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アイデンティティまでイギリス色に染められた10日間 (イギリス縦断の旅-22)

こんにちは。ゲンキです。
イギリス旅行記第22回は、10日間のイギリス旅最終日編をお届けします。


~旅の概要~

普段から鉄道に乗って旅をしている僕は、鉄道が生まれた国であるイギリスを巡ることにした。本土最北端の駅「サーソー(Thurso)」から本土最南端の駅「ペンザンス(Penzance)」を目指す、イギリス縦断の鉄道旅。ここまでたくさんの人や風景に出会ってきたが、旅はまだまだ終わらない。今日も何かが僕を待っている。

(2023年3月実施)


8:00 Smart Russell Square Hostel

三段ベッドの一番上で目が覚めた。

昨日の風邪は薬と睡眠のおかげでだいぶ和らいでいた。今日でイギリスに来て10日目、いよいよ日本への帰途につく日だ。そういえば僕は日本人だったか。いや、どう考えても日本人だろ。……本当にそうだっけ。あれ??

10日分・南北縦断2000km分の経験と若干の物寂しさを拭うようにして布団を剥ぎ、ベッドから起き上がった。


広々としたフリースペースは、朝食を摂る宿泊者で溢れていた。若者の割合がかなり高く、しかもみんな3〜8人ぐらいのグループで来ているようで賑やかな若い声が飛び交っていた。日本の若者ってこんな安宿にみんなで泊まったりしないよなあ……と文化の違いを感じる。

インスタで宿の感想をシェアすると朝食が無料になるとのことだったので、すかさず投稿して無料にしてもらった。セルフサービスの朝食はシリアル、トースト、ジュースなどいかにもな欧米スタイル。この素朴な食事を味わえるのも今日が最後か。食べれるだけ食べておこう。


9時半頃にチェックアウト。ロンドンの空気は今日も肌寒い。

ここまで後回しにしてきたことが一つある。家族や知人へのおみやげを買わねばならない。荷物がかさばるので今まで特に買っていなかった。そしてまた荷物がかさばらないよう、小さめの(ちゃんと完成度高い)おみやげをいくつか買った。

お店のおじさんが「寿司屋をやってる日本人と知り合いなんだよ」と言っていた


最終日でも時間の許す限りロンドンの街を巡りたい。といっても行き先はもう決めてあるので、やってきたバスに乗り込んで早速移動する。この赤い2階建てのバスもすっかり馴染み深いものになった。

バスが渋滞するのもよくある光景
ウォータールー橋を渡ってテムズ川の南側へ


ウォータールー駅の近くで下車。まずは大きい荷物を預けるため、ネットで予約したお店まで歩いていく。雨で湿った道路の上に屋台が立ち並び、裏通りも午前中から賑やかだった。


荷物を預けたあと、ビッグベンの袂に架かるウェストミンスター橋の方面へ。オフィス街から川に近づくにつれて、どんどん観光客が増えて賑やかになっていった。

ここが一番ロンドンっぽい風景かもしれない


橋は渡らず、河岸の広い歩道を歩いていく


頭上でゆっくりと回転する巨大な観覧車。今日は、このロンドン・アイに乗ってイギリスでの旅を締めくくりたいと思う。

ロンドン・アイは高さ135m。かつて世界一の大観覧車だった時代もあり、今でもヨーロッパ最大の大きさを誇る。約30分かけて一周し、ロンドンの街並みを鳥の視点からぐるっと見渡すことができる。この10日間ひたすら地面に這いつくばって移動してきたこの国を最後に上から眺めるというのは、なかなか良い旅の〆になるのではないだろうか。

ただご覧の通り大人気のアトラクションであるため、できれば事前に予約をしておいた方がいい。僕の予約した時間はもう少し後なので、それまでこの辺りを散歩してみる。

雨の多いロンドンにしては珍しい晴天
穏やかな冬の日
遠足の一行。イギリスの児童、安全のためか蛍光反射ジャケット着がち


そろそろ予約時間が近づいてきたので入り口に並びにいく。なんかさっきより列が長くなってるような……。

並んでる間、後ろのおじさんがめっちゃくっついてきて不気味だったのと何か盗まれるんじゃないかとヒヤヒヤした


12:00 London Eye

15分ほど並び、大勢の観光客と一緒にゴンドラに乗り込んだ。ロンドン・アイはゴンドラも巨大で、一つのゴンドラに約25人も乗ることができる。良くも悪くも賑やかだが、ゴンドラ内を歩き回って全方向の景色を楽しめるのは良いところだ。

