イギリスには「世界の果て」があった (イギリス縦断の旅-20)
こんにちは。ゲンキです。
イギリス旅行記第20回は、「地の果て」を意味する場所、ランズエンド編をお届けします。
~旅の概要~
普段から鉄道に乗って旅をしている僕は、鉄道が生まれた国であるイギリスを巡ることにした。本土最北端の駅「サーソー(Thurso)」から本土最南端の駅「ペンザンス(Penzance)」を目指す、イギリス縦断の鉄道旅。ここまでたくさんの人や風景に出会ってきたが、旅はまだまだ終わらない。今日も何かが僕を待っている。
(2023年3月実施)
8:30 Penzance
イギリスに来て8日目。ここはグレートブリテン島最南端の街・ペンザンス。
早速トラブルが発生中。スマホの電波が繋がらない。
なぜか急にネットに接続できなくなり、通信容量を使い切ってしまったのかと不安になった。しかし近くの施設のフリーWi-Fiを借りてSIMカードのマイページを確認すると普通にデータ残高は有り余っている。そんな山奥でもないのだが、一時的に通信状況が悪くなったようだ。そんなこんなしていたら1時間が溶けた。
スマホと戦っている間にバスを1本逃してしまったので、次のバスまでまた1時間ほど散歩して時間を潰す。
ペンザンスはイギリス本土の左下、南西の隅っこにある街だ。市街地は南向きの海岸に面していて、夏場には太陽と海を求めて多くのバカンス客が訪れる。
しかし今は真冬の3月。今日は雨もそこそこ降っており、一番訪れるべきでないタイミングで来てしまったことは着いた時点からわかっていた。
しかし、こういうオフシーズンだからこそ見られるものもきっとあるはずだ。
夏ならば色とりどりのパラソルが咲き誇るであろうビーチも、今歩いているのは犬と飼い主だけ。波打ち際には海藻や魚の死骸が打ち上げられて、生命感のない殺伐とした情景が広がっている。
その中に一つ、不思議なシルエットが遠方に浮かんでいる。
あれは「イギリスのモン・サン・ミシェル」とも言われるセント・マイケルズ・マウント(St. Michael's Mount)。雨で霞み、その姿はまるで幻の宝島のようだ。あとであの近くにも行ってみよう。
今度は坂を上がり、市街地の方へ行ってみる。
ここがペンザンスのメインストリート。雨にもかかわらず、多くの人が歩道を行き来している。
これまで訪れた街でも感じていたが、イギリスの地方の街はかなり活気がある。日本のようにシャッター商店街化しておらず、歩いて買い物をしたり散歩をしたりをする人が多い。言い換えれば「歩くだけで楽しい街」が多い印象だ。
そろそろバスの出発時刻が近づいてきたので、駅前のバスターミナルに戻る。
10:30 Land's End Coaster
これから向かうのは「地の果て」を意味する場所、イギリス本土の南西端にある岬「ランズエンド」。そこへのアクセスを担う観光バスが、このランズエンド・コースターである。2階の後ろ部分が剥き出しになっており、名前の通りジェットコースターのように風や日光を浴びながら爽快な移動ができるというわけだ。
しかし今日のコースター席は極寒の雨風という自然のシャワーを全身に浴びることになるので、おとなしく2階前方の屋根付き席で我慢した。
バスはペンザンスの市街地を離れ、西へと進んでいく。
前方に傾斜地の住宅街が見えてくると、バスはそのまま道なりに突っ込んでいった。しかしその先の道は、この巨大な2階建てバスがギリッギリ通れるレベルの急勾配・急カーブ・狭い道・路駐だらけの超ハイレベルコースであった。
しかも運転手さんはこの道に慣れているのか、臆する様子もなくアクセルを踏み、ぐるんぐるんハンドルを切る。その振り回されるような乗り心地と、スレスレ通過が連続する車窓はさながらジェットコースターであった。なるほど、「コースター」ってのはこういう意味だったのか。
坂を登り切ったあとは高台の平地をひたすら走る。このあたりは牧場か草原か、どちらにしても高いものが少なく荒涼としている。少しだけ起伏のある地平線と平らな地面がどこまでも続く風景は、950km以上北に離れたスコットランドの北端にもどこか似た雰囲気を感じさせた。
11:25 Land's End
ペンザンスから1時間ほどでランズエンドに到着。砂利の駐車場の向こうには、「LAND'S END」と書かれたビジターセンターの建物が見える。逆にそれぐらいしか目立つものがなく、悪天候も相まって異様な空気感を醸し出している。
ランズエンドは日本で言えば北海道の宗谷岬のような場所だ。イギリスにおける「果て」を象徴する場所として、これまで多くの人々がここを目指し、または出発し、長い道のりを歩んできた。2012年のロンドンオリンピックでも、このランズエンドが聖火リレーのスタート地点に選ばれている。
