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550kmヒッチハイク旅行記

ヒッチハイクをした。大阪に行く予定ができて、出発2日前になってようやく移動手段を調べたところ、埼玉からはどの交通網を使っても1万円以上することが分かった。変わり映えしない景色をバスや電車の窓から見ることに大金を払うのはもったいない気がした。じゃあヒッチハイクでもするか俺ならいけんだろ。ぼんやり考えて、その夜はスケッチブックとポスカを用意し、寝た。

日曜日の早朝に家を出た。すき屋の牛小鉢朝食を流しこみ、家から一番近いICを目指す。月曜日の朝に大阪に着いていればクリアなので、タイムリミットは24時間。まあ最悪電車がある。近づけるところまで近づきたい。






0台目:高速前の一般道から


朝8時。IC前の一般道で「厚木方面」と書いたスケッチブックを掲げ、これから高速道路に乗るであろう車たちに示す。恥ずかしかった。幸い、歩行者とは鉢合わせなかったものの、フロントガラスからもの珍しそうにこちらを覗く視線に思わず、なんでこんなことをしているんだろう、と目を伏せてしまう。カンカンに照った太陽光を避けるため電柱の細い影に身を寄せていたが、どうやらそこはカラスの停留地らしく一歩踏み出せば届く距離から数分おきにピチャッという音がする。拾ってもらうのが先か、糞まみれになるのが先か……

15分もやっていると恥ずかしさは大分薄れてきた。人間、何事も慣れである。ここまでで分かったこと。まずドライバーのインプレッション率。車越しとはいえかなり多くの人間と目が合った。始まるまで、俺は「街中のティッシュ配り」を想定していた。どんなにニコニコでティッシュを手渡しても、大半の人間は目も合わせずスルーを決め込む。実際に受け取る人は1割もいないだろう。一般道でのヒッチハイクも、多くの人間がそもそも無視という態度を取るだろうと踏んでいた。しかし実際にやってみるととにかく車内の人間がこちらを見る。わざわざ首をひねってでもスケッチブックの文字や俺の顔を見ようとしてくる。意外だった。おそらく、ティッシュ配りに出会うような生身の自分が社会と交差するパブリックな場と違って、車内は金属で覆われたプライベート空間。動く実家なのだ。家であくびを我慢せずするように、車から見えた違和感に自意識が働かず反応する。こちらとしては願ったりだ。とはいえそんな「家」の空間に、俺を入れてくれるかはまた別問題なのだが。

もうひとつ分かったのは「トラック運転手は全くこちらを見ない」ということ。正直、ヒッチハイクで500km移動しようとした場合、半分くらいはトラックの運ちゃんにお世話になるもんだと思っていた。他人様の車に乗り継いで大阪へなんて馬鹿の話を分かってくれそうな風貌のドライバーが大型車には乗っていた。けれど彼らはそもそもこちらを見てさえくれない。一般車とは8割方目が合うというのに、これはどういうことなのだ。あとになって分かったが、どうやら昨今の配送業界はコンプラが厳しくなっており、見知らぬ人間を乗せてはいけない決まりがあるらしい。車内はレコーダーで録画されていたり、予定とは関係のない場所で止まると上からチェックが入るという。クリーンな社会で結構なことだ。令和のヒッチハイカーはトラックに乗れないらしい。なるほど、俺が大好きな縛りプレイってわけか。

他にも性別や年齢、車種による反応の違いなど発見はあったが割愛する。いい加減、出発しよう。開始30分で目の前にオレンジに光る車高の低いスポーツカーが止まった。
「乗ってきます?」
「ええー!いいんですかあ!」
「なんかおもしろいことしてるなーと思って笑」



1台目:車好きお兄さんずとジェットコースター


まさかの初手スポーツカー。派手な車体には何かの周年を示す刻印がされていた。助手席のドアを開けてもらうと、車内は見たことないメカニックな(語彙力)装丁がされていた。詳しいことはよく分からないけどひたすらかっこいい。あいにく、車をほめるワードを持ち合わせていなかったので、とにかく「かっけー」と漏らしておく。実際相当かっこいい。1台目が見つかりテンションも上がっていた。

拾ってくれたのは若いお兄さん2人組。年上だと思っていたら2つ下だった。かっけー。ちょうど厚木のバイク屋を目指していたという。ヒッチハイクする人ほんとにいるんだーって思いましたよ、とスポーツカー特有のもう席とは言い難い後部座席から髭のお兄さんが顔を出して言った。運転しているのはサングラスのお兄さん。2人は高校の同級生で車好きの趣味が高じ、今もこうしてよく出かける仲らしい。地元の友達との縁が薄い俺にとって、それはとても羨ましくて尊いものに見えた。

