「become」より「being」の目標を持ちなさい #3 人間の本性
伊藤忠商事社長・会長、日本郵政取締役、中国大使などを歴任し、稀代の読書家としても知られる丹羽宇一郎さん。その豊富な人生経験をもとに、「人間とは何者なのか?」という根源的な問いに迫ったのが、著書『人間の本性』です。仕事、人間関係、健康、幸福、生死まで、お手軽なハウツー本には載っていない「賢人の知恵」が詰まった本書から、一部を抜粋します。
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もらうより「与える」生き方を
いつも期待ばかりしている人は依存心が強いわけですから、自分で人生を切り開くことで摑む幸せとは無縁です。
もし期待や依存の生き方をやめようと思うなら、まずは自らできる努力を精一杯することです。
それと同時に大切なのは、人から何かをもらうこと(take)より、与えること(give)を心がける生き方を選ぶことです。
相手が喜ぶ顔を見たい。家族が喜ぶ顔を見たい。多少しんどくても自分が何かをすることで周囲の人が喜んだり、幸せになるなら、それをやった当人にとっても、非常に幸せなことです。
人間は本来、他の人を思いやったり、相手のために何かをしてあげることに喜びを感じるという、貴重な感情を誰もが同じように持っているはずです。
チンパンジーやゴリラにも仲間のためにそのような行動をとることはあるのかもしれませんが、何千キロと離れたところに暮らしている見ず知らずの他人に共感したり、その人のために自己犠牲的なことを行うなどといったことは、人間にしかできないことです。
人を助けたり、誰かのために何かをしたときに喜びを感じるのは、助け合わないと生きていけない生物であるゆえ、おそらく本能のようなものとしてプログラムされているのだと思います。
大切なのは「being」
心理学の専門家などによると、人は2種類の目標を持つとよいといいます。
一つはこういうことを実現したいという「become」の目標。もう一つはこういう人間になりたいという「being」の目標です。
「become」の目標は学生であれば試験の点数、ビジネスマンであれば売り上げや利益の数字、アスリートであれば記録といったものになります。しかし、「become」の目標だけを持ってやっている人はその目標を達成しても、その後が続かないそうです。
自分は人としてこういう存在になりたい、こういう生き方をしたいという「being」の目標を同時に持っている人は、「become」だけの目標で進む人と比べて、伸びしろがまったく違ってくる。
「become」の目標だけであれば自分のことにしか目が行きませんが、「being」の目標を持つと、自分が社会のなかでどのような存在でいたいかという、一段上の次元にベクトルが向かいます。
ですから「being」の目標を突き詰めていけば、人や社会のためにどう自分が役に立つかという思いや発想が自然と湧いてくるのです。
このような話をすると、では社会や周囲のために自分を生かすことのできない立場にいる人はどうすればいいのか? と思われる方もいるかもしれません。
たとえば介護を受けている老人であれば、人からしてもらうばかりで自分からは何もできないではないかと寂しく残念に思うこともあるでしょう。
しかし、そんなことはありません。介護を受けている老人は、介護をしてくれる相手に「ありがとう」という言葉を贈ることができます。
「ありがとう」は相手の存在に対する感謝であり、その人を生かす最高のものではないでしょうか。
ですから、体を動かして人のために何かができなくても、「ありがとう」の言葉があれば、それだけで相手に大切なものを与えることができるのだと思います。
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