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【人生最期の食事を求めて】本場で対峙する明石焼の滋味。

2023年8月26日(土)
たこ磯別館(兵庫県明石市)

2023年2度目の淡路島訪問だった。
伸びやかな空気、静謐に満ちた風景、安穏とした海の凪、盛夏だというのに都市とは異なる強い日差しでさえ心地よい。
後ろ髪を引かれるような帰路となった。
経済優先の社会が作り出した世界は、何かを引き換えに確実に何かを失った。
そんな想いに駆られたのだ。

明石の近くまで戻ると、これといって空腹というわけではないのに明石という地名が腹部を俄に揺らした。

ともあれ魚の棚商店街を目指した。
大阪、京都、奈良、神戸といった関西を代表する都市にはなく、だからこそ落ち着いた風情が漂う街という印象が強い。
インバウンドの姿はなく、蛸のイラストと地元住民による慇懃は、35度を超える酷暑が続いていてもどこかしら涼し気な雰囲気を作り上げている。

魚の棚商店街

地元では“玉子焼”として親しまれている明石焼は、もはや全国的にその名を挙げた大衆的逸品であろう。
商店街に点在する明石焼き専門店はどこも客の姿が溢れていた。
夜には大阪に戻らなければならず、長時間の滞在を避けることを念頭に明石焼きを楽しめる店を探すとなると長蛇の列の店は回避せざるを得ない。
が、目指した店「たこ磯」はすでに商店街の路を塞ぐように行列を溢れていた。
俄に焦燥感が芽生えだした頃、商店街から外れた路の片隅で赤い文字で玉子焼と書かれた看板が目に止まった。
そこには「たこ磯」という同じ名を冠した店が佇んでいた。

たこ磯別館

店内を恐る恐る覗くと客の姿を見受けられたが、入店には問題のない空席だった。
カウンター席に導かれ、すぐさ玉子焼と言い放とうとすると、それを立ちはだかるようにメニューが迫ってきた。
たこ、ハーフ(たこ5個、あなご5個)、あなご、海老、ミックス(たこ+あなご)、特上あなご、そして特別焼、さらにはたこ飯やおでんという想定していなかったラインナップに心の躍動と迷いが交錯した。

元来、たこ焼と明石焼は関西以外のエリアに住んでいる者にとっては相似関係にあるように考えがちだが、ソースで食するたこ焼に対して、明石焼は昆布やかつおのだし汁で食するのはもちろんのこと、小麦粉とじん粉に卵とだし汁を混ぜた生地で焼き上げ、つけ汁につけて食することこそ明石焼の食スタイルと言える。
しかも蛸のみならず、あなごとのセットメニューに惹かれないはずはなかった。
「ハーフ」(1,000円)を躊躇なく求めた。

窓辺の隅に並んだガスコンロから強烈な熱の余波が漂って来る。
女性スタッフが慣れた手つきで調理を進める。
斜めの形状をした上げ板という特有の器に、今にも崩れ落ちそうな明石焼が緩やかな湯気をたゆたわせている。
それはまるで生まれたての未知の生物のようにも見えた。
だし汁が運ばれてきた。
器にだし汁を優しく注いだ。
仄かな薫りのゆらめきは、すでに申し分のない美味を孕んでいるとしか思えない。
ともあれ、慎重に身を切り裂き、その中身が蛸なのか穴子なのかを確認し、出汁に漬けて吸い上げる。
夥しい熱量と口内で溶け入ってゆく生地の感覚、その中で抗する蛸の身の食感の斬新さに身悶えしながら穴子に箸を伸ばした。

メニュー

穴子の入った明石焼は、とまれ初めての経験である。
あらためて穴子の灰色がかった色合いを認めた。
蛸と異なる食感と味わいは当然のことだが、穴子それ自体のどこか苦味の残る風味は卵の生地と相俟って、これまでの明石焼に抱いていた固定概念を転覆するほどの威力があるというのに、それはどこまでも優しく、切ないほどに刹那的なのだ。

背後から、地元の若者にしか見えない大柄な連中の大きな声が聞こえてきた。
明石焼をこれでもかというほど注文し、何の制限もなくビールを飲み干す姿に、この街に住む想像と憧憬が脳裡をかすめた。

未知の土地、とりわけ関西以西に住まうという想念。
そして、異なる食文化や土着性に染まるという受容。
そこに不安よりも期待が、現実よりも理想があるはずなのだ。

とはいえ、大阪での予定が迫って来ていた。
明石焼を食するペースが上がっていることに注意を払いながら、蛸と穴子のひとつひとつの相違を噛み締めることに注力した。

最後のひとつへの触手は、どことなく憂いと寂寥が漂う。
私は、心を正しながら咀嚼を意識的に繰り返してだし汁の入った器に手を伸ばし、最後の汁を啜り上げた。
今度来店したら、と私は夢想した。
ビールを片手に、玉子焼を平らげ、おでんを頬張り、たこ飯で締めるというプランは揺るぎない。

夕方だというのに地を這うような熱気が吹き上げていた。
爽快な青空の奥の方で、とてつもなく巨大な入道雲が不吉な影を引き摺って前方に立ちはだかっているように見えた…

ミックス(たこ、あなご)


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