22にして新車で買ったというこの1台。知る人ぞ知る名車らしい。同年代で新車おろした話久々にききましたねと俺が言うと、サングラスのお兄さんは少し悲しそうに、
「もうみんな『乗るだけなら中古で十分』ってなってきてますもんね。金かかる趣味なんで、若者の興味が年々薄れてます。話通じるのこいつくらいで、あとはみんな上の世代…」
と言った。なるほど確かにひと昔前は車やバイクの趣味を持つ若者が多くいたと聞く。あれは景気が良く若い人がお金を持っていたからこそ生まれたトレンドだったんだなあと感じた。現代の「車好き」は下火らしい。

どうせなら海老名まで送りますと快く言ってくれた2人に最大級の感謝を届けつつ、車は東京に入った。さすが乗り回しているだけあるというか、お兄さんたちと気を許しあっていくにつれスピードが上がっていく。120km、140kmと上昇していき、ついに最高時速は180kmを超えた。ひいい。自家用車やトラックをガンガン抜いていく。こういう体験を乗車している当事者として享受するのは人生で初めてだ。ジェットコースターみたいな重力を受けながら、ああこれは死亡事故も起きるわけだと思っていると、あっという間に海老名SAに到着していた。



1.5台目:海老名戦線


お兄さんにありがとうを言って別れると、俺はSAに乗り込んだ。ここが有名な海老名SAか。初めてきた。開始から1時間半で海老名まで来れたので、これはいけるとウキウキでスケッチブックを掲げたのだが、結果的にこのSAで俺は3時間立ち往生することになる。

一般道とサービスエリアではヒッチハイクの手法が異なる。通過する車に止まってもらうのを待つ一般道と違い、サービスエリアでは休憩のためショップに入る人の歩みを止める必要がある。とてもパブリックな場で行われる見知らぬ人間からのはたらきかけ、つまり乗せてもらう云々の前に「ティッシュ配り」を成功させる必要があったのだ。俺はそれを分かっていなかった。いや薄々分かっていたが、「1.5時間で海老名」という実績を前にいけるやろと高をくくってしまっていた。人も多いし名古屋大阪に向かう車なんていくらでもいるはず。そうしてつったっている俺の横を、昼食を取り終えた家族連れがどんどん通り過ぎていく。時計を見ると13時をまわっていた。

海老名SAを訪れる人は圧倒的に家族連れとカップルが多い。そしてさすがにこの2組には声をかけられない。その空間に謎のヒッチハイカーは邪魔すぎる。自分がされて嫌なことは、しない。となると男子大学生グループや老夫婦あたりが狙い目だが、何度か声をかけてみても芳しい結果は得られなかった。自販機横に陣取った俺に、むしろ邪魔だどけという目を向けてくる。余談だが、ヒッチハイクほど迷惑と応援が同居する行為はなかなかない。1日通して大量の人間の冷たい目線を浴びるのだが、一方で「きっと成功するよ」「頑張ってね」と声をかけられたり、遠くでGood Luck的なポーズを示されたりもする。自分が人として褒められる行動をしているのか、間違った行動をしているのかが分からなくなっていく。まあ人間の行為なんて多かれ少なかれどれもそんなものなのかもしれない。俺はただ、大阪までの移動費を浮かせたい卑しさでしているのだが。

「お兄さん、ジュース飲みます?」
ある男子大学生グループから話しかけられた。こんな捨て猫みたいになっている俺に話しかけてくれるなんて、とてもありがたい。同族嫌悪的に若い男づれをうっすら嫌っている俺だったが、構ってもらえたことが嬉しくてついゴロゴロと喉を鳴らしてしまった。カルピスをくれた。わーい。彼らは熱海に行くらしい。いっぱい楽しんでねえ。男子大学生というと、俺と同じくヒッチハイクで海老名から大阪を目指す20歳前後の男子2人と出会った。なんだか今風の髪形をしている。いかん競合だ、と思いつつ嬉しくもあったので互いの健闘を祈りつつ別れた。彼らは俺よりも1時間ほど早く乗せてくれる車を見つけたようで、海老名を発っていった。くそう先輩の威厳が。

