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躓く石でもあれば私はそこで転びたい。

全てがどうでも良くなるような日。
でもきっと、ただそんな日なだけだ。

煙草が吸いたい。唐突に思って、どうでもいいと言ったそばから浮かぶ欲求に、頼もしさすら感じた。セブンスター。名前が好きで選んだ銘柄だった。当時は300円で買えたけれど今はいくらなんだろう。最後に吸ったのはいつだったかな。


昨日の生ぬるい手を思い出して、慌てて全然違う、いつか読んだ本の一節を思い浮かべる。

佐久間の手錠と足錠を切ってやりなさい

吉村昭が大好きで何度も読んだ。破獄も熊嵐も高熱隧道も漂流も。まだまだあるけど、あの本たちはどこにしまったのだろう。
夫の荷物を処分したり整理するときにもしかしたら一緒に捨てたのかもしれない。あんまりにも幸せな思い出が多くて耐えきれなくて捨てたような気がする。

少し本を整理してください、と困ったようによく言われた。
本の中で生活出来たら良いのに、と私はよく夫に零した。十分今も本の中でしょう、と呆れられるのが常だった。

私の頭の中身は思考するのにとことん向いていないな、と思う。
目に見えて、耳に聞こえて、触れて、そうやって感じ取れたものしか残らない。
思考として機微を読み取ることにかけてはポンコツすぎる。

いいじゃない、別に。
夫なら言っただろうか。言ったかもしれない。

仕様がない人ですね、と、そう言いながら私が読み散らかした本を作者順に並べて満足気にしていた。
しようがない、ときちんと発音するのが色っぽいなと思って好きだった。

やめよう。思い出は嫌いだ。
優しければ優しいほど、もう戻れないと認識しなきゃならなくなる。


Mさんに怒られた。
なんでも言ってって言ったよね?と責められて、きっと私は全く思いもよらなかった、という顔でもしていたんだろう。

諦めの嘆息。腕を引かれたから、思わず触らないでと口にした。
それは、あまり意味の無い抵抗ではあったけれど確かに届いたのだと思う。


俺は、ぐぐちゃんにとってすごく便利だよね。


まったく真理だ。どうしようもなく正論だ。
でも多分これは反論しなきゃならない真理だし正論だ。

違うよ、と言ったけれど、違くないよ、と返された。
こんなとき、ちゃんとしたマトモな大人の女性はどうするんだろう。

はしたないって言葉が浮かぶ。
つい最近言われたからかな。割とショックだった。だって、本当のことなんだもの。
そんなこと私が1番思ってる。ちゃんと知ってる。
ただ、勘違いしたくなっちゃっただけ。

俺の事好き?と答えを既に決めたような顔で言うのは卑怯じゃないかな。
なんて答えても受け入れる気がないじゃない。

閉口するしかない。


この人が好きな私は、どんな私なんだろう。

仕事を頑張っていて?花が好きで?夫を亡くして可哀想で?
守りたくなった?

でも本質はハシタナイんだよ。
最近うっかり自分ですら忘れていたけれど。


智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

私も、そう思う。
有名な草枕の冒頭文に頷いて、けれどそこに続く文章にもまた頷くのだ。

あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊い。


そうあれればどんなに良いか。ねぇ。

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ぐぐこ
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