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【人生最期の食事を求めて】焔の中から迸る肉汁と旨味の饗宴。

2024年4月29日(月・祝)
YAKINIKU和牛ラボすすきの店(北海道札幌市中央区)

日本貿易振興機構(ジェトロ)によると、いわゆる先進7カ国(G7)の2024年における祝日は以下の通りとなっている。

アメリカ11日間
イタリア12日間
イングランド8日間
カナダ11日間
フランス11日間
ドイツ9日間
日本21日間

このデータからいかに日本が突出しているかが分かる。
敗戦後の復興によって過剰労働が問題となり、島国特有の同調圧力という特性も加わり、個人の自由で有給休暇を取得することが困難であることから、
国が法律によって強制的に祝日を増やしたというのが経緯である。
一方で、公益財団法人日本生産性本部「労働生産性の国際比較 2023」のレポートでは、時間当たり労働生産性はOECD(経済協力開発機構)加盟国38国中30位という結果だ。
日本が先進国かどうかという点の再検証は別として、直言すれば“休みが多いくせに非効率に働いている国”と結論づけられる。

ゴールデンウィークも急激な円安に見舞われ、昭和初期と同様に海外旅行は高嶺の花だ。
人口減少という病に見舞われるこの国の行く末を案ずれば、働き方だけでなく休み方、そして生き方そのものも脱構築してなければならない領域に入ったのではなかろうか?

そんなことを考えているうちにゴールデンウィークに突入した。
といって、3月に痛めた頚椎症による痛みと痺れ、追い打ちをかける痛風発作という二重苦に苛まれながらも、焼肉店へのいざないに足を向けた。

街を吹き抜ける風は、まるでこれから冬に突入するかのような寒さで、
衣替えした薄着の若者たちもどこかしら後悔の念を表情や背中に滲ませているように見えた。
そのせいだろうか、祝日にも関わらずすすきのは閑散としていた。

YAKINIKU和牛ラボすすきの店

その寒さから逃れるようにビルに入ったのは18時だった。
入店すると案内されたのは店の入口からすぐの個室だった。
幾分狭さを感じつつも、ロースターに火が点ると寒さで強張った体が解けてゆくようだった。
大きなメニュー表には和牛のラインナップが彩られている。
まずは「和牛4種盛り合わせ」、「特選牛タン塩」、「上牛タン塩」「キムチ3種盛り合わせ」、そして「チョレギサラダ」を注文したのだが、
2時間食べ放題と飲み放題という設定は一瞬躊躇を覚えた。
なにせ痛風発作の終息直後である。
あの激烈な痛みはこの1年間ですでに4回目だが、凛冽なビールジョッキが目の前に現れるや、その躊躇は泡の中に消えてなくなった。

チョレギサラダ
牛タン塩
キムチ3種盛り合わせ

前菜のチョレギサラダを無心になって食した後、いよいよロースターに肉を並べる頃合いである。
先に訪れたのは牛タン塩だった。
仙台牛タンとは異なるある種焼肉店の王道のような味わいを弄び続け、次に特選牛たん塩に取り掛かった。
その豊かな肉付きと美しい色合いに見惚れながらロースターに置き、キムチに齧りつきながら焼かれていく過程を見つめた。
到底ひと口では噛み切ることはできないが、思い切って噛み砕いていくと溢れ出す肉汁が口中を包み込み、さらには肉をも包み込む。
そうして柔和な身は薫りだけを残してほぐれるように消えていった。

上牛タン塩
和牛4種盛り合わせ

ビールを次々と飲み干してしまい、自重するようにハイボールに切り替えた。
そこに店長らしき男性スタッフが現れた。
快活な口調と明朗な説明が心地よく、しかも絶妙なタイミングで網を交換した。

いよいよ和牛4種盛り合わせの登場である。
ブリスケは卵を別に注文してすき焼きのように食するのが良い。
一段と焔を浴びて程よく焼かれたブリスケは噛むほどでもないほどに柔和だった。
肩ロース、三角バラ、トモサンカクと突き進んでも、不思議とまだ行けるという確信が私の中で高まってゆく。

せせり

そろそろ方向転換をすべく、「せせり」、「上ミノ」、「レバー」「イイダコ」、「赤海老」、「センマイ刺し」といったラインナップを追加した。
その方向転換は正解であり、肉のみならず海鮮、とりわけ赤海老は殻ごと食べ切れるほどの鮮度と旨味を凝縮している。
私はすっかり首の痛みも、指の痺れも、痛風の恐怖を忘れ、ただひたすらロースターと向き合い、肉と海鮮に対峙した。

赤海老

焼肉では肉に専心しライスを食することを通例にしているために、まだ満腹の途上だった。
その余力が「石焼きビビンバ」と「冷麺」を呼び寄せた。
ところが、店長らしき男性スタッフの粋な計らいによる重量感溢れる石焼きビビンバが登場したのだ。
そこで私の満腹は頂点に達した。

石焼きビビンバ
冷麺

この状況はまさに“たらふく”という言葉が該当する。
鱈腹は実は当て字に過ぎず、むしろ多良福のほうが言い得て妙だ。
ちなみに、理想主義文学を標榜した白樺派の小説家志賀直哉は、
「小僧の神様」という小説の中で“鱈腹”という当て字を用いたことから一般に広がったとも考えられるが。

すすきのの目抜き通りに出ると、行き交う人々は寒さに震え俯き加減で足早に歩いているように見えた。
COCONO SUSUKINOの華美なネオンや看板広告にも見向きもせずに……。

志賀直哉(1883〜1971)

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