さて、いい加減立ち尽くしている場合ではない。今日中に大阪に行きたいのだ。プライドを捨てて戦略を練るしかない。とりあえず、「名古屋方面」と書いたスケッチブックのページをめくり「御殿場」と書いた。目的地を刻もう。そしてパーキングに止まっている車に直接アプローチをかけることにした。そうして声をかけ始めると2台目で後ろのってけとジェスチャーをくれたおじさんと出会う。拍子抜けだった。作戦変更後3分で結果が出た。かくして3時間立ち往生した海老名SAを俺はようやく抜け出した。



2台目:トイプードル夫婦と航空自衛隊


車に乗り込むとまず犬が飛びついてきた。それも2匹。実家で飼っているビビりな柴犬と違って、目の前のトイプードルは汗まみれの俺をベロベロと舐めてくる。えー申しわけないよーと思っていると、隣の座席にいるお母さんが、この子たち人懐っこいからとにこやかに説明してくれた。しばらく身を任せるように舐めてもらったあと、体に触れる。毛がフワフワだった。特に耳。そんなに?と思うくらいフワフワ。トイプー、小学生の頃、集団登校の班長の家が飼ってたーそれいらいー。

車内には俺をのぞいて2人と2匹がいた。今日はこれから静岡にあるドッグランでトイプーたちを遊ばせるらしい。なんだか幸せが充満している空間だった。俺の顔を舐め飽きた2匹は助手席に座り運転しているお父さんに撫でられにいく。というか窓もドアも開けるのにリードつけてないのがすごい。

普段は横浜と宮崎の2拠点で生活しているらしい。娘息子も成人し、今では2人とトイプーで暮らしているよう。娘さんは看護師になったあとさらなる資格を求め大学院へ、息子さんは沖縄で航空自衛隊をしているんだそう。歳も近かったので息子さんについて詳しく聞いてみると、仕事の話はもちろん、それに従事する人間の家族のリアルも少し垣間見た気がした。いろいろな世界がある。

日本海側に住んでいたため馴染みがなかったが、どうやら今は「東名高速」を走っているらしい。そして「新東名高速」が一部開通し始めているようで、そちらに乗り換えた方が進みも良いとのこと。新東名にかかる開通途中の橋を見て、
「うちの会社があれに関わってるんだけど、俺がいるまでに完成しなかったなあ」
とお父さんがこぼす。自分と縁のない鉄鋼を扱う会社で働いていた大人の話をこうして間近で聞けるヒッチハイクは、やはりいい。車は駿河湾沼津SAに到着した。



3台目:オーラ系夫婦と駿河湾沿い


ご夫婦&トイプーズにバイバイをすると、駿河湾のよく見えるサービスエリアに着いた。「静岡」と書き直したスケッチブックを片手にパーキングに止まる車数台に声をかけると、5分ほどで次の車が見つかった。中年夫婦。お母さんが運転席に座っている。ジェンダーというか統計的に珍しい。お父さんは白髪の生え方などうちの父と似ていた。俺の両親と近い年代っぽい。つまり、子どもがいた場合……
「大学生の娘のところにいて、今帰ってきたんですよ。」
やはり同年代か。なんだか一気に親近感が湧く。後部座席を見るとキャリーケースやダンボールが積まれている。昨晩は1人暮らしをしている娘の家に泊まったのかもしれない。

ヒッチハイクの様子を質問されたり、逆に静岡についてこちらから質問したり、1時間弱和やかにおしゃべりをしたのだが、なんだかこのご夫婦は地に足ついたオーラを感じた。たぶん、俺のいない車内では阿吽の呼吸というか、最低限の会話量でコミュニケーションが成立しているのではないかと思われる。そんな2人の間に入った俺は、「申し訳ない」より「貴重な空間にいる」が勝った。夫婦という関係性。これもまた光栄なライドをさせてもらっている。

3兄弟の末っ子が件の娘さんなので、今は2人暮らし。長い子育ても終わり晴れ晴れした気分とお母さんは言った。この車内は特にお母さんが終始かっこいい。ハンドルを握っているのもあり、惚れそうになる。というか惚れた。晴れた日の駿河湾を沿うように進んだ車は、静岡SAへと入る。



4台目:トライアスロンじいさんと語呂合わせ


4台目のじいさんが1番やばかった。そして1番仲良くなったのもこのじいさん。静岡SAで30分ほどフラれ続けた末、声をかけた車だった。乗れよと示してくれたおじいさんは、おじいさんというにはシュッとしすぎているというか、愛知のご当地ナンバーも相まって少し歳を食ったイチローのような風格があった。助手席に乗せてもらったのも、後部座席にはスリムな自転車が横たわっていたからである。側面には番号の書かれたシール。なにかの競技車?と思っていると、車が発進したと同時にトライアスロンの帰りであることを教えてくれた。トライアスロンのあとに俺拾ってんの?体力どうなってん?と思う間もなく、どんどん情報が足されていく。

