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正式名称

以前、猫の名前の話で、うちの猫の名前は『だんご』であると書いた。これは日常用の略称で、正式名称は『〇〇=猫・かしこい・だんご』である。〇〇の所には我が家の苗字が入る。つまり、苗字と猫という種族名の二重姓のファミリーネームだ。そしてセカンドネームが『かしこい』で、ファーストネームが『だんご』である。
猫は賢い。
うちの猫だけではない、全ての猫が賢いのである。

例を挙げれば、実家に来ていたふうちゃんという猫は近隣のボス猫で、普段は決して人間の手の届く距離まで近づくことはなかった。しかし、喧嘩でもしたのか鼻筋に引っかき傷を作って我が家に来た時だけは、しおらしい様子で家の窓の前まで来たのだ。傷の様子を知って慌ててオロナインを引っ掴んで(この辺りは時代性なのでどうか大目に見て頂きたい)飛び出した我が家の母にも怯えることなく、
「触られるの嫌だろうし痛いだろうけど、ちょっとだけ我慢だよ」
と語り掛ける母の言葉を理解しているかのように、目を閉じ、じっと軟膏を塗られるがままになっていた。塗り終わるとふうちゃんはすぐ姿を消し、後日現れた時には傷は無事に塞がっていた。そして、ふうちゃんと人間の距離感は、また手の届かぬ物に戻った。
斯様に、猫は人間が治療行為を出来る事を知っているし、治療行為中は痛みを我慢して絶対に手出しをしないし、人間の言葉が分かるし、自分を助けてくれる人間を見抜く。
それだけの賢さを、猫は備えている。
うちの猫も、家に来たその日から一度もトイレをしくじった事はないし、爪とぎボード以外で爪を研いだ事もないし、私が見えない場所にいても名前を呼べば返事をする。『だんちゃん』や『だんだん』や『だん』という短縮形愛称や、『猫』と一般名詞だけで呼ばれたとしても、きちんと理解して返事をする。投薬が必要になって口の中に錠剤を押し込まれた時も、薬を持っていた私の手を両手で必死に押し返そうとはしたが、決して爪は立てなかった。怪我をした時にマンションの廊下に飛び込んできて大騒ぎしたのとて、鳴き声を聞いて飛び出してくる猫好き人間を炙り出すための、巧妙な作戦だったのだ。
猫である以上、うちのだんごもふうちゃんに負けず劣らず賢いのである。

ならば何故、何度お願いしても朝になごーんなごんと鳴くのは止めないのか。
水分補給のためにと差し出すウエットフードを食べ物だと認識してくれないのか。
暖かい毛布や居心地の良いふかふかの猫ベッドを忌避するのか。
自分のお気に入りの場所に人間を呼びつけて撫で撫でを要求するという癖が治らないのか。
それは全てが猫の気持ちの問題だからである。理ではなく情に由来する行動だからだ。寂しい、暇だ、これは好きじゃない、これはちょっと怖い、ここが好き、ここで撫でられたい、おい人間ちょっとこっち来い。
賢さよりも気持ちを優先してしまう事もまた、猫の猫らしさなのだ。
だからこそ、好き放題わがまま放題の我が家の猫の正式名称には、種族名であり本性を表しもしている『猫』の文字が、二重姓として組み込まれているのである。

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