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パンキシ渓谷 レイラさんのキスト料理

「ジョージア美食研究家あき」こと小手森亜紀です。
東京都内で日本唯一のジョージア料理専門の料理教室を主宰しています。

ジョージア料理と私の出会いはこちら。

ジョージアは東西に細長い国。
ジョージアの東部カヘティ地方のアラザニ川流域は、カヘティ地方の中でも有数のブドウの産地で、大小さまざまなワイナリーがたくさんあります。
このアラザニ川を遡った山あいのパンキシ渓谷にキスト人(キスティ)と呼ばれる人々が住んでいます。

約200年ほど前、チェチェンの人たちがロシア政府による迫害から逃れて大コーカサス山脈を越えてジョージアにやってきました。そのままジョージアに定住したチェチェン人の子孫がキスト人です。

パンキシ渓谷、アラザニ川(写真提供:竹岡寛俊監督)

パンキシに暮らすキストの人々は、ジョージア国籍でジョージアの苗字を名乗っていますが、伝統的なチェチェンの暮らしを守っています。

ジョージアの首都トビリシから、山道を休み休みドライブして3時間ほどでパンキシ渓谷、ジョコロ村に到着します。

パンキシ ジョコロ村。雪を戴いた山の向こうはチェチン

一歩この村に入ると道行く人たち、特に女性の姿が一変します。彼女たちは一様にスカーフをかぶって髪を隠し、真夏であっても手足を隠した服装をしています。

キスティの女性たち

村にはモスクがありお祈りの時間になるとアザーンが響き渡ります。

ここは、キリスト教を国教と定めるジョージアでは大変珍しいイスラム教徒の集落なのです。

ゲストハウスのオーナー、レイラ

今回滞在するゲストハウスで、さっそくオーナーのレイラの手料理を頂きました。

マチュカティ(ホエイを使ったクレープ)
自家製のジャム(ジョージア語でムラバ)をつけていただきます。

羊のミルクのチーズ

ベーピグ
フライパンで焼くシンプルなパン

ナツァルカタマ

この葉っぱはナツァルカタマ。栽培しているのではなく山に自生しています。この葉っぱを蒸し煮にして、自家製のギーで炒めたネギと合わせるとムハリという料理になります。

日本のように大量のお湯で茹でるのではなく、少量の水で鍋で蒸し煮にします。
ナツァルカタマのムハリ

こちらはとうもろこしの粉。水を加えて軽く捏ねます。

適度な硬さになったらこの不思議な形にしていきます。両手に生地を持ち、4本の指で握って筋をつけます。ジョージアでは、小麦粉のパンをよく食べますが、各地でこの白いトウモロコシの粉を使った料理も食べられています。第2の主食と言ってもいいかもしれません。

ジョージアの他の地方では、トウモロコシの粉を水でこねて油で焼いたり、お粥のように鍋で炊くことが多いのですが、このアッハルガウはお湯で茹でます。

羊のチーズを添えて

茹であがったら塩気の強いチーズと一緒に盛り付けます。

アッハルガウはしょっぱいチーズや先ほどのナツァルカタマのムハリと一緒に食べます。アッハルガウ自体には味付けはされていないので、白いご飯とおかずを一緒に食べるような感覚です。代表的なキストの料理です。

やはり代表的なキストの料理、ジジグガルニシュ
これはトウモロコシの粉ではなく小麦粉で作る麺のような料理です。牛肉からとったスープで小麦粉を捏ねてあります。牛肉と一緒に頂きます。味付けは塩です。

このジジグガルニシュナツァルカタマのムハリアッハルガウもトビリシのレストランで出会うことはまずありません。まさにキストの村ならではの独特な料理です。

翌朝、レイラのご近所さんのセシリーが出来立てのハチョ(カッテージチーズ)を持ってやってきました。
ここパンキシではほとんどの食材をそれぞれの家庭で自給自足しています。
牛を飼っていないレイラは牛乳やチーズを近所の人から分けてもらいます。

セシリーとカッテージチーズ

カッテージチーズはそのままハチミツやジャムをかけて食べても美味しいのですが、レイラはカッテージチーズを使ったパンキシの料理を教えてくれました。

カッテージチーズにはハチミツをかけてそのまま頂きます

まず、レイラは長ネギを刻み始めました。
ジョージアの人も緑色の長ネギをいろいろな料理に使います。香り、味は日本のネギと変わりません。

細かく刻んだネギをカッテージチーズに混ぜ、ホエイで発酵させたパン生地で包んで薄く伸ばし、フライパンで両面を焼きます。

焼きあがったら両面にたっぷり自家製のギーを塗ります。
ネギとチーズのパン、チャーピルギの出来上がり。

とろっとしたチーズとネギがとてもよく合っていて、これまでジョージアで食べたチーズのパン(ハチャプリ)の中で最高の味でした。
新鮮な牛乳で作った自家製のカッテージチーズとやはり新鮮な牛乳のホエイで発酵させて生地があってこその美味しさとは思うのですが、東京に戻ってすぐに真似して作ってみてもレイラの味には遠く及ばず。いつか日本でもこの味が再現できたらと思っています。