さきほどの大会、全年齢1000人強の参加者の中で、12位。60代の部ではぶっちぎり優勝。年内行われる日本での主要大会2連覇中。ホノルルで開かれる世界選手権での優勝を目指して日々トレーニング…。スーパーおじいちゃんに当たっちゃった。

「1番しんどいスポーツをやってみたかったんだ」
と彼は言った。すごい。まず俺にその発想がない。そんで実際に手を出して、かつその年まで続けつつ結果も出すの、想像がつかない。いつからやっているんですかと聞くと、37年前と返ってきた。今では息子さんも選手として結果を残すほど、人生がトライアスロンに染まっているらしい。すげえー。競技中のエピソードや家でのトレーニングを聞いていると、もう普通に現役バリバリのアスリートである。それでいて普段は市役所勤め。えぇ…。サラリーマンがスーパーマンやってるドラマを思い出した。堤真一のやつ。そしてそんな公務員生活も、もうすぐ定年らしい。これでより競技に没頭できる、人生ネクストステージだ、とじいさんは楽しげに話す。えぇ……………。

突然、相談があって、と切り出された。出会って1時間ほどの不審な若者がえらく信頼されたもんだなと思いつつ、何でも聞きましょう!!!と調子に乗った返答をしていると、またすごい話がきた。最近車を買ったのだがナンバープレートの数字が決まらない、ぜひ俺に決めてもらいたい、とのこと。いいんすかwwwwwwwwwwwと思った。最も過酷なスポーツで世界一を目指すアルティメットじいさんの、人生最後かもわからん新車のナンバーを俺が決めていいのかよ。話を聞いたり、こちらも話したりする中でそれだけ気に入ってもらえたらしい。光栄すぎる。本気で考えちゃうぞ。

ということで後半は4桁の数字をいっしょに考えた。語呂合わせで覚えやすいやつがいいと言って、行きの車内で考えていたといういくつかの候補を見せてもらった。5963-ゴクローサン、5572-ココナッツ ……。「自宅から世界選手権会場までのkm数」とか「トライアスロン始めた年齢から今の年齢」とかエモめな提案は全て却下された。駐車場とかですぐ分かるものを所望らしい。それでも「ココナッツ」よりはいいと思う。お前の名前は…数字の語呂にできないかあ、と言われたができたところで俺の名が直に刻まれたらいよいよである。さすがに恐れ多い。かけ声みたいなのがほしいと言っていたので、となると55-GOGO使うとかかなあ。レッツゴーで0250?15で「行こう」、19で「行く」もいいなあ。ありきたりだけど「最高&さあ行こう」で3150とか。「~に行く」で~219?それだと「~」を数字ひとつで表さないとだからきついかな?あじゃあネクスト、2ndステージに行きたいから2219で「2ndに行く」は?めちゃいいですけどあなた60超えてまだ次が2ndって感覚なんすか。ずっと働きながらやってたしまだ1周目だよ。brand new。。。

ということで、2219-2ndに行く、に決まった。え?むちゃくちゃかっこよくない?正直、数字の語呂合わせでこんなにハマるやつ出ると思わなかった。世界目指してる60のじいさんがこのタイミングでネクスト行く決意表明するのシブすぎんなあ。こんな若者を拾いましたってお前のこと明日会社の朝礼で話すわ、と言ってトライアスロンじいさんは握手をしてくれた。最後まで光栄である。受け取りますよ余すことなく。そんで俺もベストを尽くします。互いの健闘を祈りつつ夕暮れの刈谷SAで深々頭を下げた。



5台目:キャンプおじさんと関西弁


刈谷がまた魔境だった。というか時間帯が悪い。日が沈みそうな空模様の大型サービスエリアは、今日の家族サービス終了までもうひと踏ん張りといった顔つきのおじさんにあふれていた。見ず知らずの人間を乗せる余裕がなさそうな断り方をされる。また海老名と違い、車の向かう方角が西寄りでなかったりするので、数時間前は嬉しかった静岡浜松ナンバーも残念ながら候補から外さなければならない。なかなか次に乗せてくれる人が見つからないままうろついてると、海老名で出会ったヒッチハイクな大学生2人に再会した。そんなことあるんか。聞くと、時間の差はあれどほとんど同じ経由でここまできたらしい。そして刈谷で2時間足止めを食らっていると。やっぱ声かけなきゃダメですかねと彼らは言っていたが、むしろ声かけなしでここまでこれたことに驚く。スケッチブックかざすだけで200km近く移動できたのか。やっぱり2人組の方がまだ怪しくないのかなあなど思いつつ、情報交換をして本日2度目の健闘祈祷をした。今日健闘祈ってばっかだな。採用通知かよ。

