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ほかほかの耳

朝起きると、爪とぎサークルに詰まって寝ていた猫がのっそり起き上がって、ぎゃおぉーう……といかにも起き抜けのガサガサ声でか細く鳴きながら近寄って来た。頭を撫でると、まだ両耳ともほかほかと温かく、かまってほしさで無理矢理起きてきたのだろう事が伺えた。健気でかわいい奴である。
が。
実際の所、猫はこの2時間程前に人恋しさと暇を我慢しきれず、なごーんなごーんと騒ぎ立てて人間の安眠を妨害してくれているのである。我が家は集合住宅住まいなので、猫が早朝から騒ぎ続けているのは周囲の迷惑になってしまうという気持ちが先に立つ。それ故、事態の根本的解決にはならないと知りつつも、猫の求めに応じて起き出し、猫ベッドに入った猫が満足するまで撫でて寝かしつけてからの二度寝を決め込むのが日課となっている。
猫が熟睡すると耳は冷える、と何かで読んだ。だが今、猫の耳はホカホカである。しかも先に寝かしつけた猫ベッドとは違う爪とぎサークルから起き上がって来た。という事は、考えられるのは2つ。
・猫は人間の知らないうちに起きて、そして場所を移動して二度寝をしようとしていた。
・発熱している。
念の為もう一度頭を撫でながら耳を触ってみると、今度は耳の先の方がほんのりひんやりし始めていた。発熱ではないことに安堵しつつ、寝入りばなにも関わらずわざわざ起き出して来るほど人恋しいなら、いっそベッドで添い寝でもしてくれれば良いものを、と多少恨みがましく猫を見つめるが、猫はどこ吹く風だ。
野良生活をしていたせいか、それとも何か別の理由かは知らねど、うちの猫は柔らかい物の上に立ったり寝たりするのが苦手なのである。ベッドで添い寝など、寒さと人恋しさがダブルで限界突破でもしないかぎりしてくれない。いささかふくよかな私の太腿や腹の上で寛ぐことも嫌がる。私がソファーで行儀悪く横になっている時には、ここぞとばかりにソファーに登ってきて私の両腿の隙間に収まり、恥骨に胸から上を乗せるという、できる限り柔らかい場所を避けた状態になってから、撫でろ撫でろと要求してくる。面倒だと思わないでもないが、それでも撫でられて満足そうに目を細める様や、高速でグルグルと鳴らされる喉の音を聞いていると、ころっと絆されてしまうのだから、惚れた弱みとは正にこのことだろう。
そんなことを考えながら猫を撫でていると、朝の慌ただしい時間が、猫の耳のようにほっこりと優しく温かくなる。さあ好きにしろと言わんばかりにカーペットの上にごろりと横になられたりなどしたら、もう言われるがままに顎でも腹での背中でも、どこでもはいはいと撫で続けてしまう。
こうして、朝の時間は溶け落ちるように過ぎ去り、私は持てる限りの全速力で身支度する羽目になるのである。

この誘惑には逆らえない。


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