ただ、ここが本当の意味で「端っこ」かどうかはちょっと怪しい。ランズエンドは本土最南端ではないし(最南端はペンザンス南東のリザードポイント)、さらに言えば本土最西端でもない(最西端はスコットランドのCorrachadh Mòr)。
じゃあ何なのかというと、少なくともイングランド本土最西端ではある。しかし直感的にはランズエンドが本土の隅っこっぽく見えることから、みんな細かい座標は抜きにして「イギリスの端っこ=ランズエンド」を共通認識にしているのだろう。何より地名のおかげで全く違和感がない。
一応観光地っぽく整備されているが、営業中の店は少ない。ベストシーズンに来れば、もう少し賑やかになるのだろうか。
建物のあるエリアを抜けると、海の見える展望スポットに出た。この辺りには人がそこそこいて、みんな遠くを眺めたり写真を撮ったりしている。
そう、ここがランズエンド。地の果てだ。
「世界はここで途切れている」と、そう言われても信じてしまいそうな光景。
沖には小さな岩礁と幽かな灯台が一つ。その先にはぼやけた水平線がただ広がるのみ。
しかしあの水平線は本当に水平線なのだろうか。机の端のように、世界はあそこで終わっているのではないだろうか。地名のせいか、そんな空想すら現実的に思えた。
世界の果てって何だろう。僕たちがぼんやりと憧れている世界の果てには何か素晴らしい景色や祝福があるものだと思い込んでいたけれど、もしかしたら本当は何も無いのかもしれない。ただ道がそこで終わり、その先は「無」だと突きつけられるだけで。
ここまでイギリスを北から南までじっくり旅してきたからこそ、ランズエンドではそんな空虚な気持ちも妙に納得できるような気がした。
果てについて悶々と考えさせるランズエンドの風景。
最初にここを「地の果て」と名付けた人は、どんな風景を見て、その時何を感じたのだろう。どんな思いを「Land's End」という地名に託したのだろうか。
一つだけ言えるのは、この地名が「人を呼び寄せる何か」を確実に持っているということ。僕もそれに惹かれてここへ来たのだ。人はいつも「地の果て」に憧れ続けている。
ところでランズエンドといえば、展望台の近くにこの場所を象徴する有名なオブジェが置かれている。
それがこちら、イギリスや世界各地への方向と距離を示すサインポストだ。
多くの札の中に一つ、北東の方角を指して「JOHN O'GROATS」という地名が書かれている。
この「ジョン・オ・グローツ」こそ、4日前に僕が出発したスコットランドの北東端、反対側の「地の果て」である。そこにはランズエンドと対になるもう一つのサインポストがあり、この二つのサインポストを目にすることが僕のイギリス縦断旅の大きなテーマだったのだ。
ジョン・オ・グローツ〜ランズエンド間の移動は、その壮大な行程を比喩して「End to End(端から端へ)」と表現される。僕もこれにてようやくEnd to Endの旅を成し遂げることができた。イギリス、思ったよりデカかった。
ちなみにこのサインポストの前でカメラマンに記念写真を撮ってもらえるサービスもあるのだが、なんと料金が12ポンド(2200円)もする。札の一部を好きな文字に並べ替えられるらしいが、さすがにそこまでは……と心の中で呟き、スルーして展望エリアを後にした。
帰る前に売店で記念品探し。
良い感じのカードを見つけたのでレジに持っていき、ついでに「僕、ジョン・オ・グローツから来たんですよ!」とレジのお姉さんに自慢してみた。証拠としてジョン・オ・グローツの売店で買ったポストカードを見せると、お姉さんは「へえすごい……」という感じでまじまじと見つめていた。そんなに驚いた風じゃなかったのは、イギリス縦断の客がそれなりにいるからだろうか。それとも単に僕がヤバい奴だから引いたのだろうか。まあ後者か。
ビジターセンターを出ると、ペンザンス方面へ伸びる道路の横に「START」と刻まれた石が据えられていた。「Land's END」に絡めたメッセージというわけか。
「何かが終わる場所、それは何かが始まる場所。」
そんなありきたりながら粋な演出に、少し気分が明るくなった。
13:30 Penzance
ランズエンド・コースターでペンザンスに戻ってきた。それでは昼食にしよう。
僕は今回の旅で「パスティー」というイギリスの伝統料理に出会った。
これがなかなかに美味しいのだが、パスティー発祥の地はちょうどこのイングランド南西部・コーンウォール地方なのだという。つまりペンザンスはパスティーの本場と言っても差し支えない。早速商店街でパスティー屋さんを発見。思い切って二つ購入した。
購入したのは「ステーキ」と「チキンベジタブル」。半月状のパイ生地みたいな見た目が特徴。2個で7ポンド(1153円)だった。