で、とにかく断られた。やっぱり俺は就活生なのかもしれない。たくさん断られて分かったが、断る理由が明確な人ほど言い方が優しい。向き逆やねんごめんなあ、とか、会社の車だから乗せられないのよ、など「自分の意思ではなくやむを得ずあなたの力になれない」という後ろ盾のある人間はメッセージにはあと腐れがない。相手を慮る余裕まで生まれる。逆に、できるけど億劫だという顔の人は発信が芯から冷たい。とか。そして何人かいる、面倒だけど協力するよという、優しいを超えて変わった人を探して声をかけるのだが、刈谷ではそれが洒落たビンテージ風な車に乗ったキャンプ帰りのおじさんだった。

ちょっと待ってな、という第一声を聞いて、関西弁だ!と思った。この日1番自分がヒッチハイクしてきたことを実感した瞬間。埼玉から関西弁使用エリアまできたぜ!と小躍りしたくなった。ただでさえ1時間近くいた刈谷を抜け出せそうで気も高ぶっていたので、ほんとにちょっとその場でステップを踏んだ。助手席に乗せてもらうと足元には薪の束があった。諏訪の方で3日ほどキャンプしてきたんやとおじさん。うわあ関西の言葉だあ~。内容が入ってこないレベルで関西弁が嬉しい。ネイティブ関西弁話者とサシで会話するの初めてじゃないかなと思う。すごーい。もっとこのおじさんにしゃべらせよう。

1人キャンプって何するんですか?と聞くと、まあ特になにもせんよね、と言われた。日中は近くの街をぶらつき夕方になるとテントに戻って焚火をするらしい。優雅~。というか最高すぎんかそれ。焚火もだけど、今日はこのあと山で寝泊まりだななにしようかなって思いながら知らない街散策するの絶対楽しいだろうな、自分もゆくゆくはこうなるのかも、など思いながら話を聞いていた。家族で何度かキャンプをしていた過去を思い返しながら、最近のキャンプブームで何か変わったのかななどと考えていたが、どうやら大した変化はないらしい。相変わらず汚いところは汚いし、管理人もいたりいなかったりする。でもそれがいいんだろうね。

乗車中に日は完全に沈んだ。ナガシマスパーランドのジェットコースターが夕陽に照らされるのを最後に、あたりはあっという間に真っ暗になった。亀山で降りるのでそこまで、とおじさんが言うのでマップを見ると、俺たちはもう関西圏に入っていた。



6台目:帰省おじさんと水圧


キャンプ帰りのおじさんに礼を言い、次のステージを確認する。亀山から大阪駅までおよそ100km。つまりここまで既に450km移動してきた。時刻は19時。いける!意気込んで顔をあげると、亀山SAはだいぶ閑散としていた。ここにきて初めてのベーシックなサービスエリア。売店などあるものの、あまり車の数は多くない。一通り断られて歩道でボーっとしていると、なかなか目立った。折れずに声をかけているとひとりで休憩中のおじさんを見つけた。乗せてくれるらしい。ソロおじが一番声かけやすいし打率も高い。おじ大好き。

普段は神奈川に住んでいて、月一で和歌山の実家に帰り親の介護をしている方だった。今日はその和歌山に向かうところ。ちなみにこの方自身も既に定年退職をしているという。しかも元勤め先はバリバリの大手で新卒から40年弱勤務。なんならバブル前後のその会社って今以上にイケイケだったんじゃないかな。このおじさんも、トライアスロンじいさんと違った意味で60代に見えない。話している様相含め品格を感じる。俺の発する適当なボケも冷静に処理される。源田の遊撃守備みたいだった。それでいて感じが良くて柔らかい。会う場所が違えば、恐るるべき対象だったかもしれない。

