【人生最期の食事を求めて】麻婆焼きそばとバナナ餃子に漲ぎ溢れる迫力。
2024年4月14日(日)
口福吉祥 囍龍(シーロン)(宮城県仙台市青葉区)
駅前のアーケードに降り注ぐ日差しは季節を飛び越えて初夏を装い、所々の公園や庭先には満開の桜が咲き乱れ、行き交う人々の面持ちには春の解放感がもたらす喜色が浮かんでいるように見える。
兎にも角にも心地よい日和としか言いようがない。
11時になろうとしていた。
午後に備えて少し早めの昼食を求めた。
駅前の牛たん屋の様子を伺うために足を伸ばしてみると、途轍もない列がうねっている。
あのうねりを目撃すれば潔く諦めもつくというものだ。
アーケード方面に向かうと、さらに夥しい群集の塊が南北に歩き乱れていて、いっそう気が引けてしまった。
仙台パルコ1階の前を通るとバナナ餃子の幟に眼を奪われた。
もちろんバナナが餡に包ままれているはずもあるまい。
バナナのような形状と大きさを想起させようとしたネーミングにはいささか疑問の余地もあるが、ともあれ注目させるという点においては功を奏したとも言えるが、それに増して仙台名物のマーボー焼きそばの存在には確たる誘引力があった。
11時30分の開店までにまだ10分ほど猶予がある。
15名ほどで列を成しているならば入店はさほど待つこともないだろう。
ちょうど11時30分と同時にドアが開き、行列は店内に飲み込まれるかのように入ってゆく。
カウンター席に通された。
店内の雰囲気には町中華という印象は微塵もなく、むしろ気品のあるインテリアからは高級路線のそれとしか思えない。
中2階へと続く階段、カウンターの上部に垂れ下がるグラスの数々からして、どこかしたオーセンティックなバーの風情で幾分気が引き締まるようだ。
そんな店がいわゆるB級グルメを提供するというのだろうか?
仙台マーボー焼きそば。
それは“白石うーめん”と並ぶ、言わずと知れた宮城県を代表するB級グルメである。
中華料理店の「まんみ」が1970年代に賄い飯として作ったことに端を発し、今では揺るぎのない存在となった。
といって、私にとっての仙台マーボー焼きそば体験は、炒めた焼きそばの上に辛くもない麻婆豆腐をかけただけの抱き合わせメニューという記憶しか残っていなかった。
仮に私の選択が間違っていたとしても、代わりにバナナ餃子がある。
注文を伺いに来た落ち着いた雰囲気を有した男性スタッフに、何の躊躇もなく「麻婆焼きそばセット蒸し鶏スープ付」(1,200円)と「バナナ餃子」(700円)をお願いした。
その間にも予約していた客が次から次へと訪れる。
さらに外には粛々と入店を待つ客が影を伸ばしている。
先にバナナ餃子が眼の前に置かれた。
なるほど、バナナほどの大きさはないものの、確かに大きめな身振りの餃子が5個横たわっている。
一瞥するにしっかり焼くタイプのようだ。
そこに麻婆焼きそばセットが追随した。
見るからに豊富な山椒が麺を無造作に覆い隠している。
山椒好きとしては期待感高まる風貌である。
ザーサイと唐揚げの断片、さらに蒸し鶏が傍らに控えていた。
麺を持ち上げようと箸を入れると、麺から程よい抵抗感を以て弾かれた。
しっかりと焼き揚げられた麺の博多ラーメン風で言えばバリカタのよう筋肉質と言えようか?
あらためて持ち上げると豆腐と挽き肉が麺からほどけ落ちた。
当然にして歯応えはあるのだが、噛みしめるほどに筋肉質の麺は徐ろに贅肉質の噛み応えに変貌した。
さらに豆腐と挽き肉と山椒が一体となった豆板醤を麺に絡めて吸い上げると、喉の辺りで豊かな山椒の香りが鼻腔を貫いた。
山椒好きにとっては愛すべき香りだ。
しかし、一気に食べ進めるのは少々危険を有している。
そこで、バナナ餃子に箸を伸ばした。
薄めの餡から透き通って見えるのは鮮やかなニラの緑だった。
辣油と酢の混淆に身を浸し、半分程を噛みちぎると溢れんばかりの肉汁が滴り落ちた。
そして、ニラの有する独特の香りが口いっぱいに満ち溢れた。
再び焼きそばに箸を戻した。
目元から汗が滲み始めたことを確認するとザーサイを箸を移した。
小休止として食するザーサイは愛すべき食感であり、蒸し鶏と唐揚げは再起動にふさわしい。
またもバナナ餃子の肉汁を弄び、焼きそばの山椒に弄ばれるというこの緊密な循環は、どことなく不貞な印象を私にもたらした。
おそらく麻婆焼きそばとバナナ餃子という組み合わせは、この店の禁断のセットメニューではなからろうか?
辛さに滅法強い私は目元に滲む汗が気になりながら、そう考えた。
最後の麺を持ち上げ、残りの豆腐と皮肉と山椒が浮かぶ豆板醤にしっかりと密着させて完食へと至った。
当然にして満腹である。
が、それは満足を備えた満腹である。
満足の欠如した満腹は単なる特盛店での結果に過ぎない。
満腹でも満足が伴わなければ、それは幸福ではないのだ。
そう感慨に耽りながら、食後の中国茶を飲み干すのだった……。