生地はサクサクふわふわした食感、その中に肉や玉ねぎ、ジャガイモ、ニンジンなどの具材が詰まっている。例えるならカレーの具材を炒めてる時のあれを生地に詰め込んだやつ。熱々のパスティーを食べて、冬の屋外で冷えた体も内側から温まった。
午後はイギリスのモン・サン・ミシェル、「セント・マイケルズ・マウント」を見に行ってみる。駅前のバス停から東方面へ向かうバスに乗車。
しばらくは普通に走っていたのだが、なぜか突然バスが所定のルートを外れてよくわからない内陸の道を走り出した。スマホの地図に表示されている道案内と現在地がどんどん離れていき、どこに連れて行かれるのかわからない恐怖で「今すぐ降りよう!!!」と思い立った。周りの人が平然としていたから余計に焦った。
次のバス停で急いで下車して振り返ると、バスは近くのT字路で方向転換してさっき来た道を逆戻りしていった。どういうことや。
よくわからないが、例の島よりもちょっと行き過ぎたところに来てしまった。海沿いの道を歩いて戻っていく。風が冷たくて寒い。
数分歩くと、狭い道に工事車両が停まって交通規制をかけていた。そうか、さっきのバスはこれが原因で迂回運転をしていたのか。この細さの道じゃ、あの2階建てバスが今通れるわけもない。
車道から伸びる横道を覗くと、道の奥に海が見えた。
そこを抜けると、ちょうどセント・マイケルズ・マウントの目の前だった。
荒々しい波と重たげな色をした空の中、どっしりと島が鎮座している。まるで、冒険物語の勇者がこれからあの島にいる魔王を倒しに行くシーンのようだ。島の向こうには、先ほど行ったランズエンド付近の陸地がうっすらと見える。
もう少し歩いていくと、島へ行く船の発着所に着いた。といってもただ波打ち際が緩いスロープになっているだけ。船は直接ここに乗り上げる形で発着する。
すごいことに、こんな悪天候でも島への船は運行されている。距離が短いから大丈夫なんだろうけど、小さな船がグラグラ揺れている様子は見ていて不安になる。
ちなみに干潮の時は海底から道が現れ、あの島まで歩いて渡れるようになるらしい。そうなれば今日のような険しさとは異なり、メルヘンチックな夢のお城の雰囲気を味わうこともできそうだ。
というかさっきから強い雨が降ったり止んだり、降った時には横殴りの風でカメラまで濡らされるし、止んだと思って傘を畳んでいたらまた降り出す。それを10分ほど繰り返していたらなんかもう外にいるのが嫌になってきた。寒いし濡れるし、もう帰ろう。
近くのバス停に行ってみたが、時刻表の予定時刻を過ぎてもバスはやってこない。さっきの工事のせいだろう。寒さに凍えながらスマホを開くと、再び電波が死んでネットに繋がらなくなった。もうただ待つことしかできない。
数分後、一組の老夫婦がバス停にやってきた。おばあさんに「バス来ないわね」と話しかけられたので会話をすると、二人はアメリカから旅行でやってきたとのこと。シカゴ近くの街に住んでいて、子供や孫、ひ孫がたくさんいるらしい。
「子供は大事よ。日本は今子供が減っていて大変なんでしょう?」「いやー僕も家族は作りたいんですけどねー」などと国際的な世間話をしながらバスを待った。
予定からどれぐらい遅れたかわからないが、ようやくバスがやってきて3人で「バス来たー!」と喜んだ。
バスが停まって扉を開くと、運転手さんがものすごい立派なモジャモジャの白ヒゲおじさんだった。一瞬「ダンブルドア先生」かと思った。
16:50 Penzance Station
なんとか無事ペンザンス駅に戻ってくることができた。一緒にバスに乗ってきた老夫婦と別れ、ここからまた列車に乗り込む。
ロンドン 〜 ジョン・オ・グローツ 〜 ランズエンドと辿ってきたこの長旅もいよいよ大詰め、あとは再びロンドンへ戻りながら数ヶ所寄り道していくだけだ。明後日には帰りの飛行機に乗って、いよいよイギリスを後にする。
今日の宿泊地はイギリス南西部最大の都市・プリマス。そこまで約2時間、列車に揺られて進んでいく。
17時15分、イギリス最南端の駅・ペンザンスを出発。
行き止まりの終着駅は、ここから全てが始まる始発駅でもある。ランズエンドにあった「START」のサインは、案外真理をついているかもしれない。何事も終わりと始まりの連続なのだ。
ペンザンスのスーパーで買ったアイスっぽいお菓子を食べる。
マシュマロかと思ったら無味のメレンゲみたいな感じであんまり美味しくなかった。なんでこれ買ったんだろうと思いながら食べた。今日の夜ご飯は何か美味いもので口直しをしたい。
つづく
【次回予告】
第21回はタフな長距離移動しすぎて体調ぶっ壊した編をお届けします(ネタバレ)。
それでは今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!
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