このおじさんとはダイビングの話で盛り上がった。盛り上がったといっても、俺にダイビングの経験はないのでひたすらその魅力を教えてもらった。そもそも潜りたいのであればライセンスがいるという。へー1時間くらいの講習受ければその場で発行してくれるみたいな感じかなあと思っていたら、筆記実技がともにある最短でも3日はかかるガチのやつだった。なるほど…じゃあ今日暇だからダイビングやってみようとはできないわけね、前向きに検討します。できる場所も当然だが海ならどこでもよいわけではなく、潜れるスポットが限られているという。ポケモンと同じだね。

おもしろかったのが水圧の話。地上で人間が受ける気圧を「1気圧」として、水中では地上の1気圧にプラスして10m潜るごとに1気圧分の水圧がかかるらしい。50mなら6気圧分。この時、水深50mから40mに上がる方と水深10mから0mに上がる方、どちらが危険ですかという問題。どちらも同じく10m分浮上しているが前者が6気圧→5気圧に気圧が5/6倍変化しているのに対し、後者は2気圧→1気圧と1/2倍の変化が起こる。より変化の割合が大きい区間の方が体の負担も増えるため、水深10mから0mの浮上は特に危険ですよというのが解答だった。なるほどなあ。

そういえばこの方、ヒッチハイカーを乗せるのは2回目らしい。以前はいつ?と尋ねると、20何年前と言っていた。俺が生まれる前後の話だ。どうやら20年ぶりの刺客だったらしい。また20年後もどなたか乗せてくださいねと言い残して、車は天理SAに止まった。



7台目:関西人ファミリーとコミュニケーション


さっきのおじさんが優しい。ちょっとタバコ吸ってるんで苦戦してるようなら奈良駅まで連れてくからまた声かけて、と言って10分ほど待ってくれた。ありがたい。で、例にもれず苦戦するのだが、これ以上ご迷惑をおかけできないのでひとりで頑張ってみますと伝えお別れした。丁寧な人だったなあ。

さて天理SA。天理と言えば中村奨吾。亀山SAと同じくらいの規模だった。車は少ない。周りも暗いし、怪しくない程度にほとんどすべての車に声をかけ、すべてフラれた。新たな車は5分に1台入ってきたりこなかったり。30分ほど粘ったもののヒットせず、呆然としていた。母数が少なすぎて戦略の立てようがない。プランがあっても試せない。大阪と書いたスケッチブックもおろしどうしようかと考えていると、ここで今日初めて向こうから話かけてくる事案が発生した。

「兄ちゃんなにしてるん?」
「ヒッチハイクしてて。大阪目指してるんですけど。」
「すごいな(笑)ほんとにいるんや。どっからきたん?」
「埼玉です。めちゃ困ってるんでよければ乗せてくれませんか!!」
「すご(笑)とかいってなんか怪しいもん持ってないやろーな?」
「持ってる金属、鍵しかないっす。これ凶器と思うなら今投げ捨てますよ!」
「…よし!前のれ!」

ということで天理脱出確定。ありがたー。20後半くらい?がっしりしていてかっこいいお兄さんの車に入ると、子ども3人と奥さん。おおう、めっちゃパパじゃん。家族連れだったので声をかけなかった車だ。本日初めてのファミリー空間。乗ったら後ろにいた小学校低学年くらいの長女ちゃんに、パパ―だれこのひとー?、と言われた。そうだよねー俺もよく分かんないーと思っていると返す暇なくママさんが、パパがつかまえたポケモンやで、と言った。ぬう、さすが関西。あたらずとも遠からず。こんばんはーしらないおにいさんですーと自己紹介をして、これまた初めて高速を出た。みてられなかったでしょーと付け加えたら大人にウケた。

で、何してんの?と改めて聞かれたので、大阪行く用事ができたんでノリでヒッチハイクしてますという話をすこし引き延ばして伝えた。学生さん?と聞かれたのでフリーで記事書いたり取材したりする人ですと言うとすかさず、「おもろい」と言われた。きゃあ!本場の「おもろい」いただきましたっ!光栄ですっ!

