魚たちの世界(フロリダ旅日記#4)
フロリダ旅の5日目。
朝から車で50分、タンパ(Tampa)の街にあるフロリダ水族館へ向かった。
館内は、平日の午前中だというのに大賑わい。遠足に来ているらしき小学生の集団があちこちに見られた。
私は水族館が好きなんだよなあ。ヒトの世界とは全然違う異空間が広がっていて、いつまで見ていても飽きない。
これまでも、いろんな水族館に行った。地元大阪の海遊館のほか、東京の品川水族館、神奈川の横浜・八景島シーパラダイス、沖縄の美ら海水族館、中国の北京海洋館、シンガポールのシー・アクアリウム。実は、今回のフロリダ滞在中、クリアウォーター(Clearwater)にあるマリン・アクアリウムに既に行っているので、今回の旅で2度目の水族館である。
まず感心したのが、小さな子供でも台に乗らずに水槽の中が見えるよう、子供目線に合わせた展示がなされていること。子供たちは、右に左に、インスピレーションが働くままに水槽を覗いてまわっていた。
フロリダには野生のワニが生息していることもあり、大小数種類のワニがいた。子供たちは、ギロリと睨みをきかすワニを恐れつつも、ガラスにかぶりついて見ていた。ミニサイズの可愛いワニもいた。「このサイズなら、うちのバスタブで飼ったらいいね。たぶんお尻に噛みつかれるけど。」と夫が冗談を言ったら、子供たちが「(噛みつかれるのは)いやー!」と楽しそうに叫んだ。
クラゲはよく目を凝らせば凝らすほど不思議な形をした生き物だ。暗いタンクの中でライトに照らされ、神秘的な姿が浮かび上がる。さすがの子供たちも静かに魅入っていた。
円を描いて泳ぎ続ける小魚の群れ。目が回らないのだろうか。見つめていると吸い込まれそうになる。
サンゴの一種(名前がわからない)。まるでヒトの脳みそのよう。表面が迷路みたい。
ハイライトはフロリダの海を再現した大型水槽。サンゴの海に住まう大小さまざまの魚たちが、それぞれにゆったりと泳いでいる。
魚たちの世界に見惚れながら、私は過去の自分を思い出していた。
当時30代半ばで独身だった私は、歳を重ねるごとに増していく生きづらさに吞み込まれていた。ただその時点まで、一緒に生きていきたいと思える相手との邂逅と、結婚したいという衝動のタイミングがうまく噛み合わなかっただけなのに、周囲の善良な人たちから、勝手に気の毒がられるのが苦痛で仕方なかった。それでいて、誰にも理解されなくても私自身がちゃんとわかっている、と外界からの視線を跳ね除けられるほどに私は強くなくて、少しずつ心が侵食されていたように思う。
でも、水族館の巨大な水槽の前で魚たちの世界を眺めると、悩みを忘れた。ただ生きるために必要な事だけをして、余計なことを一切考えずに生きていける魚が羨ましかった。私も魚のように生きられたらいいのにと本気で思っていた。
そんなこと、いまや記憶の隅に追いやられて思い出すこともなかったけれど、魚たちを見ていたら、当時の息苦しさとともに急に鮮明に胸に蘇ってきた。水槽の前で立ち尽くして、魚のように生きたいと思っていた当時の私の背中が、目の前に見えるような気がした。
過去に遡ることができるなら、あのときの私を優しく抱きしめてやりたい。そう考えたら、不覚にもちょっと泣きそうになった。
でも、ひとしきり慰めたら、背中をバンっ!と叩いて、
「人生は、君が思ってるほど捨てたもんじゃないぜ。魚よりも面白い人生が拓けるときがきっと来るぜ。」
と言って、わっはっはと豪快に笑い飛ばしてやろう。
魚の世界を眺めながら、そんなことを考えていた。