アメリカ人の夫に、もっとフォーマルな日本語を話してくれといわれた話
日曜の夕方、まだ明るいうちから、夫と二人で夕飯の支度をしていました。わたしたちは、時間があるときはよく一緒にごはんを作ります。
今日は、夫がメインシェフで、わたしがスーシェフ(シェフの右腕)。
夫は、スーパーで買ってきたサーモンを、たっぷりのハーブとともにフライパンでソテーにするところでした。
わたしは、シェフの指示どおりに、ブロッコリーを切って、副菜の準備を整えていました。それから、米を炊きます。
夫は、サーモンの下準備を済ませて、サラダの準備に取りかかりました。レタス、きゅうり、トマト、赤かぶ、パプリカ。次々と野菜を細かく切ってボウルに入れていきます。
「あ、そういえばマッシュルームが残っていたな」
そう言って、夫が冷蔵庫の野菜室から、マッシュルームのパックを取り出しました。
少しの沈黙のあと、彼は手に持ったパックを、わたしの方へぐいっと差し出しました。その流れで、パックに目を落とすと、マッシュルームの表面がうっすら白くなっていました。
「これ、カビかな」
とシェフが聞くので、
「うん、やめとこ」
とわたしは答えました。
夫は、パックをさっと処分しながら、
「トコってどういう意味?」
と言って、わたしの顔を覗きこみました。
便宜上、わたしたちの会話は全部日本語で書いていますが、夫の発言はすべて英語です。わたしも、基本的には夫と英語で話しますが、ちょっとした一言は日本語で言うこともあります。さっきの「やめとこ」も、日本語で言いました。
夫が日本語を理解してくれるという安心感があるので、普段から、かなり気を抜いて故郷の言葉を使っています。
夫は、「やめとこ」の「とこ」はどういう意味かと質問していました。「やめる」の単語は理解していますが、それにくっついている「とこ」はなんなんだというわけです。
日本語を学んだことのあるアメリカ人として、至極まっとうな質問です。
「それはくだけた口語?それとも大阪の方言?」
あらら、わたしったら、また気を抜いて、外国人相手にこんなカジュアルな日本語を使ってしまったのね。テへへな表情を浮かべながら、わたしは説明しました。
「口語だね。正しくは、「やめておこう」というべきところを、縮めて「やめとこ」って言ったのよ」
わたしが英語で説明すると、夫は、動詞に接続する「おく」について、自分の理解を確認しました。
「「置いておく」の「おく」と同じ?」
正解。しっかりと文法の基礎を学んでいます。
わたしが感心しながら、うんうんと頷いていると、夫が真面目な顔をして言いました。
「ねえ、君は僕に対してちょっとカジュアル過ぎるんじゃない?」
わたしは、ブッと噴き出しました。
夫は、わたしの日本語がアメリカ人に対するにはブロークン過ぎるということと、夫たる彼に対するわたしの言葉遣いがまったくフォーマルでないという2つのことを、この言葉に込めて投げかけてきたからです。
それに、2つめの意味には、男性優位のセクシズムの匂いがほんのりします。もちろん、冗談です。
「I'm a really formal man.」
嘘やん。めちゃくちゃカジュアルでしょ。
でも、確かに、わたしの日本語は気を抜きすぎているかもしれません。明日からは、もう少し教科書に近い日本語を話しましょうかね。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
《英語と日本語について書いた記事》