【人生最期の食事を求めて】人気・実力ともに岡山屈指の居酒屋へ。
2024年6月14日(金)
鳥好 駅前本店(岡山県岡山市北区)
4月に痛めた頚椎症性神経根症は歩く度毎に右肩に凄まじい鈍痛をもたらし、さらに今年初の痛風は歩行を遮った。
血液検査の結果は明らかに芳しくはなく、その中でも悪玉コレストロールの異常値は医師も目をみはるものとなってしまった。
私の極端な性格からして、その診断から食生活は一気に野菜ばかりにシフトし、就寝前はアルコールに代わりカモミールティーとなった。
そういった制限のかかった生活も2ヶ月以上も続くと、私の中で何か起爆的な衝動に揺り動かされる。
さらに言えば、時々日常で満たすのではなく、全く見知らぬ土地へ風に吹かれて向かうような出し抜けの旅への欲求に駆られる。
右手の掌にはまだ不快極まる痺れが続いているものの、2ヶ月以上続いた鈍痛は大量の薬のおかげで鎮静化していると言って良い。
医師も目をみはる悪玉コレストロールの現状は定かならぬが、仏門の入ったかのような慎ましい食生活はきっと何等かの効果を期待して良いだろうと身勝手に信じ込みながら、私は飛行機のサイトを眺めた。
岡山駅に到着したのは、17時過ぎだった。
6月とは思えない蒸し暑さが肌を薄っすらとした汗で包んだ。
無機質な街の表情は今更どの街も同様だが、この街も駅前の桃太郎の銅像以外はこれと言った特徴を感じなかった。
電車通り付近の繁華街を歩くことにした。
街頭の耳障りな音楽と客引きが集う路もまたどこにでもある光景の中に、客が次々と入れ替わる店に出くわした。
「鳥好」という店名は、おそらくどこにでもある類いではあるまいか?
ともあれ、客の入れ替わりの激しさに惹かれた。
店の前で佇む白髪に覆われた外国人の背後に付いたものの、入店を待っていると思いきや店を出て会計をしている友人を待っているという。
すると、若い男性スタッフが外に現れて、
「中へどうぞ!」
と切れの良い声音で導かれた。
店外からは窺い知れぬ解放感、そして客たちが放ち続ける談笑の喧噪が出迎えた。
長く伸びるカウンター席、中央に置かれた大きなテーブル席、そして奥に広がる座敷席という三層構造に犇めく夥しい客の中に埋もれるようにテーブル席の相席に案内された。
地元客、観光客、インバウンドが織りなす不協和音は、きっとこの店のBGMの定番なのだろう。
盛夏のような暑熱は、私の自己欲求の解放に迫るようにビールを求めた。
まずは様子見として「名物とり酢」(264円)と「シャコ酢」(462円)を選んだ。
ところが、ビールがなかなか訪れなかった。
女性スタッフが現れたかと思うと、
「今、注文が追いついていないので、もうちょっとだけビールは待ってください」
申し訳なさそうに語る女性スタッフに、私は半ば同情しつつ頷いた。
注文してもすぐには到来しない料理から推測して早めに注文することを心がけ、ビールの到来と同時に、「刺身盛り合わせ」(1,012円)、「茄子の田舎煮」(425円)、「鯛のあら炊き」(924円)を追加した。
ビール到来前の「名物とり酢」と「シャコ酢」の到来は、まるで罰ゲームだ。
あえて我慢をしてビールの到来とともに箸を伸ばした。
酸味の抑制の効いた実に淡白な味付けであり、ある意味この品に“名物”という冠を施す所以を模索するように、春雨と玉ねぎと青葱、そして鶏肉をまぶしながら食べ続けた。
さらに「茄子の田舎煮」も瑞々しく、恬淡としていながら茄子を風味を生かした郷土料理感にビールが進むのだった。
その間にも客は目まぐるしく出入りする。
目の前にいた一人客がいなくなったかと思うと、スペイン語を繰り出す陽気そうな二人の外国人客が座った。
その外国人客は辿々しい日本語を繰り出しながらも、なにやら注文慣れしているように思われた。
ビールの追加をすると「鯛のあら炊き」が現れた。
照明が反射した鯛は黒褐色の衣装を纏って光り輝いていた。
その身は口に入れた途端に馥郁とした香りを残して溶けて消えてゆく。
まさしく病みつきにある味付けと言って良く、店内の喧噪すら忘れますます寡黙になって食べ続けてしまうばかりだった。
痛風をことを忘れてしまうほどの味の衝撃から我に返ってハイボールに切り替えた。
先に来るだろうと思われた「刺身盛り合わせ」がようやく訪れた。
ハマチ、タイ、サーモン、サワラという店自慢の刺身の鮮度の高さは言うまでもないが、鯛のあら炊きは刺身を嘲笑うかのように私に迫り、私の中に溶け込み、私の中に刻まれたことは確かだ。
ハイボールも気がつけばすぐに消えてなくなってしまうのだが、これこそが旅による束の間の自己解放と言えよう。
とはいえ過去を振り返ると、旅という自己解放ほど痛風発作を幾度となく呼び寄せていることない。
私は自分自身が置かれた状況を注意深く自覚することを命じながら、店を出るタイミングを見計らうほかなかった……。
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