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カーブ・ループ・アラウンド

ここ数日猫の食欲不振が続き、昨日は摂食量が通常の1/8まで下がった。その上、日付が今日に変わる頃には呼吸数が増え、水も飲まずにくったりと寝てばかりになったので、取る物もとりあえず夜間救急受付をしている病院に飛び込んだ。
行きの車中では、制動でGがかかる度にか細く不安げににゃーと鳴いていたので、キャリーバッグのジッパーを僅かに開けて手を突っ込んで撫でてやっていた。猫の不安を取り除くための行為でありながら、猫の柔らかな毛皮は私の心を優しく慰撫してくれた。だからこそいっそう、様子見に走ってしまった己の不決断により猫の心身の不快を長引かせてしまった事への後悔と懺悔の念は深まった。

だが。

病院に行ったら、猫はケロリとした顔でキャリーから自ら顔を出した。
(え、普通に立って動いてんじゃん)
驚きつつもキャリーごと獣医師に預け、診断を受ける間もにゃーんにゃーんと甘えた声で鳴いていた。
(いや、車の中はともかく、お前家では全く鳴きもしなかったじゃん)
簡単な診断が済んで私たちが処置室での獣医師の説明を受ける間、その奥の検査エリアで保定替わりに看護師に大人しく抱かれている猫の様子がよく見えた。獣医師や看護師の受傷防止用につけられた透明なエリザベスカラーの内側から、真ん丸にした瞳であちこちを見回す猫の姿は、どう考えても衰弱や疲労という感じではなかった。かわいい声でにゃーんと鳴き看護師さんに体を擦り寄せる愛されキャラぶりで、看護師さんからも大人しくて良い子だねーとほめられていた。
(お前、家でのぐったり具合はどこへやった)
熱もなく、やや早めだった呼吸も通常の回数へ戻ったが、私とにーさんが口頭で説明した猫の食欲不振や嘔吐などの進行状況を鑑みるにやはり何某かの不調が存在するのは確実だろう、というのが獣医師の見立てだった。
処置として何を差し置いても脱水予防のための補液が必須だったが、万一心疾患による胸水などがあると補液によって悪化する可能性があるので、先に胸から腹部にかけてのエコー検査を受けた。問題ないとの結果が出たあとは速やかに補液と制吐剤を皮下点滴してもらい、あとは翌朝1番にかかりつけの動物病院できっちり検査をしてもらうように、という話になった。
点滴を終えてキャリーに収まって帰って来た猫は、やはりキャリーの中でうろうろ動き回るぐらいには元気で、まあ人間の心配のし過ぎだったのなら良かった、とにーさんと2人で胸をなでおろした。帰りの車中でも、キャリーの中に突っ込んだ私の手に頬を擦り付け、もぞもぞと動き続けていた。
いいんだ、元気ならそれでいいんだ。
夜中の2時に血相変えて車を走らせたのが笑い話になるならそれが一番だ。

そして。
翌日の、つまり今日の朝イチで赴いた病院で撮影したレントゲンで、この食欲不振と嘔吐、ついでに便秘の原因らしきものがようやく判明した。

「あれ、この子大腸の方向がおかしいですね」

そう言う獣医師がボールペンの先でなぞるデジタルレントゲン画像は、確かにちょっと変わっていた。
流石にレントゲンを晒すのは生々しいので代替画像で紹介するが、本来背中側から見た大腸は

正確にはカーブの上下が逆ですが。

のようにゆるいカーブを持って小腸と直腸を繋いでいる。
だが、うちの猫の大腸はこんな感じだった。

くるりんぱ

ちょうど大腸の中間地点が、ループしている。
横からのレントゲンでは、重なっている部分にはある程度の隙間があったので、ループというかコイルという方が近いのかもしれないが、とにかく、ゆるい輪っか状になっているのだ。ウォータースライダーのループカーブを思い浮かべていただくと近いかもしれない。このループのせいで腸の動きが阻害され、便やガスが溜まりやすくなって、その結果吐き気によって食欲が落ちているのでは、ということだ。
「これが原因って言いきるのはまだ早いかもしれませんが、でもこれが症状に関連している可能性は高いですねー」
獣医師の言葉の通り、これが原因だと言い切る事はまだ出来ない。他にも何か問題があるかもしれない。
それでも、少なくとも目に見える形で『おかしい所』が見つかったのは、私にとっては何よりの安心材料だった。
腸自体が捻じれたり、癒着したり、閉塞したりしている様子はないので、とりあえずこの溜まったガスが出るように胃腸の動きを良くし、自分で食事をとってもらえるようにすることが、目下の治療の目的となった。
なので、また制吐剤を入れた補液の皮下点滴と、それとは別に胃腸の働きを助けるための皮下注射を受けた。服薬用の制吐剤も処方されたので、これをきっちり飲み終えるまでに食欲が戻り、便秘が解消すれば良し。もし効果が出ないようであれば、処方量を飲み切らないうちでもすぐに病院に連れて来るように、という指示の下、猫は私たちと共に無事に家に帰った。

大腸がループ。
そんなもの、開腹手術でもしないと治らない。だが今はそこまでするほど危険な状態ではない。癒着や捻じれが生じて腸閉塞などにならない限り、猫はこのまま生きていくこととなる。
となると、これはもう『そういう体質』だと思ってループ大腸とそこから発生する不調とつきあっていくしかなさそうだ。
便秘がちなのも、食欲にムラがあるのも、げっぷが出るのも、食後に嘔吐してしまうのも、それもこれも『そういう体質』だからである。
つまり、うちの猫の持つ個性だということだ。
ならば、猫ができるだけ快適に過ごせるように食事や医療でケアしつつ、その個性まで含めて可愛がれば良いだけだ。

家に帰った猫は、夜中の制吐剤がしっかりと効いてきたらしく、キャリーから飛び出すなりさっさとおいてあるフードへ向かい、遠慮なくカリカリと食べ始めた。
なんかつい先月あたりにもこんな事があったなと思いつつ、とりあえず猫が無事である事の喜びの方が勝るのだ。


余談だが、獣医師の説明を私がすんなり受け入れたのは、私自身が幼いころ、うちの猫とほぼ同じ経験をしたせいでもある。
つまり私も、ひどい便秘が原因で深夜に盛大に吐き戻し、血相を変えた親の手で夜間救急病院に担ぎ込まれた当事者なのである。
What goes around, comes around.
以前にも言ったとは思うが、改めて嘆息させていただきたい。
本当に、こんな所まで飼い主に似なくてもいいのに……

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