恋愛未満。
Mさんと缶コーヒーを飲む機会があった。
「やっぱりぐぐちゃんの淹れたのが美味しい」と言うので、ふふと声に出して笑った。
最近。ときどきMさんは私に不必要に触れる。
ちょっと遠慮がちに、躊躇いながら。
深めのVネックのブラウスを着ていたら、首元を「寒くない?」と手の甲で確認された。
猫を触るみたいだな、と思う。
いつ爪を立てられるか解らない状況を、たぶんこの人は楽しんでいるんだろう。
なんとなく、この人は私を好きなんだろうな、と思う。
素敵な人がたくさんいる中で、それでも心配を未だにしてくれているんだろう。
触れた手の甲は少し、ひんやりとしていた。
そうだ。手の冷たい人だった。
缶コーヒーはあっという間になくなるから丁度いい。
1本分の時間。
ふと、目が合うから少しだけ意地悪言いたくなって、マスクをしながら聞いてみた。
「Mさんて、まだ私のこと、ちょっと好きですよね?」
普段はこんな意地悪言わないんだけれど。
一瞬固まって、けどすぐに同じくらい意地悪に笑ったMさんを、私ちょっと好きだけどな。
「何言ってんの?」
拗ねると目を合わせてくれなくなるの知ってる。困ったときに眉が下がるのも。
「ちょっと、じゃないよ」
かこん、と缶用のゴミ箱に空の缶を捨てて「それだけ?」と言うMさんには答えずに仕事へ戻る。
それだけ、だよ。まだちょっと好き、くらいが良いもの。
そしたら、コーヒーくらい淹れてあげられるし、秋桜が綺麗ですねって会話だってできるはず。
英語だって聞きたいこといっぱいあるし、仕事の話を少し相談するくらいも出来るかもしれない。
別れてから気まずくならなかったのは、Mさんの徳の高さのお陰で、私は相変わらずぼんやりと現状を認識するので精一杯だった。
元彼と違って、Mさんは「ヤリたい」なんて言わないし(仮に思っていたとしても)
ただ大きな目と、ときどきたっぷりと目が合うのを少しだけ不思議に思っていた。
射抜くような目ヂカラの強い視線が、私と目が合って和らぐ瞬間。あの目尻のシワ。そっとなぞりたくなるって思ってるのは内緒にしておこうね。
でも、近いうちに衝動が抑えきれなくて触れちゃうかもな。
私、この目尻好きって言ったら驚くかしら。
驚くか。
でも、向こうも何だかんだ触れてくるんだもん。
私がそうすることに衝動以外のなんの意味もないことを理解してくれる人だから、つい安心しちゃうし居心地の良さも変わらずだ。
梅雨に咲いた紫陽花も、夏休みに咲いた朝顔も、咲きましたよって報告出来なかった。
金木犀が香る道も、秋桜の綺麗な空き地も、出来るなら教えてあげたいのだけど。
職場の隣の空き地に咲く、嫌われもののセイタカアワダチソウの黄色もずいぶんと鮮やかで、それだって一緒に見ることが出来たら楽しかっただろうな。
恋をするよりも。
花が咲きましたって報告出来るような、そんな人の方が私は良いのだけどな。
やっぱり恋愛は向いてないや。