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ドライスイカ

先日、友人がインスタを通じて
「スイカのドライフルーツ、成城石井で買えるよ」
と教えてくれた。それを聞いて、私の脳裏にはとあるミュージカルナンバーのイントロが流れ出した。

私の大好きなミュージカルである。BW初演版のCDはそれこそすり切れんばかりにリピートし、日本初演の市村・宮川・麻実トリオの時にも見に行った。ブロードウェイのレジェンド、チタ・リベラが演じた役を、麻実れいさんが美と歌とダンスが生み出す圧倒的迫力で表現し尽くした、素晴らしい舞台だった。だが、ドライフルーツのスイカはこのミュージカルの中には出てこない。出てくるのは原作の方だ。

アルゼンチンの作家、マヌエル・プイグの作品である。ミュージカル版に触れたのをきっかけに、原作、戯曲版、映画版と全てをコンプリートした。
アルゼンチンの刑務所で同室になった政治犯バレンティンと、性犯罪者(同性の未成年に淫らな行為をしたという罪)のモリーナのダイアローグ小説である。そして、獄中のモリーナへの差し入れとして、件のドライフルーツにしたスイカが出て来るのだ。日本生まれ日本育ちの私にとって、スイカをドライフルーツにするという感覚が全く分からず、長年にわたって憧れ且つ謎の食品だったスイカのドライフルーツが、とうとう国内で買えるようになった。ありがたい。かなり昔にぽろりとこぼした私の言葉を覚えていてくれた友人の記憶力と、温かな気遣いには脱帽するしかない。

翻って、ドライフルーツのスイカに憧れる羽目になった遠因であるミュージカルの方である。
脚本はテレンス・マクナリー、演出はハル・プリンス、音楽はカンダー&エブという、これでもかというほどの豪華さ。そして、モリーナ役のブレント・カーヴァーの歌声の美しさは特筆すべきだ。まだ今以上にLGBTQが社会的に抑圧されていた時代の、明るく振る舞ってはいても悲しみの影が差す、愛情深いゲイの役を繊細に演じ、歌った。

モリーナは、お気に入りの女優オーロラが出演した映画の話を同室のヴァレンティンに語る。そのうちに、狭い牢屋の中にオーロラが顔を出し、そして獄中の2人を背景にして、モリーナが語るシーンが舞台上で繰り広げられる。その対比の見事さたるや。そうして打ち解けたヴァレンティンから、彼が所属する左翼運動グループの情報を聞き出すのが、モリーナの秘密の任務だった。上手く情報を聞き出せば仮出所を早めるという約束の下に、ヴァレンティンに近づいたモリーナだったのだが……原作が1976年発行だという情報だけで、この話の行く末はなんとなく思い描く事ができるのではないかと思う。妖しくて、奇妙で、悲しくて、けれど他を圧するほど美しいミュージカルである。

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