【人生最期の食事を求めて】寿司王国金沢に潜む期待という名の幻想。
2024年4月20日(土)
まわる寿し もりもり寿し近江町店(石川県金沢市近江町)
古いデータになるが、総務省が2015年に公表した「平成26年経済センサス」 によると「人口10万人あたりの寿司店の数」トップ5は以下の通りになっている。
第1位 山梨県
第2位 石川県
第3位 東京都
第4位 福井県
第5位 静岡県
海のない山梨県が第1位というのは、しばしばマスメディアの紋切り型の情報ソースになっているため説明は不要だろう。
その他は順位はともあれ順当な都県の名が連ねている。
江戸前と日本海とがせめぎ合うランキングは、確かに頷くことは容易い。
そのエビデンスに基づき、私は早朝から金沢の回転寿司を求めて繰り出した。
早朝の香林坊は車通りも人通りも少なく、幾分肌寒く感じるもののむしろそれが心地よく感じた。
向かった先は近江町市場である。
金沢を訪れるたびに足の向ける近江町市場は300年の歴史を積み重ねてきたという。
小路がうねるように四方八方に伸び、鮮魚のみならず野菜や果物、さらには生花や飲食店が犇めき、金沢市民はもちろんのこと多くの観光客が訪れる、いわば欠くことのできない存在だ。
7時30分を回ろうとしていた。
魚介の匂いが辺りに立ちこめていたが、ほとんどの店はまだ開店準備に追われていた。
品を運ぶワゴン車が小路を塞いでいた。
その両横を通行人がすり抜けてゆく。
すでに開店しているかのような照明が辺りを照らしていた。
入口の前には受付機が設置されていて、その傍らに伸びる待合席には10人以上は座している。
受付を済ませるとすでに24組の客が待っていることを無言のうちに知らされた。
8時とともに女性スタッフが入口に現れ、次々と番号を叫んでいく。
15分ほど待つとようやく私の番号が呼ばれた。
店内は真新しい。
カウンター席の奥にテーブル席があるレイアウトになっている。
「水は奥にございます」
その案内通りに奥に向かった。
コップこそすぐに見つけたものの、水自体はどこにあるのかすぐにはわからなかった。
その横でやや大柄で野太い声の男性スタッフが立っていた。
「すみません、水はどこにありますか?」
と尋ねると、
「そこにありますよ」
と、やや大柄で野太い声の男性スタッフは笑みを含めた声で応えた。
ところが、私には“そこ”がどこかわらかずにいると、
「ポットも知らないんですか?」
と、不敵な笑みを浮かべながらさらに応えた。
その印象はどこか居丈高で皮肉めいた印象をもたらした。
一瞬不快感に襲われたが無視をしてカウンター席に戻った。
回転テーブルでは、ネタの名の記されたPOPが次から次へと無造作に流れ去ってゆく。
気を取り戻し「北陸五点盛」(1,820円)を口頭で伝えると、さほど待つことなく現れた。
皿全体を覗き込み、まず梅貝に指を伸ばす。
さらにかすえび、しろえびを食しても、私の心に楔を打つほどの感動は訪れない。
目玉ののどぐろも同様で、ネタの風味を感じなければやや固めのシャリにも違和感を覚えた。
塩分の強いほたるいか黒造りを食べ終え、お茶を啜りながらタッチパネルに手を伸ばした。
「小肌」(250円)、「しめ鯖」(280円)、「ぶり」(340円)を選んだ。
小肌はどこか締め過ぎの感は否めず、それゆえか小肌の鮮度を感じない。
不安のままにしめ鯖とぶりに挑むとようやく安定の味がもたらされたものの、
次に頼んだ「煮穴子」(340円)は風味こそあれ幾分煮過ぎているせいか身のふやけ感が著しい。
奥に座っている男性客3人組が会計に進んでいた。
一瞥すると、テーブルには40枚以上の皿が積み重なっている。
私は最後の食欲を振り絞り「数の子」(440円)、そして締めに「なみだ巻」(180円)を注文した。
小振りの数の子、巻きが甘いせいで崩れそうななみだ巻に、私の選択はほぼ失敗したことを認めざるを得ない。
最後にお茶を飲み、会計を済ませようとするとあの男性スタッフが現れた。
3,650円と印字されたレシートを渡され、入口付近にあるレジで支払いを終えた。
初夏の日差しが降り注ぐ近江町市場を背にした。
どうであれ私自身の期待過剰を顧みながらも、寿司王国であるこの地には不可知の寿司の世界があるはずなのだ、と励まし続けた。
少しばかり暑さを感じる空の下で落胆と満腹感を解消するかのように、ひがし茶屋街への続く狭い歩道をひらすら歩き続けた。……
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