食料と武器のお買い物ツアー…ビジネスハウツー満載の異色ファンタジーノベル #2 異世界コンサル株式会社
突然、異世界に転移した経営コンサルタントのケンジ。チートもなく、魔術も使えないケンジは、所属していたパーティーをクビになってしまう。やむなく「冒険者サポート業」への転職を決意したケンジは、現世での経験を活かし、まわりのパーティーの問題を次々と解決。頭角を現していくが……。
ウェブ小説投稿サイト「小説家になろう」で、部門別ランキング第1位に輝いた異色のビジネス・ファンタジーノベル、『異世界コンサル株式会社』。楽しく読めて、しかもためになる。そんな本書から、冒頭部分をお楽しみください。
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食料と武器のお買い物ツアー
ギルド近くの商店を通り過ぎて、市場の奥へ奥へと、買い物をする主婦でごった返す人混みを分け入っていく。革鎧と武器を持ったキンバリー達は、明らかに周囲の人々からは浮いている。目当ての店を見つけた俺は、キンバリーを呼んだ。
「いいか、食料は2日分を普通食、2日分を保存食で買う。酒はこれだ」
そして、次々と品物を選び、手早く会計を済ませた。
「普通食はパンとチーズでいい。保存食は干し肉とビスケットだな。酒は蒸留酒を少し。この店でまとめ買いするのが安いからな。なんせ、街の主婦向けだからな。交渉しといてやったから、払え」
「これだけ買って、銅貨3枚?」とキンバリー達は驚く。
これまで冒険者向けの店で買っていた食料よりも新鮮に見えるし量も多い、という。
「冒険者向けの店ってのは、大手の一流集団なんかに便宜を図るところで、お前達のような小さな駆け出し冒険者に来られちゃ迷惑なのさ。だから、単価も高めに設定してある。駆け出しのうちは、地元の人間が利用する店で買うんだな。次行くぞ、次」
そのまま先導して、今度は鍛冶屋へと向かう。
「親爺さん、鏃だけ売ってくれよ。鋼鉄じゃなくていいから、鉄の鏃」
「まーたケンジか、100個まとめてなら売ってもいいが」
鍛冶屋の親爺は諦めたように言う。
そこでも、値引き交渉して鏃を手に入れる。
「俺が買うときの10分の1なんだが……」と、キンバリーが落ち込んでいる。
「バカ、1個買うのと100個買うのとで同じ値段なわけないだろ。それに、俺は毎日買いに来てるから、相場も知ってる。今は鉄の鏃が安いんだよ」
「何でそんなことまで知ってるんだ?」ゴラムが呆れた声を上げる。
「先週、鉄鉱石の搬入があったばかりだからな。鉄の生産は増えているが、相対的に鋼鉄は相場が上がってる。それに、買ったのは鏃だけだ。矢は自分で作るんだぞ。残りは、サラや知り合いの弓兵に売る」
「はー……なるほどねえ」とジンジャーが溜息をついて感心している。
「わかったら、次だ次。魔術師ギルドに行くぞ」
魔術師ギルドには、普通は剣士達は来ない。俺達は、ここでも浮きまくっていた。
「魔術の触媒を買いに来たんだが」
周囲の様子にはお構いなしに、ギルドの職員に話しかける。
「あなたは魔術師に見えませんが」
「買うのはこいつだよ、来いよジンジャー」と小柄な魔術師を呼ぶ。
「何を、どれだけ買われますか?」
「小火撃の触媒を5つ、小風撃の触媒を3つ」
「では、小銅貨8枚で」
「そんな高いの!?」と驚くキンバリー達。
彼らは、魔術に触媒が必要だとは理解していたが、値段までは知らなかったようだ。
魔術師のジンジャーがいつも魔術をいざという時まで使わなかったのは、怠慢な(なまけてる)のだと思っていたらしい。
「まあ、正直、触媒の値段交渉は俺にはできない。迷宮や依頼で拾ったら銅貨だと思って大事にするんだな」と伝える。
結局、街を回って買い物に1時間ほどかかった。
「サラの知り合いだから相談料は後払いにしてやる。さっさとゴブリンの討伐に行ってきな!」
そう言ってキンバリー達を送り出した。
なぜわざわざ一緒に買い物をするのか
先ほど、サラに相談されてから、俺が悩んでひねり出した解決策。それは「一緒に買い物したらどうだ?」というものだった。
「どういうこと?」とサラが戸惑った様子を見せたので、説明する。
「要するに、値段の相場をお互いに知らないのが疑心暗鬼の元なんだろ。パーティーを組んだら、何を準備するのかお互いに教える。必要な準備の費用もお互いに教える。かかりそうな費用も教える。それで、一緒に鍛冶屋や魔術師ギルドや食料品店を回って、金銭を一緒に払ったり、値切ったり質問したりする。打ち合わせと買い物で2時間もかからないだろ」
「なるほど!」
「それで、冒険が終わったら、もう一回一緒に回る。かかった費用の補充と精算をする。で、残った金額を公平に分ける」
サラが感嘆の声を上げた。
「あったまいいーっ!! なんで、それを思いつかなかったんだろ! いっつも、依頼が終わったら、終わった──っ!! って酒場で打ち上げして、なんかグダグダだったもん」