タイヤがホイールを挟んで押し上げている

ゆっくりと高度を上げていくゴンドラ。さっきまで歩いていた道が足元に縮小されていき、周囲の建物に隠されて見えなかった遠くの霞んだ地平線が視界に入るようになった。
こうして見るとロンドンって東京や大阪に比べるとかなり「平べったい」。都市の規模の割に高層建築が少ないのが意外なところだ。

ロンドン・アイはゴンドラがホイールの外にあり、開放的な展望なのが特徴

このあたりが最高高度のようだ。東西南北どの方角にも視界が開け、ロンドンの街の広がりがよくわかる。周りの人々も「あそこに見えるの○○じゃない?」と楽しそうにはしゃいでおり、あちこちからカメラのシャッター音が聞こえる。

西側の眺め
ビッグベンよりもずっと高い
バッキンガム宮殿

ロンドン・アイからロンドンの街を見下ろした感想をまとめると、

「うん、まあロンドンだな」

という感じだった。


いや、執筆中の今見返すと普通に魅力的な写真ばかりなんだけど、当時の僕は脳の底までイギリスに浸りきっていたので逆に驚くほど新鮮さを感じなかった。ハイランド地方からコーンウォール地方まで様々な街を渡り歩いて、こういう「イギリスっぽい」街並みが全然特別なものではないとわかったからだろう。どの街も大体こんな風景をしており、ロンドン独自なのは奇抜なタワー建築ぐらいである。

自分でもこんなに感動しないとは思わなかった。でもロンドン生まれロンドン育ちの人がロンドンアイに乗ったとしたら、「まあロンドンだな」ぐらいにしか思わないのではないだろうか。日本人が日本の街を歩いても「日本だ!」とすら思わないように。

今の僕はアイデンティティが揺らいでいる。自分がイギリス人なのか日本人なのか、本当にわからなくなってきている。言い換えれば、それだけイギリスを濃密に体験できたということだろう。

少しずつ高度が下がっていく


感動は薄かったけど、30分の空中散歩はあっという間だった。僕から一つアドバイスするなら、ロンドン・アイはなるべくイギリス初日とかに来た方が良い場所かもしれない。そうすれば見慣れない街並みを空から眺めて大いに心を羽ばたかせることができるだろう。


そうこうしているうちに飛行機の時間が近づいてきた。
預けていた荷物を回収し、スーパーで買ったサンドイッチをかじりながら早足で地下鉄の駅へと向かう。飛行機の出発時刻まであと3時間半、ちょっと急いだ方がいいかもしれない。

イギリスでの最後の食事
ビッグベンを見上げるのもこれで最後と思うと名残惜しい
ビッグベンの足元にあるウェストミンスター駅から地下鉄に乗車

だがこういう急いでいる時に限って乗り間違いや時間予測のミスをしてしまうものだ。乗り込んだ電車の行き先を勘違いした結果、乗り過ごした駅にもう一度戻って乗り換えるというタイムロスをやらかした。おい自分、もうちょっと時間を見て動け。

今度こそ空港行きの電車に乗り換え
……と思ったら行き先のターミナルが違ったので、また一本後の電車に乗り換え



14:40 Heathrow Airport

どうにかヒースロー空港に到着。出発まであと2時間。正直かなり焦っている。

しかしまだおみやげを買わないといけない。空港だからおみやげ屋ぐらいあると思っていたが、予想に反して売店が全然なくてさらに焦る。小さめのコンビニを一軒見つけ、そこでイギリスっぽいチョコを2種類発見して購入。レジのお姉さんが「こっちの1種類を2個買った方がお得ですけどどうです?」と提案してくれたけど、もう考えてる余裕がなかったので自分で選んだものを買った。

その後荷物を整理してチェックインカウンターに並び、大きなメインバッグを預けてとりあえず一安心。あとは保安検査を受け、搭乗口に向かうだけだ。

……と思っていたら、この期に及んでトラブル発生。

外出中はいつも服の内側にセキュリティーポーチを身につけ、そこにパスポートなどの貴重品を入れていた。そのポーチに大穴が空いているのに今気づいた。
幸いパスポートは手元にある。しかし一緒に入れていたスマホのSIMカードがない。

