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チェスをしたら、自分の生き方のクセが見えた話

アメリカに来るまで、チェスの指し方は知りませんでした。

わたしは、アメリカ人である夫から手ほどきを受けました。細かいルールはさておき、おおざっぱにいうと、西洋版の将棋です。将棋を知っていれば、チェスを覚えるのはそう難しくありません。何度かやるうちに、わたしはそれなりに戦えるようになりました。

数年前、ネットフリックスの『クイーンズ・ギャンビット』というドラマが流行りました。チェスの天才少女の半生を描いた話です。

あのとき、アメリカではちょっとしたチェスブームが起こりました。その波は、我が家にも漏れなくやってきました。

夕飯後に、机のこっち側とあっち側に対峙して、チェス盤を挟んでにらめっこする日々が始まったのです。

チェス好きなら一度は観たい映画
『ボビー・フィッシャーを探して』

夫を打ち負かすのは決して簡単ではありません。彼は、高校時代にチェスにどっぷりはまった時期があったらしく、わたしとは経験値が違います。

オープニングから中盤までは健闘できても、どこかで犯した小さなミスが後を引きます。気がついたら防御で手いっぱいになっている。その合間に攻撃をしかけても、決定打にはならない。そのうちチェックメイトされて、ゲームオーバー。

チェスは、最初から最後まで、めちゃくちゃ頭を使います。集中力もいる。終わった後は、いつも大きなため息が出ます。

それに、気持ちを穏やかに保つのが難しいときもあります。

将棋もそうだけど、チェスでは負けるとき、じわじわと負けるんです。どうせ負けるなら、柔道の背負い投げで一本を取られるように、さくっと清々しく負けたいのですが、チェスにはそういうさっくり感がない。じわじわくるんです。しかも、負けへと続く道を一歩一歩自らの足で進んでいっていることがわかっていながら、その歩みを止められない。道を変えることもできない。

チェスでは、負けたら、自分のキングを倒して降参します。それがまた屈辱的で。

我が子には、勝ち負けは気にするな、他人と比べずに過去の自分と比べろ、なんて言って聞かせています。それにもかかわらず、わたし自身はこうして、勝ち負けにこだわって、夫と比べて悔しがり、ときには機嫌を損ねている未熟者です。体にこびりついている意識を変えるって難しいことです。

最近、また夫と一局かわして、いつものように負けました。わたしが野良犬のような目つきをしながらも、努めて平静を保っていると、夫がおもしろい指摘をしました。

「君は何手かでチェックメイトにもっていくプランがあったんだろ。それはわかってたよ。でも、君の弱点は、犠牲を恐れることだね」

いま持っているものを犠牲にできず、未来の可能性に賭けられない。

……あの、これは人生相談かなにかですか?

夫は、笑いながら説明してくれました。わたしが何手か前で、クイーンを犠牲にして手を進めていれば、チャンスがあったと。

クイーンは強力な駒です。これを失えば、戦闘能力はがくんと下がります。でも、勝負にはここぞというタイミングがあります。必要ならば犠牲をいとわず、リスクを覚悟で挑まなければならない。

その話をしているときに、同じことが、わたしの人生についても言えるんじゃないかと思ったのです。「人生」なんて言葉を使うと大げさかもしれませんが、すぐに思い当たったことが二つありました。

一つめは、仕事のこと。わたしは、夫との結婚を決めたとき、それまでしていた仕事をどうするか悩みました。海外転勤の多い仕事だったので、続けるなら夫の仕事との関係でどこかでひずみが生じます。ましてや、生活の拠点をアメリカに置くなら、単身赴任を覚悟しなければなりません。

そのことがわかっていながら、わたしは辞める決断をするまで数年かかりました。自分の手にあるその職を簡単に手放せなかったんです。それが悪いこととは思わないけれど、もう少し早く決めていれば、早く次に動けたということはいえます。

もう一つは、柔術の試合に出たときのこと。格上の相手の前に苦戦しながら、どうしても負けたくなかったわたしは、リスクを冒して打って出ることができませんでした。序盤にテイクダウンでとったポイントを守り抜こうという守りの姿勢になって、結果攻めこまれ、締め技をとられて負けた。苦い経験です。

犠牲を払うことへの、ハードルが高い。
だから、いつも犠牲を払わなくていい選択肢を、自然に選んでいる。

それでいいときもあります。その辺の判断が難しいけれど。

チェスって本性が出てしまう。というか隠せない。生き方のクセがそのまま表れてしまうなあと思った話です。


読んでくださり、ありがとうございました。
今日、中華料理をテイクアウトしたのですが、おまけについてきたフォーチュンクッキーの中身がこれでした。

タイムリーな言葉にドキリ


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