「バカ、それは俺が全部あと処理をやってたんだよ。まあ、お前んとこが、この先どうなるかは知らんけど」
実際、俺なしで元のパーティーは誰が金勘定をするんだろうか。だがまあ、俺を追い出した連中のことはもういい。それよりも、今は自分の商売に集中するんだ。
「それで、交渉が不安だったら最初と最後の買い物ツアーに俺が立ち会ってもいい。相場を知ってて交渉に強い人間がいるとぼられないし、目の前で精算するから、お互いに疑心暗鬼になることもない。冒険者は、金銭が入ると気が大きくなって、払いが適当になってたからな。原状回復費用を、しっかりと計算して、分配も公平にしてやる」
「あんた! それを商売にすればいいじゃん!」
サラは興奮して叫んだ。
なるほど。それもありか。今度は、俺が頷く番だった。
どうも、俺は他人の解決策を考えるのは得意だが、自分のことを考えるのは苦手なようだ。とりあえず「冒険者パーティーの買い物と精算に付き添う」というのが冒険者支援の最初の仕事になりそうだった。
討伐後の精算
数日後、キンバリー達、新米冒険者は無事に依頼を果たして帰ってきた。
「よく帰ってきたな。とりあえず鍛冶屋に行くぞ」
早速に酒場へ繰り出そうとするキンバリー達を引き留めて、街を回る。
鍛冶屋に着くと、剣を研ぎに出させる。そして費用を仮払いする。仮払いにするのは、冒険で発生する費用の明細を、後でまとめて説明するためだ。
次に回るのは革細工職人のところだ。職人に言って、鎧の傷みや解れを修理する。ここでも費用を仮払いする。
そうして、ようやく冒険者ギルドに向かう。冒険者ギルドで報酬を受け取ると、費用の計算だ。食費+鏃+触媒+研ぎ代+修理の総計を、報酬から差し引く。
すると、大銅貨3枚と銅貨5枚が残った。
早速分けようとするキンバリー達に、俺が待ったをかける。
「ジンジャー、魔術触媒は幾つ残ってる?」
「火の触媒が2つと風の触媒が1つですね」
「キンバリー、矢の残りは?」
「7本です」
「じゃあ、それらは各自の報酬から引くぞ。評価額は買った時の値段でいいな?」
値段については、一緒に買い物したときに見ているので、一同は頷く。
一人あたりの報酬として、銅貨8枚が残った。
「これだけか……」
キンバリー達がしょぼくれた顔で呟いた。
「まあ、そういうことだな。近郊のゴブリン討伐なら、こんなもんだ。だが、お前らは、こんなもんだ、ってこともわかんなかったんじゃないのか?」
キンバリー達はバツの悪そうな顔をした。儲けは少なかったが、少なくとも赤字ではない。
「今回はサービスして一人あたり1枚で、銅貨4枚だな。ほら、出せ出せ」と言って銅貨を受け取る。
報酬は銅貨が4枚。まあ貧乏人相手ならこんなもんか、と思う。
実際、俺がしたことは、依頼前に1時間、依頼後に1時間ほど、街を回って案内しただけだ。それで銅貨4枚なら、時間あたりの報酬としては、悪くないだろう。目の前の初心者たちは、3日間かけて命がけの仕事をして、銅貨8枚の報酬だったのだ。それでも、俺の相談がなければ、きっと赤字で、それにも気づけなかっただろう。
今回の報酬があれば、次の仕事までに半分は貯金できる。仲間とお金でもめる可能性も減った。そうして、ひと月もすれば装備も鉄の剣を鋼の剣に、革張りの盾にも鉄で縁をつけられるはずだ。
その時には、また買い物に付き合ってやるか、というのが、最初の相談を終えての感想だった。
この節のまとめ
生計の手段としての起業
世間には素晴らしい起業のストーリーや成功譚が溢れています。あたかも起業さえすれば誰もが容易く成功し、大金を摑めるかのような話が蔓延しています。
一方で、ブラック企業に勤め続けて心身を壊すよりはとか、家族の介護で離職せざるを得なくてとか、様々な理由で「やむを得ず起業」という選択肢をとる人も増えています。
ごく普通の人である私達にとって、起業の目標は「明日のご飯代」を稼ぐことであって「優れた技術で世界を変える」だとか「世界一のサービスを開発する」などというのは絵空事に過ぎません。「明日のご飯代」を稼ぐ現実から起業は始まります。
最初のお客さんは誰になる?
起業して最初の壁は、最初のお客さんを獲得することです。
起業した当初、実績のない私達に仕事を発注してくれるのは、私達を知ってくれている人、具体的には元の同僚や知人です。それらの人達からも仕事がもらえないのであれば、世間様から仕事がもらえるわけがありません。
自分に何ができるのか?
自分の強みは案外、自分ではわからないものです。ある業界では当然のことが、他の業界では導入されていないこともあります。最初のお客さんに聞くのがいいでしょう。
自分の頭の中で一日中理屈を捏ねくり回すよりも、お金を払って仕事を発注してくれる人の率直な意見を10分間聞くべきです。
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