しかしこのパパさんコミュニケーションが本当にうまくておもしろい。よそ者が勝手にイメージする「関西人」の最上級というか、話していて楽しい。テンポの心地よさに加え、相手が受け身をとりやすいボケやいじりをしてくる。こちらに余地を残してパスしてくれるので、リズムに沿いながら身を任せて応対するだけで外から見ても楽しめる商品が完成されていくようだった。早い話、漫才っぽい。俺は昔からコミュ力が人の5倍あって、という言葉が特に印象的で、それは「5倍」というワードチョイスが絶妙だったから。会って数10分という人間との距離感において、5倍というボケは至高だと思う。〇万倍、〇億倍という数字はあまり親しくない間柄でやるには狙いすぎて寒い。73倍とか126倍みたいな小学生みたいなのもなしにして、やはり一桁。1、2、あと3もボケているのかマジなのか分かりづらく相手が受け身を取りづらい。4は×2×2だし安直感と語感の悪さ。7、8、9は分かりずらく狙ってる感。6よりは5のほうが音の響き的にも良い。ごばい。長々書いたがとにかく、俺はまだあまり親しくない関係性のうちに「5」を使ってこちらの想定をズラせる人間を大変信用している。このパパさんも間違いなく達人と見た。

かとおもえば後半は真面目に人生観にまで話が及ぶ。こんな経験してきましたーみたいなのをちょこちょこ話すたびに、すごいなあ偉いなあといってくれて最後の方、俺はもう普通に照れていた。いやいやそんなたいしたことでは。ちなみにこの間、乗車から20分である。方向の関係でかなり短いライドにもかかわらずパパさんの魅力が十分伝わった。いろいろ弟子入りしたい。
「若いころはフラフラしてたけど20中盤で『家族のために生きる』って俺は先に決めたから、あとはもうどんな手を使ってもそこに向かうだけ」
そう言っていた。それを家族の前で言えるんだもんなあ。力強いなあ。



8台目:奈良のあんちゃんと秘密基地


ファミリーと仲良くお別れをし道路に降り立つ。下道でここまできたので、1台目以来の一般道ヒッチハイクだった。1日やって分かったが、たぶん一般道の方が拾ってもらいやすい。というかSAが鬼畜ゲー。視聴率と共犯性がまるで違う。下ろしてもらった橿原の街中は車通りはよいものの、よすぎて途中で止まってくれる感じはない。21時を過ぎ、イオンモールを筆頭に数々の建物が閉店作業の最中だった。少し外れたところに行こう。歩き出すと車の数は一気に減った。極端だな。進んでいくと地方のさびれたパチンコ屋を見つける。店の前には街灯があり、スケッチブックの文字がよく見えるし、信号待ちの車は嫌でも目に入るだろうと思い、陣取った。それにしても一般道の車は本当によくこちらを見る。なんてかいてあるんすかーと乗ったまま声をかけてくれるライダーまでいた。15分くらい立っていると、後ろから声をかけられた。「どこ行くん?」

大阪の大人、と聞いてまずはじめに具体的なイメージが湧くのが、ヒップホップグループ・梅田サイファーの面々だ。楽曲を聴いたり各々のラジオをたまに聞く。そんな彼らに対し「見た目普通の気のいい大阪の兄ちゃんたちなのにラップかっこいい」みたいなリプを以前からよく見かけていた。だから大阪の人間の平均が梅田サイファーの人間だと思っている。何を言っているか自分でもよくわかっていない。とにかく、パチンコ屋から出てきたそのおじさんは、なんというかすごく「梅田サイファーにいそう」な雰囲気をしていた。R-指定とKOPERUっぽい。fromコッペパンか?

大阪駅まで行きたくて、というと、大阪かあとカーナビをいじり始めた。もう車は俺を乗せて西へと発進している。このおじさんはとにかく話が早い。今日の旅の中で俺の次に今の状況を楽しんでいるように見えた。
「ヒッチハイクとか自分も昔やってみたくて、でも勇気なかってん。せめてやってる人いたら乗せようと思ってたけど、今日いい機会やわ」
と、すごく楽しそう。どうすればヒッチハイクできるの?と聞かれたので、ノリと勢いですと伝えると、だよなあととても納得していた。考えてみると、確かに自己責任でする一人旅と違ってヒッチハイクは明確に他者を巻き込む。直接迷惑をかける。それを受け止める、もしくはスルーできる人とそれができない人はいるのかもしれない。自分にはできなかったなと言いつつ、協力する人間になってくれたおじさんに最大限の感謝を伝えたい。

あとひと山超えれば大阪の街並みが見えるらしい。車内で協議を重ねた結果香芝SAへ向かうことになった。大阪に行くであろう人にとって最後の休憩ポイントだという。おじさんは息子の塾の迎え待ちだそう。もう少し時間に余裕がある。大阪まで送れちゃうけどでもそれはルール違反か、と笑った。やっぱりこの人だいぶ楽しんでるな。深夜に、名前も知らない人間と、秘密基地づくりみたいなワクワクを持って、俺たちは街を駆け抜けた。



