ダイヤモンドは砕けない話

「プリンセスメゾン」という漫画がある。様々な女性が、人生の選択としてマンションを購入するお話だ。ドラマにもなっているらしい。鬼はおそらく対象の読者ではないけれど、大変に感銘を受けた。

すぐに影響を受ける鬼は、賃貸物件至上主義者であるワイフに数度「家が欲しい」ということを、手を替え品を替え伝えた。

数度目の家が欲しい、を伝えると、こいつ本気じゃない?という勘違いをしたらしく、まともに取り合ってくれた。


そう。このとき、鬼は本気ではなかった。


生活が安定し、生活のための心配がなくなって数年目。貯金はないけど困ることもなくなった。インターネットはクソつまんねえ人が増えたし。つまり暇だったのだと思う。

これは本当にワイフにも言っていない。



まー見るだけタダっしょ!ガハハ!と、がに股で都内の土地などをみて周り、見つけ、友人から話を聴いたり資料を集めたりしていると、段々と本気になっていた。後戻りできなくなっていただけかもしれない。


そして、世間の評価に破れ、諦めた。


「まぁ最初から本気じゃなかったですしね。」という最悪のオタクみたいな納得の仕方をし、諦めをつけた。諦めがいいのが鬼の良いところである。

でも、なにか悔しさは残った。



しばらくの堕落生活ののち、極度の暇が訪れた鬼は、再びプリンセスメゾンを読んだ。

…うらやましい。

自分の家があるの、じつにうらやましい。
この漫画の絵のやつら(失礼)にはあるのに鬼にはない。



鬼は世間で生きて行きたかった。

お前は何者でもない、ということをきちんと腹に収めてからは、迷惑をかけず、悪ではない仕事をし、家庭を持ち、普通の病気になって死ぬ。少しは努力してきたと思う。

悲観し、才能のない、能力のない、愛想のない、勉強の苦手な、人を怒らせる、努力の足りない、それでもなんとかやってこれた今。今、本当に欲しい物。



快適なくらし。



健全で、何より愉快なくらし。

ワイフとの、明るい未来の話。



…そうだ、家を建てよう。

謎の決意が生まれた。



このときの原動力も半分世間への怒りだった。「認めてよ!!!」というヒステリックな気持ちをこねくりまわし、前回よりも何倍の本気を出して考えた。諦めが悪いのが鬼の悪いところである。

様々な情報を本気で考え、そしてワイフに再び冷静を装い、さりげない(かつトレンディーな)感じで言った。


「この土地、良くない?」


今度は本気で、家を持つぞと考え、調べに調べた。インターネットの嘘を嘘と見抜く目は多少ある。乱視である。

世の中はアクセス便利なマンションが正義!売却資産計画!ピャーーー!!!とかうるせぇので真逆に考えた。これは売る側の言葉だろう。

戸建てで自由設計じゃ!資産?知るかクソボケ!!人間同士でやれ!!土地は安くて狭いほうが楽だろ掃除とか。都落ち上等じゃ!畳の上で死んだのちにハイペースで腐敗して強力な忌み家にしてやっかんな!うちのワイフは伽椰子よりもすばしこいぞ!

要約すると、今住んでいるマンションから少し離れた土地に、狭い家を建てよう、ということに決定した。



ワイフのネットストーキング力(ぢから)と鬼のしつこさを駆使し、土地販売サイトを見まくり、具体的な住所記載のない土地をグーグルマップで探し当て、休日におもむいて土地と周囲を確認する日々。思ったより狭かったり、土地になぜか野菜が植わっていたり、隣が真っ青で宗教新聞が挟まったボロ屋だったり、あまりいい土地は見つからなかった。ネットに出ている土地は、誰かが売るためにお金を払って掲載されているとのこと。

また、「まったく人の営みの気配がない街」「地場が全然合わない土地」「荒神の支配する土地」みたいな、なにかスピリチュアル的にダメな土地もあった。ひと月くらいやって、疲れたのでやめた。

様々な知見は獲たもののどうにも進展せず、新築を建てた友人夫婦が頼ったという、スーモカウンターというところを利用してみた。

希望に合って、かつ土地も探してくれる建築会社の候補をいくつか上げてもらい、そのすべての建築会社のモデルハウスを訪ねた。

その中で自然素材スデギギャワ"イ"イ"ア"ア"ア"ア"!!!!なトコを選んだ。カワイイな鬼はカワイイなものが好きなのだ。選べる部材も良いものだ。なんたって死に腐れ甲斐がある。



建築会社に土地から探してもらった結果、ヤダここ良くな〜い?という土地を見つけた。この地域の割には狭くて、駅から徒歩15分。公園が近く、閑静である。というか店とかが近くにない。あとなんか…巨大な…石?がある。…んーまぁ慣れるっしょ。いったれいったれ。

