何のために作るかをもう少し
仕事が忙しく大詰めで、しっちゃかめっちゃかで、誰かを待たせてるような自分のタスクもあるけど、今日は疲労を回復するためにゆるくしたので、なんか気持ちに余裕ができてしまって、ノートでも書くか、となってます。待たせてる人がこの記事を読むと、「おい!」と突っ込みたくなると思いますが、これは自分なりの疲労回復方法なので、ご理解ください。ごめんなさい。
先日書きましたが、もう一度違うアングルで書いておきたい。
上の記事とは違う視点での話を書くので、上の記事を読む必要はありません。
大事にしてること
遠回しに行きますよ。昔、ビリヤードにハマってました。ビリヤードっていうのは、棒で球を突いて球を穴に落とすゲームです。あれは、実は戦略があります。球を穴に落とすと続けてプレイできるので、ナインボールなら1~9番まで1人で落としていくことができます。かなりの上級クラスになると、そういう展開が多く出るようになりますが、物理現象のカオスなので、毎回ボールの配置は違い、なかなか思うようにいかないものです。次の狙い球を穴に落とせないケースがあります。物理的に不可能だったり、腕前的に不可能だったりします。
通常「入れよう」とするか「守ろう」とするかの二択になります。守るというのは、次の相手にとって不利になるような配置にして渡すことです。セーフティと呼んでました。
つまり、「攻めるのか、守るのか」の2択です。
ですが、人間のすることですから、攻めに行っても失敗して入らないこともあるし、守りに行ってセーフティにならないこともあります。
お店に通って練習をした人でなければ、狙い通りに進めるのは難しいです。なので、そんな初心者の時は、攻めようにも攻められず、守ろうにも守れないときに、力一杯強く撞いてラッキーで球が落ちるのを狙うことがあります。当然、これは上級クラスではこんなことはしません。ダサいし恥ずかしいです。
たまに常連さんたちと戦ってる時に、上級クラスの人に、聞かれることがあります。「今のは何を狙ったんだ」と。つまり、その人には僕の狙いがわからなかったのです。攻めたのか守ったのか、何をやろうとしたのかわからない。これを「意図が見えない球」と言われてました。
普通は、意図が見えるんですよ。ここは攻めたなとか。6と8がくっついてて展開的に邪魔だから、序盤の3を狙う時にそのトラブルを崩しに行ったんだなとか。それがうまくいかなくても、狙いがわかる。姿勢がわかる。
こういう意図が見えるのが普通なので、見ていて違和感があるのは「意図がわからない球」なわけです。
意図が見えない
プログラミングとかデザインとか作品とかなんかも意図が見えます。普通は意図が見える。これは、すっきりとしたデザインでまとめることを狙ってこういうフォント使ったんだなとか、このコードはきれいに読みやすくするためにあえてこう書いたのかとか。
全てが合理的なことでもなくて、失敗した意図もみえます。あー、これはこういう見え方になる作品を作ったんだろうけど、そうは見えなかったな。とか。インタラクションで興味を引き出そうとしたんだけど、かえって逆効果だなとか。
やっぱりビリヤードと同じで、意図が見えないのが1番気持ち悪いです。これは何をやろうとしてわざわざこう書いてるのか。何でこうなったと。
これは自分にとっては1番嫌なやつで、もっとも避けたい状態です。必ず意図があってなにかを作ってるし、作り方とかもそうやって選んでるつもりなので、意図が見えないというのは恥ずかしい。
言葉を変える
ここまで書いてみましたが、言いたかったことと違うな。。しまった。軌道修正。
自分は元々意図を具体化するために、企画して設計して開発してチューニングして発表するというような「作品づくり」をしてました。これを自分でしっくりくる言葉で言うと「表現」ですね。
表現のために、企画し設計し開発しチューニングする。「全ては表現のため」です。
デザインをしてる時は、デザインの文脈のなかでのシンプルなデザインの良さを追求したり、コードを書くにも効率的に処理されてスマートな実現をしたい。でも、デザインもプログラミングも表現のためにしてます。なので、ここで何かを間違えることがあります。
「こう表現したい」ということのために全ての作業はあるので、例えばプログラムが超いけてても表現が達してなければ意味はないです。逆にプログラムに多少問題があっても、それが表現としてよければ、問題がなく美しいコードだけど表現がまずいものよりはいいです。
もちろん、全て良しをねらいますが、大事なのは表現です。ここを間違えると、各パートはそれぞれ要求通りだけど、なぜか良くないということがある。
実現に強いけど、それは表現のためにある
おそらく、松山という人を見るときに、テクノロジーが強い人とか、作る人とか、そうみられてると思います。あってます。それはあってる。
でも、ただ作ること、実現することだけが仕事だと片手落ちなんです。本領発揮できない。
表現を満足させるために貢献します。意図がわかればそれを形にします。クライアントの意図を形にする。そこについて役に立てることは何でもしましょう。
ここで言いたいこと
何かを作るならコンセプト(意図)が大事。まずはそこを明確にしたほうがいいです。これはクライアントに期待すること。
そして、デザインとか開発とか実現のパートをやる場合も、それはコンセプトを形にするための役割なので、そのコンセプトの理解がとても大事。これは、仲間である作り手に期待すること。
自分に言い聞かせてる
つまりです、その表現につながるスキルを高めたいのです。実現することは当たり前で、その先の表現がうまくできてるのかがとても大事です。その視点で議論していきたい。
仕事ではやりきれないことも多いです。ここを磨くことを目的として何かを作りたい。表現に関わる立場として沢山の経験を積む。自分の目で気になるところは全部直していかないと、全力でいかないと大事な経験は積めません。
さ、なんかモチベーション上がってきたので、作文はおしまい。
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