見出し画像

【人生最期の食事を求めて】味とサービスが見事に絡む極上。

2024年1月14日(日)
札幌つけ麺風來堂(北海道札幌市豊平区)

元来、私はラーメンには精通していなければ、積極的にラーメンを求めて食べ歩くこともしない。
ただ、美味しいかどうかという食的感性のみが判断基準に過ぎない。
しかも料理嫌い・調味料嫌い・食器嫌いという三拍子が揃うと、その裏付けはいっそう増すはずである。
そんな性格ですら、札幌におけるラーメンは何はともあれレベルが高いように思われる。

一方、ラーメンと言ってもつけ麺というジャンルは、その発祥である東京の中野大勝軒が発祥ということ以外、これと言って私の中で一定の判断基準となる確立した何かがあるわけではない。

とりわけ、札幌におけるつけ麺は未知数だ。
別段、つけ麺を選択しなくてもこの地におけるラーメンの選択肢は限りないからである。

当然、雪を被った極寒と漂白の街をひたすら歩いていると、私の中でラーメンという心的専有率は高まるばかりで、空腹の怒号は雪を踏みしめる音を掻き消すように私の腹部から徐ろに響き渡るのだった。

豊平川を挟んで都心部と住宅エリアが棲み分けられ、一歩足を踏み入れると大学と住宅街とが混在しているエリアもすっかり雪を被っていた。
歩道の雪掻きで疲労困憊している初老の男性の姿は、北国の隠れざる問題のひとつであろう。
札幌冬季オリンピック招致のための莫大で不毛な予算を費消するぐらいなら、ロードヒーティング拡充や除雪問題の解決に費消せよ、というのが市民の切実な懇願に思えてくる。
他方、暖冬とはいえ尋常ではない降雪量を誇るこの街の小さな公園では、丘に雪が積もれば格好の遊び場になり、若い親子の嬉々とした姿を見せるのは、雪国における冬の楽しみ方を知悉しているからにほかならない。


札幌つけ麺風來堂


しばらく歩くと、「札幌つけ麺」という看板が雪に耐えて仁王立ちしていた。
除雪の行き届いた広々とした駐車場は車で埋まっていた。

14時過ぎだった。
恐る恐る入店してみると、すぐ目の前に券売機が立ち尽くしていた。
そこに溌剌とした半袖姿の男性スタッフが現れた。
一番人気と書かれたPOPに従うように「濃醇味噌つけ麺」(1,000円)を決めたが、券売機でもQRコード決済が使えることに心なしかの安堵を覚えた。

ともあれ、店内の待合席に3人のいずれも若い客が待ち侘びている。
カウンター席には若い客が、テーブル席には親子連れの客がそれぞれのテーブルを埋め尽くしていた。

10分程待つと次々と待ち客が案内され、隣にいた20代前半と思われる男性客、続いて私がテーブル席に案内された。
座席の下にはコートや荷物を収容できることを、溌剌とした半袖姿の男性スタッフはぬかりなく説明していった。
夥しい湯気が漂う厨房には、男性スタッフばかりの姿が湯気でぼやけた輪郭を浮き立たせているものの、その調理姿や声音は快活に富んで心地よい。
美味は選択の絶対条件ではあるが、スタッフの対応や好感度も絶対条件になっているのは、もはや現代の必然である。
デジタルを味方につけられない飲食店は、今後さらに淘汰されてゆくだろう。
そんなことを考えているうちに、別の男性スタッフが丼を引っ提げて現れた。
「よろしければ、つけ麺の食べ方をご紹介しておりますので」
と野性味あふれる風貌とは相反する丁寧な口調で丼を置いていった。

濃醇味噌つけ麺(1,000円)

風來堂流の札幌つけ麺の食べ方とはこうである。
1.スープにはつけずに、和風ダシと絡めた麺を味わう。
2.麺をつけダレに絡めて食べる。
3.麺を食べ終わったら丼に入っている和風出汁をつけダレに入れる。

まずは麺を見渡した。
文字通り小麦色の光沢を発する美しく波打つ麺と静かに対峙していると、緩やかに漂う小麦と出汁の薫りに浸る。
純粋に麺を一本啜ると、確かに小麦自体の豊かな薫りが矢庭に口内を埋め尽くした。
それは淡いながらも截然とした小麦の存在なのだ。
いよいよつけダレに落とし込む番となった。
迸る熱量のつけダレに麺が波を打って横たわり、絡み合い、いだき合ったところで、ひと思いに啜り上げると、小麦と濃厚な出汁の均衡が口内でほどけるように砕けてゆく。
この濃厚なつけダレは、麺の風味を殺さないバランスを保持するために緻密に作られたものなのか?
だとするならば、絶妙としか表現しようがないと、しなやかなメンマを噛みながら思うほかなかった。
さらに存在感の浮き彫りにするチャーシューがその姿を際立たせた。
一口大のそれは麺と出汁との饗宴の小休止のようなものだが、それにしては独自の存在感であることに確かだ。


和風出汁をつけダレに投じた。
程よく飲みやすくなったそれは、まるで蕎麦湯のように滑らかに駆け抜けていった。

傍らを覗くと15時近いのに、すでに待合席は埋め尽くされていた。
外に出て一息すると、店の厨房の湯気に劣らないような白い息が吹き上がって音もなく消えてゆく。
一瞬にして身震いがするほどの寒さに覆われた。
氷点下にも関わらず、店の軒先に置かれた待合用の椅子にも入店を待つ客の姿があった……

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?