうとっくに見つかっているのかもしれない。
しなやかな筋肉をまとった長身の男が、遺跡を見降ろす岩に背筋を伸ばして腰掛けている様が見えた。飛び立つようにドラマチックに両手を広げ、舞台の上でそうするように爪先までぴんと伸ばし、橋の上から身を投げるビジョンを見た。いや、よそう。
俺の中の彼の像は常にぼんやりと輪郭を持たないものであったが、それでいていつの間にか表情の一つ一つまで思い浮かべることができた。頭髪は短くカールしていて、睫毛も上を向いているはずだ。その睫毛が縁取る瞳はグレーか薄いブルー、夢見心地の色。彼はよく目を伏せる。捉えどころのない、憂いを帯びた美しい顔。「だってそんなの、おもしろくないじゃないか!」という彼の口癖まで。
例えば、明日の朝部屋を出て、このアパートの管理人に出くわす。管理人は頭の禿げ上がった小太りの男で、人のよさそうな、ある意味では胡散臭そうな笑みをいつも浮かべているが、お馴染みのその表情で右手の新聞を俺に向かって突き出してくる。「ピムリコでダニエル・ジョーンズの遺体が発見されたらしい」「ロンドンの?」「そうだ」すぐさま部屋に戻って彼女に電話をする。応答なし。仕事へ向かう。帰宅する。電話。『おかけになった番号は―』

目を開けた。想像は途中から夢へなだれ込んでいた模様だ。夜はまだ深かった。

 次の日の朝、頭の禿げ上がった小太りの管理人に遭遇することはなかった。どの新聞を見ても、ロンドンで若い元ダンサーの遺体が発見されたというような記事は見つけることができなかった。
それどころか、それから二週間というもの何も起こることはなかった。もちろん小包も届かなかった。
ある日の夜、もう一度決心して、電話をかけることにした。
初めて彼女に電話をした日のように椅子を置いてそこに腰掛け、煙草に火を点けた。番号を押す。聞きなれたコール音。
『おかけになった番号は、現在使用されていません―』
俺は受話器を置いた。まだ夢の中なのだろうか。いや、番号を押し間違えたのかもしれない。もう一度、慎重に、『おかけになった番号は―』
冗談じゃない!こんなことがあってたまるか!まるで彼女も、ミスター・ジョーンズも、初めから存在しなかったみたいじゃないか。
ここしばらく巻き込まれていたちょっとした事件が夢でなかったことを確かめようと、翌日も電話した。変化なし。そのまた翌日も、翌々日も。
俺と彼らの間にあった繋がりはすっかり消えてしまった。
ああ、もしかしたら混線がようやく解消されたのかもしれない。それならば喜ぶべきことだ。彼女が42号室の番号を押すと、ようやく正しい相手―ミスター・ジョーンズの部屋の電話が鳴るようになったのだ。

 ひどい混乱状態に陥ってしまったため、その週末も早くに目が覚めた。天気が良い。久しぶりにゆったり朝食を取り、テーブルの上のパン屑をひとかけら残さずゴミ箱へ移動させた後、気分転換に散歩に出ることにした。
アパートの階段を下り、迷うことなく右方向へ歩き出す。左側へ体を向けると、否応なく赤い屋根のチャイニーズレストランと対峙することになるからである。
2ブロック歩いたところで、古本屋のウィンドウ越しに見覚えのある表紙を視認した。

“The Hitchhiker’s Guide to the Galaxy”

ののしりの言葉は内側に留まることなく、うっかり外へ流れ出てしまった。結局のところ、どちらの方向へ進んだって逃げられやしなかったのだ。究極の問いが解明されることなど無い。それどころか、小包が届かなかったことで、更なる迷宮に入り込んでしまったようにすら思えるのだ。
いや、と体勢を整えながらさらに考えを進めた。いや、問題は無い。この偶然の出会いによって、いつだって自分の力で答えを手にすることができることが証明されたに等しいのだから、つまりは万事解決したと言えるのではないか。
金メッキの剥げたドアノブに手を伸ばしかけて、この本が42号室にあることがどんな意味を持つだろうか、という問いが頭を過った。そして、大した意味などないのではないかという結論に落ち着いた。
それでは。
古本屋に背を向けて、再び歩き出す。遠い昔にペーパーバックを読んだような気がするのだし。

 あの一連の出来事は自分の人生に何の影響も及ぼさない。あの電話がなかったとしても、何ら問題ではなかった。つまりは何も起きていないに等しい。何なら、端から何も起きてなどいなかったのだ。

 この二ヶ月後俺は42号室を出ることになるのだが、彼女からの電話を受け取ることも、またこちらからかけることもなかった。感情の無い機械の声にここしばらくのスリルを否定されることが怖かった、という様にも言えるが、古本屋での一件以来、事態は俺の中で一応の解決を迎えていたので、これ以上は何をしても無益だと、ほとんど決めつけていた。実際のところ、部屋を出るそのときまで小包は届かなかった。

 それでもふと、電話の彼女は今頃どうしているのだろうと考える時がある。
そんなときには決まって、栗色の毛をエレガントにカールさせた彼女が、しなやかな長身の彼と並んで遺跡を見下ろす岩に腰掛けている光景が浮かぶので、彼女の方もハッピーエンディングを迎えたのだと信じることにしている。
例のちょっとした贈り物は、ミスター・ジョーンズにも彼女にも、俺自身にも、必要のないものだったのだろう。そして今でも、茶色のくしゃくしゃの紙に包装されたまま、どこにもない宇宙を永遠に漂い続けているのだ。(おしまい)

***

友人が私に送ってくれた"The Hitchhiker's Guide to the Galaxy"のペーパーバック、六年経ってもなお私の元に届いておりません!!!!!一体どこに行きましたか!!!!!という気持ちを込めて書いたものです。

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