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【人生最期の食事を求めて】個性が踊る大名エリアの路地裏に佇む和の粋。

2024年9月20日(金)
ごはんや松毬(福岡県福岡市中央区)

博多駅

9月下旬とは思えないほどの狂おしい暑熱と蒸し暑さに覆われた。
日中の気温は35度を超え、天神の信号機を待つ間にも夥しい汗が額や脇、そして膝裏にまで浮かんだ。
真夏と変わらない暑さでも、交差点を交錯する人々の表情はどこか涼しげでいながらも、きっとこの暑さには辟易としているのだろう。

商業施設に足を踏み入れると、強烈な冷房が汗ばむ全身を滞りなく冷やした。

天神の裏通りに入った。
そこは大名と呼ばれるエリアで、細い路地と古い雑居ビルが入り組み、多種多様な店が軒を入り乱れている、まさに若者の街のいう外貌を纏っていた。

路という路が交錯しているためにどこに何があるのか、どこまでが大名エリアから判然としない。
が、犇きの中に時流に乗った看板や照明が映し出され、さらに奥へと引き込まれた。
車も時速を落としてゆっくりと慎重に進む狭い道が入り乱れ、彷徨ううちに行き止まりかと思われるビルの前に立ち止まった。

ごはんや松毬

自分自身の位置情報が不明確になるほど、大名の奥処に辿り着いたような気がした。
端然とした看板の文字が目に入り、店内に足を踏み入れた。
そこは、外の街の世界とは異なった端然さと木全体に包まれた落ち着いた印象である。
奥の座敷席では、すでに会社員の宴会中の姿が散見された。

まずは心地良い冷房が私の火照った体を穏やかに包んでゆく。
となると生ビールは欠かせなかった。
その他、おすすめのメニューを若い女性スタッフに尋ねた。
すると、
「土鍋ごはんがおすすめなんです」
と、頼りなげな声音ながらにこやかに答えた。
流石に土鍋ごはんは重く、しかも時間を要するだろう。
そういったメニューは回避し、「糸島豚バラの七味焼き」(800円)と「みつせ鶏の西京焼き」(1,050円)、そして「大根のうま煮そぼろ餡かけ」(580円)を、QRコードを読み込むモバイルオーダーでタップした。

糸島豚バラの七味焼き(800円)
みつせ鶏の西京焼き(1,050円)
大根のうま煮そぼろ餡かけ(580円)

久方ぶりのビールが体内に染み込んでいくようであった。
しかもグラスはすぐになくなると、瓶ビールを追加した。
生とは頃なる瓶ならではの麦芽風味もたまには良いものだ。
そこへ女性スタッフが枝豆を運んできた。
「頼んでいないですよ」
と私はその器がテーブルに置かれる前に言い切った。
するとその女性スタッフは、不思議さと間違いを犯したような困惑の混じった表情で確認しに戻った。
かと思うと踵を返して
「お待たせしているのでサービスです」

それが単なる店側の手違いなのか、サービスなのかはともかくとして、私は快くいただきながら瓶ビールを追加した。
そこへ糸島豚バラの七味焼きが置かれた。
ネギと大根おろしのまぶされた豚肉は、まるで雪の積もった連峰のようだ。
一味が程よく豚肉の脂身にアクセントを添えて箸を進ませた。
続けざまにみつせ鶏の西京焼きが現れた。
みつせ鶏とは、地元九州の高品質の鶏肉で、宮崎鶏を想起させる弾力と馥郁とした風味が特徴で、それを濃厚な黄身に付けて食する。
豚肉をも凌駕する存在感の主張に、私の箸は豚と鶏の往来に忙しなく往来した。
やがて、大根のうま煮そぼろ餡かけがやってきた。
一見濃密そうでいて、いざ箸を伸ばすと洗練されたバランスの只中で大根が溶けて消えてゆく。

大名で飲むのは春以来だった。
中洲や天神と異する文化圏である大名での一夜は、この上なく恋しい。
瓶ビールを飲み干して私はあえてこの店を後にした。

幾度となく訪れているうちに、この街における親睦の蓄積に自己を埋没するためである。

外に出た途端、俄にビールで火照った体が熱帯の夜の活気に触れ、夥しい汗の雫がTシャツの隙間にすかさず浮かんで来るのを肌で感じた。……

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