8.5台目:香芝戦線


おじさんに連れられ、もう一度高速道路に戻ってきた。気分は「天空の難破船」のコナンくん。あのおじさん、怪盗キッドだったのかもしれない。その場合、ファミリーがテロリストということになってしまうが。

さて香芝。大阪駅まで残り20km。時刻は23時前。あと1台拾えればゴール。これはもらったでしょう。ラストスパート!と奮起しているが、戦線回である。ここで足止め……。まずは駐車場に止まった車20台近くに声をかけたが、全員疲れた顔をしていた。なんなら車内で今日は寝泊まりしますといった人も多く、生気を感じない。スタミナ切れの人間に心理的にも体力的にも負担を強いる最悪の依頼をして回っていた。自覚はあるもののもう手がないのだ。ヒッチハイクを始めて15時間。ここにきて1番周りの目線が冷たい。売店に向かう人に声をかけるが、可否どころか反応すらない。8割以上無視されていた。同世代らしき金髪の女の子にゴミを見る目で避けられたときは舌を噛み切って死んでやろうかなと思った。いや、あなたは健全。異常者は俺の方。ごめんなさいね。

とにかく、打つ手がない。朝から休憩という休憩も取らず気を張り続けていたので体力もなくなってきた。5分に1台ペースで入場していた車が、10分に1台、15分に1台となって、ついに30分空くようになった。もう「かわいそうなやつブランディング」が最終手段だった。捨て猫のような気持ちでひとり、よるのサービスエリアにたたずんでいた。



9歩目:星空と峠を越えて


香芝SAに着いてから2時間が経過。大阪まであともう少し、から2時間。ダメだこれ、歩こう!となったのが日付を越えた午前0時半だった。捕まる気がしないし、立ちっぱなしは眠い。少しでも大阪に近づいて、ネカフェなりで寝よう。そして香芝SAから一般道に繋がる勾配の厳しすぎる階段を降り、俺は歩き出した。

そこからは特にレポートするものはない。2時間歩いて八尾のネカフェに着いたのが午前3時前。香芝から大阪までは山を越える必要があり、この時間から山登りかあと思っていたが、案外たいしたことなかった。それよりもスマホの充電がなかったので極力マップを見ずに知らない山道を登って下る方がハードだった。けどそれも香芝でのみじめさに比べるとなんてことない。北斗七星の方角を確認しながら山道を歩くという、時代錯誤なことをした。やったー山おわりーと思ってネカフェの場所を確認すると、そこからさらに7kmあった。それは、なんでだよと思った。そういえば朝食ですき家に入ったっきりご飯も食べていない。水分も自分で買った炭酸水と差し入れてもらったペットボトル数本。つまり今日の出費は390+110で、ちょうど500円だった。ワンコインで埼玉-大阪。途中セブンイレブンの前でたむろしている20歳前後の男子たちと話した。埼玉からヒッチハイク?かっけーすね、という彼らの言葉は、力こそ入ってなかったものの、本物で本心の言葉のような気がした。あれはなんだか嬉しかったし、なぜだか自然と癒されていた。






翌朝と教訓


結局、ネカフェで睡眠をとり、朝の7時に通勤通学する人とともに阪急電車に乗って大阪に行った。予定があったので遅れられない。ヒッチハイクのみで完全制覇とはならなかったものの、八尾は大阪府内だし、いいとこまでいけただろうという感じである。大阪は楽しかった。いろいろ行った。リベンジは…まあ、気が向いたらで。


既に当日録を書き尽くしているので、事後の感想は徐長かなあと思いつつ、でも書く。

ヒッチハイクで大阪まで行ってきたwと信頼している人間に報告すると、同世代はともかく40~50代にけっこう心配される。本当は大阪でもまただいぶ際どいことをしているので、この移動は前菜でもあるのだがそこまで入れなかったりして悲しい。

自信には、正直なった。こういう楽しみ方も保持してる、保持できるという確認が取れた。これができるならあれも、と繋がる。体力さえ用意できれば当分人生には飽きなさそう。

なにより、ヒッチハイク、その最大の利点は「合法的におじさんの自慢話が聞ける」である。節約とかひと夏の冒険感とかがかすむくらいでかいメリット。日本一の権力者でありそれ故に矢面に立たされ傷だらけになった「おじさん」に、家の次に私的な「自分の車内」という空間で、最も献身的かつ問題に対しクリティカルな「若い男に語る」という経験を、「両者合意」のもと、「より高い強度」で実現できる。もしおじさんに優しくしたいなら、我々がふるまえる最高級のごちそうである。



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