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【人生最期の食事を求めて】大衆性の中に極上を宿した鰹出汁の逸品。

2024年12月6日(金)
そばよし日本橋本店(東京都中央区日本橋本町)

【人生最期の食事を求めて】大衆性の中に極上を宿した鰹出汁の逸品。

羽田空港に降り立った瞬間、私の体はたちまち汗に覆われた。
新千歳空港の厳冬、マイナス2度の世界から一転して、ここは17度の温暖な東京である。
この南北に細長く延びる国の気候差を受け入れるならば、防寒コートもスノーブーツも不可欠な装備に違いないが、それが旅人の心に纏わりつく精神的な足枷となることを免れない。
それでも季節の恩寵を味わい、旅路に彩られる変化の妙を享受するのが、この国を旅する者の宿命であり、喜びでもある。

京急線に乗り込み、14時頃に日本橋駅で降りた。
薄手のコートですら暑苦しく感じるほどの陽気だが、地上に顔を出せば乾いた風が心地よい。
空はどこまでも清冽な青を湛え、高層ビルと高速道路の輪郭をくっきりと際立たせている。
その下に並ぶ街路樹の銀杏は、晩秋から初冬へ移ろう光を浴びて黄金に輝き、その燦然たる美しさが私の心を満たした。
冬の東京特有の景色がここにあった。

そばよし日本橋本店

昼食の時間としては微妙な時間帯ゆえに、いっそ食べずに次の目的地に向かうべきかと思案しながら歩いていると、ふと視界の先に「そばよし」の文字が目に飛び込んできた。
それは以前から気になっていた店であった。

期待を抱いて店に近づくと、平日のこの時間にしては客が多い。
それでも立ち止まることなく次々と食事を終えた客が席を立つのを見て、私の中で再び昼食への希望が息を吹き返した。
入口脇の券売機にはお馴染みの蕎麦メニューが並び、中でも「かき揚げそば」が人気であると聞く。
しかし私の目を引いたのは、手書きのPOPで紹介された新メニュー「きのこそば」だった。
迷いは一瞬で消えた。

店内は立ち食い蕎麦屋の風情を纏いながらも、全席に椅子が備わっている。
カウンター席に腰を下ろし食券を厨房に差し出すと、中央アジア系の女性スタッフが、
「蕎麦ニシマスカ? うどんニシマスカ?」
と片言ながらも手際よく尋ねてきた。
「蕎麦で」と即答し調理を待つ間、店内の活気を静かに眺めていた。

「27番ノ方!」
響いた声に受け取りに行くと、
「ネギヲ入レテモ大丈夫デスカ?」
と再び問われた。
私が肯くと、白ネギと柚子胡椒が絶妙に盛り付けられ、目の前に運ばれてきた「きのこそば」は、まるで山形の肉そばを思わせる佇まいを持ちながら、その実、なめこ、椎茸、えのきといった茸たちが艶やかに顔を覗かせている。
中には鶏肉も控えめに添えられ、全体の調和を図っていた。
一口啜れば、鰹出汁の芳醇な香りが麺に絡み、口中を満たす。
出汁の奥行きが深く、茸の食感と絶妙に交錯する。
私はしばし無言でその味わいを堪能した。

きのこそば

隣席の会社員はライスを追加し、粉かつおを惜しげもなく振りかけている。
この店の名物「おかかごはん」を楽しむためだろう。
しかし15時に差し掛かる時間では私には余裕がなかった。
そうしても、深い鰹出汁と蕎麦の柔らかな調和が、この日の食事を至福のものとしてくれた。

券売機の前に並び、入店を待ちわびる客が増え始めた。
私は汁まで飲み干し、トレイを返却口に戻し外に出た。
次回訪れる際には、かき揚げとおかかごはんというセットとすでに決め込んだ。
夕刻を醸した午後の陽光を真正面に受けると、私は視界は一瞬白んで目を細めるのだった。……

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