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【孤読、すなわち孤高の読書】ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ「若きウェルテルの悩み

“ウェルテル効果”現象を出現するほどの悲恋、絶望の果てに散る物語。

[あらすじ]

「若きウェルテルの悩み」は、書簡体という形式を通じて一人の青年の内面世界を苛烈なまでに追求した物語である。
青年ウェルテルは都会の喧騒を離れ、牧歌的な田舎町に身を寄せる。
そこで彼はロッテという名の女性に出会う。
ロッテは天使の如き容姿と心を持ちながらも、婚約者アルベルトと既に結ばれる運命にあった。
しかし、ウェルテルの魂はその制約を超えて燃え上がり、理性をも凌駕する激情の炎が彼の内奥を焼き尽くしていく。
彼は愛の歓喜と苦悩の狭間で揺れ動き、やがてその心は社会的秩序や倫理の枠組みを拒絶するに至る。
恋愛という名の孤独な戦場で、彼は自らの存在の意味を問い続け、ついには命を絶つことでその答えを得ようとする。
物語は崇高なる愛と悲劇が共鳴し、読む者の心を深淵へと引き込むのである。

[読後の印象]

ゲーテといえば、言うまでもなくドイツの大詩人、劇作家、小説家であると同時に、政治家であり科学者であった。
また、「イタリア紀行」「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」「ファウスト」など、次々と傑作を世に出した大天才とまだ知らなかった私が初めて手にしたゲーテ詩集は、子供にしては難解すぎてしばらくゲーテから遠く離れた。

その詩集の横に立てかけられていた「若きウェルテルの悩み」に何気に手を伸ばしたのは、10代の中盤だったであろうか。
私自身は結婚には興味関心が非常に薄く、若い頃からずっと独身主義を貫く信条を有していることから同感性やシンパシーは生じなかった。
とはいえ、この小説は当時において一大センセーションを巻き起こし、主人公と同じ方法で自殺する若者たちが急増した現象すら生み出し、さらには現代においても著名人の自殺をマスメディアが報道することに影響されて自殺する事象を“ウェルテル効果”と命名されるほど、この作品は実に深いのだ。
つまりこの作品は単なる恋愛小説の枠を超え、人間存在の根源に迫る文学的実験とも言える。

ゲーテは主人公の心情を絵画のように描き出し、同時に読者に時代の精神そのものを突きつける。
この作品が持つ感情描写の鋭さである。
ウェルテルの愛と苦悩の一挙手一投足が、ほとんど触覚に訴えかけるような筆致で描かれており、その純粋さには胸を打たれる。 また、当時の封建的社会の中で自由を求めるウェルテルの姿は、まさに新時代の幕開けを象徴していると言えよう。

ロッテという存在の描かれ方も絶妙である。
彼女は単なる女性像ではなく、ウェルテルの理想そのもの、すなわち彼が追い求めた完全なる美の化身である。
そのゆえ彼が絶望に至る過程は、単なる恋愛の破綻ではなく世界との不可避の断絶である。
しかしながら、この作品が一部の読者に退屈と映る可能性を否定できない。
ウェルテルの感情表現はしばしば自己陶酔的に見え、特に現代の読者にとってはその過剰さが軽薄に感じられることもある。
また、物語の展開が直線的であるため、複雑な構造を求める読者には物足りなさを覚えさせるかもしれない。

だが、「若きウェルテルの悩み」は、青春の熱情とその背後に潜む破滅の美学を描き出した名作であることは揺るぎない。
その純粋さゆえに、現代の読者に対してなお鮮烈な光を放つが、それは一歩間違えばその光がまばゆすぎるがゆえに拒絶される危うさも孕む。
愛と死の狭間で燃え尽きたウェルテルの物語は、読む者に人間存在の儚さと永遠の問いを投げかける。
この作品が世に登場して250年。
果たして、現代の若者がこの作品を読んだら、どんな感想を抱くのだろう?

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