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【人生最期の食事を求めて】変貌めまぐるしい横浜駅で出くわした濃厚過剰な肉そば

2024年6月20日(木)
右衛門 CIAL横浜(神奈川県横浜市西区)

羽田空港に到着したのは13時過ぎだった。
程よい空腹ではあるが、まだ昼を過ぎたばかりということにも配慮して羽田空港での昼食は回避した。

横浜駅行きのバス停に向かうと、肌に粘りつく湿気が徐に汗を育み、腋窩や背中を舐めるように滲み出した。
バスが滑り込んできた。
支払い方法が電子マネーのみでなくQRコード決済もできるという利点に、私は小さいながらも喜々として乗り込んだ。
ほんの小さな利点にも幸福を感じる性格は、我ながらまんざらでもないと思った。

バスに乗り込み、車窓を巡る風景を眺め続けた。
鶴見つばさ橋、横浜ベイブリッジ、そして東京湾の穏やかな海面に工場やコンビナートの昔から変わらない海景、そしてみなとみらい21地区の人口的な街並は、どこか近未来を投影した模型のようでありながら、寂寥感の漂う懐古的な風景のように見えた。

横浜駅と隣接する横浜シティ・エア・ターミナルに到着したのは14時頃だった。
私がこの街に住んでいた頃と同様に、ずっと工事をしている印象は渋谷駅に引けを取らないかもしれない。
仮の通路や地下通路は、あえて迷路のように群衆と戸惑わせているのだろうか?
新旧の建築物がパズルのようにいつの間にか入れ替わっている。
スクラップアンドビルドを繰り返し、表情の似たようなショップが連なり、そこにまた群衆が押し寄せるという構図は、東京となんら変わらないではないか?

右衛門 CIAL横浜

そうこうしているうちに、私はいつの間にか見知らぬ建物の地下に足を伸ばしていた。
どうやらそこは小洒落たフードコートだった。
真新しい店が集うが、14時過ぎということもあってか空席が目立っていた。
フードコートとわかると急に空腹が襲いかかってきた。
けれど、まだ何を食べるかも不明な今夜の食事を考慮するなら軽めが良い。
足元に投影された照明が私の目に飛び込んできた。
それは店名の描かれた照明だった。
私は空席に荷物を置き、その店に歩み寄った。
牛、豚、鶏という3種類の肉から選べることでき、しかもそばの量も小・普通・大のいずれを選んでも同一料金というシステムである。
すぐさま「鶏つけそば」(税込935円)を選ぶと、表情のない男性スタッフが「生卵もお付けになりますか?」との問いに肯定して「生卵」(税込55円)を選ぶと、呼び出しブザーを渡された。

すぐ隣の席では3人の女性客がアルコールを酌み交わしながら、愉快そうな声音を繰り広げていた。
その3人の屈託のない会話は否が応でも耳に届いた。
恋愛、仕事、結婚、子供等、話題は尽きず、アルコールも走る。
するとブザーの振動がテーブルを心なしか微かに揺すった。

鶏つけそば(税込935円)、生卵(税込55円)

店のブースの前に向かって、すでに蕎麦、漬け汁、生卵の配されたトレイを受け取り席に戻った。
刻み海苔と葱、その下に置かれた揚げ鶏が麺を覆い隠している。
そこから麺を発掘していくかのように箸で探り麺を引き上げると、直線的な中太麺が姿を現した。
まずは汁にそっと漬けて啜った。
漬け汁の濃厚な味が蕎麦の風味を上回り、一瞬むせるかと思ったがかろうじて持ちこたえると、生卵を勧めた理由がわかるような気がした。
すぐさま生卵を漬け汁に投じ、親指大ほどの揚げ鶏を食しても鶏肉の風味はなく、しかも硬い。

ともかく麺を食べ進めよう、と私は麺を啜り続けた。
次第に私の味覚は漬け汁の塩分に覆われてしまい、何を食べても味が同じ錯覚に陥ってしまった。
かろうじて完食はしたものの、仮に向こう見ずに鷹揚と大盛に挑んでいたらどうだったろう?
不快なむくみと膨満感、そして後悔の念に苛まれる夜に陥るに違いなかったであろう。
そう思うと、ほんの心ばかり気分を持ち直した。
隣の席の3人の女性客は相変わらず談笑に耽っている。
盛り上がり続ける思い出話からしてとなると、どうやら同級生のようだ。

トレイを片付けて私は再び迷路と群衆が渦巻く横浜駅に向かった。
変わり続ける街並、変わり続けることのない心象風景を求めて、私は地下鉄に乗り込むのだった……。

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