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【人生最期の食事を求めて】先験主義と混迷に陥るスープカレーの教訓。

2023年2月13日(月)
カレー リーブス(北海道札幌市豊平区)

なだらかな丘に似通った住宅と大学のキャンパス以外、これといった特徴のないエリアに訪れた。
路肩に堆く積もった雪は、都心部よりも心なしか多いように感じた。
受験シーズンのせいだろうか、学生の姿は皆無だった。
それに寒さも著しいがゆえに昼前とはいえ人の気配はなかった。

そこに意図して訪れたのは、スープカレーに精通した人物から札幌屈指のスープカレー店の情報を得たからである。
特段スープカレーへの偏愛があるわけではない。
けれど、極上の味を堪能してみたいというたまさかの欲求は、意思と機会が噛み合いさえすれば、場合によっては辺境へさえも導くことを私自身が自覚している。

11時30分をちょうど迎える頃だった。
現前が白銀の世界に覆われている中で、ひと際華美な色調の店が見えた。
それは北欧というよりもカリブ海の島国にありそうな雰囲気を称えていた。
店内も同様に華美なのだが、壁にはエレキギターやジミ・ヘンドリクスのポスターが掲出されていて、廊下の隅にもギターケースが無造作に置かれていた。
おそらくマスターがロックかブルース好きのギター奏者なのだろう、と勝手に想像した。

店の中は、まだ営業開始したばかりのせいか幾分肌寒さを感じた。
テーブルの壁に掲げられているメニューを見ると、メニューの中でも占有率が最も高く、オススメと野菜タップリという冠付の「王様カレー(スープ大盛り)」(1,630円)に目を奪われた。
女性スタッフが水を持って現れると躊躇なくそれを口走った。

しばらくすると足元に這うような冷気が押し寄せてきた。
この寒さは冬という自然のオプションとなっていっそう美味しさを増すだろう、と期待を膨らませながらも、スープカレーの到来を待ち遠しく感じさせた。
大概とは断言できないが、スープカレー店は調理時間が長い傾向にある。

王様カレー(1,630円)

「大変お待たせいたしました。王様カレーです」
両手に皿を持った女性スタッフがゆっくりと着地させるように置いた。
長く待ち侘びたおかげで、私の食欲は獰猛な獣のように狂おしく貪欲に掻き込む欲求に駆られた。
もちろん獣をなだめすかしながら、ゆっくりと期待を込めてスープを掬った。
それは、貪欲ゆえのいささか過剰な期待だったのだろうか?
あるいは、スープカレーに精通した人物への過度な信頼だったせいだろうか?
多種多彩なスパイスの奏でるコクの押しに迫力が掛けているような気がしてならなかった。
季節に応じた新鮮な野菜も知床産の若鶏も揺るぎのない存在感を放っているというのに、それとは対照的にスープは大人しいとしか表現しようがないのだ。

その時々のコンディションや状況によって味に揺らぎは生じるだろう。
が、私の中で膨張していった都心部では味わえないスープカレーの期待の過剰は割高感まで止揚した。
“人間は生来から観念を所有しているのではなく白紙の状態で誕生する”
と主張したのは、イギリス経験論の父と呼ばれた哲学者ジョン・ロックである。

他者の味覚の経験は絶対的なるものなければ、私自身が経験し得ない以上先入観は禁物である、という教訓を得ただけでも良しとすべきなのだ。
そう思いながら、新雪に足を奪われないようにゆっくりと歩を進めるのだった。……

ジョン・ロック(1632〜1704)


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