キストの言葉でチーズのパンをすべてチャーピルギと呼ぶようで、ネギの入っていないチャーピルギもあります。


もう1品はカッテージチーズのヒンカリ。もちもちの皮、優しいカッテージチーズがたっぷり詰まっています。ギーとチーズの塩加減も絶妙です。

ゆであがったヒンカリにも自家製のギー

ヒンカリというのはジョージアの水餃子で、具材はひき肉が一般的です。ヒンカリとはなにか、こちらの記事で詳しくご紹介しています。レイラの作るお肉を使ったヒンカリも絶品です。

トビリシの街でヒンカリを食べるならお供はビールが定番なのですが(日本の餃子にビールと同じですね)、ここパンキシはムスリムの郷なのでお酒はありません。

レイラはノンアルビールを出してくれました。

ノンアルビールと言ってもほんのり甘く苦みはありません。ビールに似た色の炭酸飲料です。トビリシのレストランでも置いてあることがあります。

レイラのゲストハウスでは、ゲストは宿泊してレイラのお料理を楽しめるだけでなく、レイラから料理を習うこともできます。
レイラの手料理はどれもシンプルだし、特別な工程や特別な材料を使うわけでもない。それなのにどれもとても美味しい。
どれも丁寧に、月並みだけど愛情込めて作られているからだと思います。

ジョージアに行く度にレイラを訪ねてヒンカリを習います

いつ訪れてもレイラは優しい笑顔と手料理で私を迎えてくれます。
きっと私の方が年上だと思うのですが、レイラにはお母さんのような大きな愛情を感じます。私はゲストハウスのテラスでコーヒーを飲みながら、行きの車の中でガイドさんから教えてもらったレイラの半生を思い出していました。

キスト人は200年前にロシアの圧政から逃れてきたチェチェン人の子孫と言われていますが、実際には中世からコーカサスの山を越えて少しずつチェチェンの人々が温暖なジョージアに移り住み、長い時間をかけてジョージア人と同化してきたとも言われています。
レイラはこのパンキシで生まれ育ちました。ご主人はジョージアのキスト人ではなく、チェチェンで生まれ育ったチェチェン人でレイラは家族みんなでチェチェンに住んでいました。
当時はジョージアもチェチェンもソビエト連邦の1国だったので行き来も自由でした。
約30年前にソビエト連邦が崩壊し、レイラはパンキシに戻るかチェチェンに残るかの選択を迫られ、夫や2人の息子たちと別れて自分の母親の住むパンキシに戻る決意をしました。
その後第1次、第2次チェチェン紛争があり、チェチェンは長い間戦乱にありました。その間に多くのチェチェン人がコーカサス山脈を越えてジョージア側に逃れてきたと言われています。当時はパンキシがテロ組織の巣窟になっているとか、パンキシでは薬物取引が横行していてテロ組織の資金源になっているとも言われてきました。パンキシが爆撃に遭ったこともありました。今でもジョージアの人に「パンキシに行ってくる」というと「危なくない?なんでそんな場所に行くの?」と言われることもあります。
そんな混乱のさなか、レイラをさらに悲しい出来事が襲います。独立してヨーロッパで働いているはずの息子たちとある時連絡が取れなくなります。お嫁さんに電話をすると息子たちはISの戦闘員に志願していると言うのです。レイラは止めましたが、息子たちの気持ちを変えることはできず、二人の息子たちはシリアでISの戦闘員として亡くなりました。
この頃、パンキシ渓谷からも多くの若者がISに志願して出て行ってしまい、その多くが命を落としました。

レイラの半生、パンキシの現状については竹岡寛俊監督のドキュメンタリー映画でも紹介されています。

とても重たい身の上話ではあるのですが、レイラはいつも明るく優しく慈愛に満ちています。キストの人々は物静かで穏やかで、饒舌に自己主張してくる人々ではありませんが、一緒に過ごしていると大きな愛情に包まれているような居心地なります。
深い悲しみを知っているレイラだからこその大きな優しさなのかもしれません。
パンキシは今はすっかり平和を取り戻していて、誰もここがかつてはテロリストの巣窟と呼ばれていたなんて信じられないでしょう。
レイラたちは、自然の恵みを大事にしながら静かな時間を紡ぐパンキシでの暮らしをゲストハウスで体験してもらうことで、今の平和なパンキシの魅力を世界に広めようとしているのだと思います。

平和が戻った今でも経済的にはパンキシの現状は大変厳しく、村には何も産業がないため、男性はみな外国に出稼ぎに行ってしまいます。
村に残された女性たちはゲストハウスを経営したり、最近ではフェルト工芸の学校を無料で開設し、村人に技術を教えて現金収入の道を目指しています。

チェチェンの伝統的な文様のラグ

パンキシは決してトビリシから簡単に行ける場所ではありませんが、時間が許せば多くの旅行者に訪れて欲しい場所です。
豪華な食事はありません。食材は山で採れたもの、村で育てたものばかりです。
お酒も飲めません。お祈りの時間になればアザーンが聞こえます。
敬虔なイスラム教徒である彼らの暮らしは常に宗教と共にあり、自分たちの暮らしに誇りを持ち、気高く生きています。
饒舌で陽気で人懐こい人々ではないのですが、一緒に時間を過ごすと私たちの心にそっと寄り添ってくれているような安心感があります。
レイラの笑顔に癒される特別な時間を過ごすことがきっとできるはず。

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