ほぼ同時に建築プランを出してもらい、完全にいいじゃない!となった。この時が1番楽しかった。

しかし、このタイミングで、本当にあと数日レベルで、なんと他者が土地を購入してしまった。すべてを並列に手配していた弊害である。

本来、家の建築は土地ありきなのだ。しかし、しかしこのタイミング…おそらくワイフを監視している米軍のしわざだと睨んでいる。

だがその後、同じ地域ではあるものの、分譲の土地でもないのになぜかタテヨコ全く同じ寸法の土地が比較的近所で見つかり、そこらは店もそれなりに豊富で駅から12分。古家を取り壊す必要はあったが、交渉すると土地自体の価格も、取られた土地とほぼ同じになった。ヘーイ米軍ヘーイ。

(後に散歩がてらその土地を見に行くと、なぜかまだ何も建築されていなかった。ますます米軍疑惑が深まった形である。)

とにかく晴れて土地を購入。廃屋で御札集めという不可解なイベントなどもあったが、お家お取り潰しも成功し、まっさらな土地ができた。



昔から「地鎮祭」なるものに興味があったので、執り行ってもらった。個人で地の神・家屋の神にお赦しを賜るなんて、なかなか経験することではないと思う。

建築会社手配の神主さんがすべてを準備してくれた。昔一緒に働いていた後輩くんに似ていたので一抹の不安がよぎったが、振る舞いや話し方はさすがプロ。完全な杞憂であった。

神への、動作と作法、ええ声の祝詞。厳かな空気が流れる。

突然、神主さんの胸元から雅楽が奏でられ、土地を闊歩しながら生米を撒いていく光景が現れた。困惑する鬼とワイフ。

後輩くん似の胸元からの流れる雅楽(iPadの四角さが胸元に現れるサプライズ)。でもマジ祝詞。散らばる生米は風に舞い、となりのアパートではおばさんが雅楽に眉をひそめカーテンを閉める。短編映画の1シーンのようでもあったが、心中は絶対に笑ってはいけない地鎮祭だった。

その日の夕食は、お供え物の鯛をアクアパッツァにして食べた。おいしかったので、地鎮祭、やってよかったな!と思った。おすすめです。なぜならおいしかったので。



ついに建築が始まった。
共働きの我らは週末しか見学に行けないが、着実に家は建っていった。柱を立てる「上棟」には立ち会い、大工さんたちへ、いくらか包んだ。小さい家だからか、基本は若い棟梁が一人で建てていく。純粋にすげぇな。

建築会社が普段作っているであろう家と違い、狭く(提案よりもなおサイズダウンした)、色んなわがままを言ったためか、発注担当が部材を間違えていたり窓の高さが建築基準に合わなかったり急な柱が現れたり隣の爺が邪魔しに来たりワイフがブチ切れて鳩を食べたり現場監督を最終的にアレしたり米軍を追い払ったりと、本当に色んなことがあったが、都度修正、対応し、そして、ついにわれらが家が完成したのだった。



慌ただしい引っ越しは、暴力的徹夜作業と台風の最中行われた。台風の到来に慌てた引越し業者が予定の3倍の人数でやってきたおかげで、どえらいスピードで完了した。

その日の鬼とワイフは、かつてない疲れに、はっきりと三途の川やえげつない淫夢を見たりした。サイコーだった。

しかしとにかく家は建ち、新しい土地で、新しい暮らしがはじまった。

鼻をほじりながら嘯いていた未来が、目の前に。これは夢ではないだろう。ローンあるし。紙で来たし。


建築中、以前住んでいたマンションの管理会社から、「これからの人生設計において、新しいお家を購入するための会に参加しませんか?将来のお役に立つと思いますよ。」という内容の営業電話に対し、「申し訳ありませんが、僕らはその将来が今来ておりまして。」とドヤァした。死にたい。


今後、ローンの返済ができなかったり、病魔に犯されたり、ワイフが米軍にやられたりするかもしれない。

ただ、この家は間違いなく良い家で、鬼たちにとって人生で1番のわがままを叶えた、最高の家である。

誰にも邪魔されず、迷惑をかけず、鍛えた身体で栄養のある飯を食べ、世界の平和のために生きるのだ。ワイフとこの家で、この真っ赤なボディーで。



引っ越しの直前、駅チカのチェーンな居酒屋で、前祝いをした。秋刀魚でビールがうまかった。

ワイフに「次の家ではどんな暮らしがしたい?」と尋ねた。



「私は、静かに暮らしたい…。」





吉良吉影とともに杜王町へ建てた楽しい家に、コロナが落ち着いた後でいいので、ぜひ遊びに来てください。歓迎します。爪の詰まった瓶とかをお見せします。







書類関係を全てこなしてくれたワイフには、本当に感謝しています。

また、素敵で工夫を凝らした家や模型、建築図や、スーモカウンターの話を教えてくれた、ここのせ・パイセン夫婦&子。

建築における考え方の方針や自宅の実際の建築図、資料などの様々な知見を与えてくれ、なおかつ最後に会ったときは完全に酒に潰れており『ゲロやんに…これだけは…渡さへんと…』とギリギリ正気を保ちつつ最後の資料をくれて寝た、なゆたさん。

神保町でのハシゴ酒で愚痴を聞いてくれたり鬼の号泣する様を見せられた、はくし。

完成まで応援してくれたり、完成を喜んでくれたり、お祝いをくれたりしたみなさん。

本当にありがとうございました。

鬼は今、幸せです。

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