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【人生最期の食事を求めて】洗練の極みと心地よい賑わいを味わう夜、再び。

2024年11月3日(日・祝)
大名NUMBERSHOT(福岡県福岡市中央区)

思わず、私は上着を脱いだ。
11月とはいえ気温は25度近くにも達し、初夏を思わせる陽射しが肌を射抜くかのようであった。
その暑さから逃れるようにコーヒーチェーン店で涼むことにした。
その店はテラス席を擁していて、異様な混雑ぶりだったが幸いにも空席を見出すことができた。
そこに集うのは20代の若者たちばかりで、外でありながらも寒さなど微塵も感じられず、むしろ旅の疲労が心地よい安息とともにかすかに眠気さえ誘った。

警固公園前

私にはある目論見があった。
先月訪れ、心に残る体験を得た店への再訪である。
夕空が静かに広がりつつある中、私の足は再び大名エリアへと向かっていた。
賑わう街は夜に向けて次第に活気づき、結婚式帰りのスーツの着慣れない若者や肌の露出の多い女性たち、異国の観光客たちが細い車道を行き交い、静かなざわめきを醸し出していた。

大名NUMBERSHOT

やがて店に辿り着くと、私が案内されたのは入口近くのコーナー席であった。
意気揚々と座ると、若いスタッフが声をかけてきた。
「数週間前にもいらっしゃっていましたよね?」
私は若いスタッフの記憶力に感心しつつ、少しばかりの嬉しさを抱きながら、
「非常に美味しかったので、また来ました」
と答えた。
スタッフは喜びを隠さず、丁寧に礼を述べながら生ビールの注文を承った。
いつしか店内は満席になりつつあり、熱気が漂い始めた。

ふと目をやると、斜め向かいに老紳士淑女の夫婦風の二人連れが座った。
彼らは微かな距離を保ちながらも、私のすぐ傍らにいた。
その空間の狭さからか、紳士は私に手を払い、まるで手拭きが婦人の空間に侵入していることを示唆するかのような仕草であった。
私は何事もなかったかのように手拭きを引き寄せた。

紫芋のポタージュ

やがて、「紫芋のポタージュ」が運ばれてきた。
口に含むとその温もりが体の芯まで浸透してゆく。
続いて前回も頼んだ「鴨の自家製つくね〜九州醤油仕立て×カカオ〜」、そして「ボロネーゼとチーズのオムレツ」を選んだ。

オムレツが先に運ばれてくる。
口に入れた瞬間、ボロネーゼの挽き肉の香りとまろやかなチーズが一体となり、見事な調和を果たしたかと思えば、すぐさまその感覚は儚くも消え去った。
程なくして鴨のつくねが姿を現した。
その絶妙な焼き具合にカカオの風味が重なり合い、これはもはや「つくね」の枠を超えた一品であると私は確信した。

鴨の自家製つくね〜九州醤油仕立て×カカオ〜
ボロネーゼとチーズのオムレツ

隣席の老夫婦然とした二人連れがやや強引に席を移すよう願い出たのを、私は悠々と眺めていた。
私は晴れて解放的な気分になってビールを飲み干した。

数週間前に訪れた際、この鴨の自家製つくねが手間を要する一品であることを覚えていた私は、待つこと自体を愉しむ余裕を得ていたおかげで、腰を据えて待つことができた。
ボロネーゼとチーズのオムレツが訪れた。
ボロネーゼの挽き肉が口中に入り、濃厚なチーズがその滋味を絡ませるさまは、束の間、緻密に編まれた絆のようであり、舌の上に現れたかと思えば儚く溶けゆく。
さもあらんと思うと、鴨の自家製つくねが現れるではないか。
つくねの焼き加減の妙はまさしく至高の域に達し、カカオの仄かな香りがアクセントとなって、料理は単なる料理の域を超え、一種の表現として私の心を打った。
かくてこの店に訪れた以上、つくねを食することが必須であるともはや断言せざるを得ない。

突如、カウンター席の中央付近から声が響いた。
先ほど隣席に座していたあの老夫婦である。
酒の量に関する異議申し立てを述べ立てる様は、私にとって永遠に響き続けるかのような錯覚を覚えさせた。

私にとって、もう一品欠くことのできない料理があった。
それは「NUMBERSHOT✗むつか堂サバサンド」である。
私は芋焼酎「だいなめ」に切り替え、ついにそれを待ち受けた。
鯖好きの私には、この一品はもはや必須の食事であり、これを味わうために再び訪れたといっても過言ではない。
薄く焼かれたトーストは、鮮度を保つ鯖の身をしっかりと抱き込んでいた。
その味わいには一片の臭みもなく、独特の完成された品であるとしか言いようがなかった。
焼酎を追加し、最後に「博多明太子の豚巻き」を注文した。

NUMBERSHOT✗むつか堂サバサンド
芋焼酎「だいなめ」

豚肉で巻かれた卵焼き、その中心には明太子が力強く位置していた。
豚肉の噛みごたえ、卵焼きの柔和な食感、そして明太子の鋭い風味が、巧みにグラデーションを織りなし、食するたびに味覚の変遷を見せつける。
私は、再びこの店の秘めた魅力の一端を堪能し、言い知れぬ満足感が胸中に広がるのを感じた。

会計を済ませ、夜の帳が下りた街に出る直前、私は背後の老夫婦の一瞥をした。
まだ何かしら納得がいかないのか、老紳士風の男性客は抑揚のある声でスタッフに何かを訴え続けていた。
その光景を最後に、私は店を後にするのだった。……

博多明太子の豚巻き

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