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鉄壁のだんご

猫の健康診断は無事に終わった。
健康診断となれば当然体温の計測をされるわけで、猫の体温をきちんと計測するとなればそれは直腸温計測である。
うちの猫はしっぽが丸まっているため、柴犬よろしく普段から肛門は丸出しである。だから、きちんと保定さえしていれば直腸温計測も容易だろうと思っていたのだが、保定している私の眼の前で、獣医師は予想外に四苦八苦している。
「いやー、この子のしっぽ本当にガチガチだね。肛門全く見えないよ」

え?
いや、普段は丸出しですが?
というかこのしっぽで肛門隠せてるんですか?
 
首を捻る私をよそに、猫は獣医師からそっと足払いを食らい横倒しにされた。保定する私をシャーシャーと威嚇する猫の肛門に、しゃがみ込んで診療台スレスレに顔を寄せた獣医師はやっとのことで体温計を差し込んだ。
上からそっと覗き込むと、確かにしっぽは普段より低い位置に移動し、肛門を完璧に隠している。なるほど、しっぽの長い猫で言うところの、『しっぽを巻いた』状態か、と納得した。しっぽにある程度の長さがあれば持ち上げたり避けたりすること出来ようが、このだんごしっぽでは上手く持つことも出来ない。下手に無理に掴んで引っ張れば、繋がっている神経を痛めてしまうだろう。獣医師さんには余計な手間をかけさせてしまった。
それにしても一応動くものなんだな、と興味津々で眺めているうちに、ふと思い出された記憶があった。
帰宅した私に、妖怪すねこすり状態で絡みつく猫のしっぽは、普段よりも色が明るい。
いつもは見えないたんごしっぽの裏側(尻側)の明るい色の毛が見えるのだ。そうか、あれは精一杯しっぽを立てて親愛の情を伝えてくれていたのだな、と今更ながらじわりと感動してしまった。
全体をくねくねとは動かせなくとも、根本の部分がそれだけ動くのであれば肛門ぐらい隠せるかもしれない。
普段肛門が丸見えなのは、しっぽをまるめるような怖い思いも緊張もせず、リラックスして過ごしてくれている証拠だったのだ。
 
ようやく計れた体温は平熱よりわずかに低いぐらいで、緊張はしていても体調は上々のようだった。
その後、採血などの検査のために病院にショートステイする猫は、憤懣遣る方無いといった表情を浮かべたまま獣医師に抱えられ、診察室の奥へと去っていった。しっぽはまだ下がったままで、肛門は鉄壁のガードに守られていた。ああ、これまでは病院でさほど嫌な思いはしてこなかったが、今度こそ嫌われてしまうかもしれない。あれだけ甘ったれてくれていた猫が私から逃げ回る様子を想像して、しょんぼりしながら動物病院を後にした。

床に触れている部分のしっぽの色は、腹と同じ色。このように、普段は全く見えない。

だが。
健診が終わり家に帰って来た猫は、昨晩からの空腹を満たすよりも先に、妖怪すねこすりと化して私とにーさんの足元にこれでもかというほど絡みついた。そのしっぽの色がいつもより明るいのを確認して、人間2人は相好を崩すのであった。

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