今回僕はスマホのSIMカードを換装することでイギリスのネット回線に接続していたのだが、その間はもともと入っていたSIMカードを別に保管しておかなければならない。それを入れていたのがこのセキュリティーポーチだ。
あんな小さなチップ、どこで落としたかなんて検討もつかない。SIMカードを失くすと日本に帰っても4G回線を使えないどころか、拾った人に悪用される危険すらある。

冷や汗をかきながらさっき歩いていたエリアを4周ほど右往左往したが、どうしても見つけられなかった。もし落ちていたとしても、あまりに小さすぎてわからない可能性が高い。それでも僅かな望みに賭けて床を凝視しし続ける。



しかし、結局最後まで見つからなかった。
僕は探すのを諦めて渋々保安検査を通過し、搭乗口へと向かった。一応停止手続きを取ったので悪用のリスクは避けられたが、最後の最後でとんでもない落とし物をしてしまった。清々しくイギリスを去るつもりだったのに、突然の喪失感と後悔で呆然とするしかなかった。

結果的には、ちょうど家族全員で通信キャリアを乗り換えるタイミングだったため、帰国後すぐに新しいSIMカードを手に入れることができた。
とはいえ状況が違えばどうなっていたかわからない重大なミスだ。というか普通にお金がもったいない。100均のポーチの強度を過信したこと、もっと安全な場所に保管しなかったこと、時間を見誤って焦ったこと、色んな反省点がある。もうこんな肝が冷える思いはこりごりだ。



16:50 Cathay Pacific Airlines 

CX238便 香港行き

悶々としながら、絶望的な気分で飛行機に乗り込んだ。最後までドタバタで、僕らしいといえば僕らしい。でも後味が悪い。イギリス縦断のラストがSIMカード紛失なんて……。

そんな僕の気も知らず、飛行機は無慈悲に動き始めた。

ふいに後ろのお客さん同士の会話が聞こえてきたので耳を傾けていると、若い男性が隣の女性に「I have stayed in the UK to study 〜〜 at a university from Japan!(イギリスの大学で〜〜を学ぶために日本から来てました!)」みたいなことを言ってたので驚いた。今ジャパンと言ったか??

僕はつい嬉しくなって、後ろを振り返り「日本人の方ですよね!?」と話しかけた。「あ、そうです!」と返す青年。うおおお、なんかものすごく久しぶりに日本語を口に出した気がする。考えなくても日本語が口から出てくるのは、なんだか当たり前なのにひどく妙な感じがした。

超音速旅客機コンコルドの保存機


17時過ぎ、飛行機は野太いエンジン音を唸らせて急加速を始めた。

1分もしないうちに機体がふっと浮き上がり、毎秒ごとに地面との距離が遠くなっていく。10日間歩き続けたイギリスの地面。もうあんなに下に見える。

もう戻れないのだと語りかけるように、あんなに身近になったイギリスの街が、どんどん小さく見えなくなっていく。
たった10日間の旅だったけど、僕は自分の体でこの国の北端から南端までを陸路で縦断してきたのだ。しかもついさっきまでロンドンにいた。それは確かだよな、と記憶に確認する。たぶんこの旅は現実だったと思う。それぐらい、一気に現実味が薄れていくような気がした。

雲の上に出ると、陸地も海も一切見えなくなった。後方の西日が、翼の端をオレンジ色に染めている。もうすぐに夜になる。


機内食の時間になり、飲み物はビールを頼んだ。この便の行き先、香港のビールが来た。(帰りも行きと同じく、香港で乗り継いで日本に戻るルート。)

機内食。ヨーロッパ風なのかアジア風なのかよくわからないメニューだったけど美味しかった。キットカットが長かった。

食事をしながら、座席に付いているモニターで映画「ゆるキャン△」を視聴。
ゆるキャン△は冬のキャンプがテーマのアニメ作品。もともと高校生だった主人公たちが社会人になった後のストーリーで、将来に悩む今の自分には刺さるものがあった。アニメのキャラに対して「みんな立派に仕事してんだなあ……偉いなあ……」とか思って就活もしてない自分が嫌になってるうちに機内が消灯され、目の前の画面だけが白く光っていた。

イギリスでの旅は終わった。この旅ももうすぐ終わる。そうすれば、再び日本での暮らしが始まる。それがなんだか安心とも不安とも言えず、僕はとりあえずアイマスクを着けて寝ることにした。


(まだ) つづく







【次回予告】

第23回はイギリスから帰るついでに日帰り香港観光編をお届けします。


それでは今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!


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