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森の囁き

 都会の喧騒から逃れるように、ぼくは小さな森に足を踏み入れた。木々の間から漏れる月光が、まるで精霊の舞のように揺らめいている。

 そこで出会ったのは、翡翠色の瞳を持つ不思議な少女だった。彼女の髪は、風に揺れる柳のように優雅に舞っていた。

「こんにちは」とぼくが言うと、少女も「こんにちは」と応える。
「君は誰?」と尋ねると、「誰?」と返ってくる。

 まるでこだまのように、ぼくの言葉を繰り返す少女。

  ぼくは少女に手を差し出す。触れた瞬間、周囲の景色が一変した。木々は神秘的な文様に、葉は古代の符牒に変容していく。

 「観てみて」と少女が言う。

 「わたしたちの中に宿る道を」

 ぼくは目を閉じ、深い瞑想に入る。すると、体の中で小さな生命が芽吹いていく様子が感じられた。

 少女は静かに語り始める。

 「ぼくはお花のなかに、お花は森のなかに、森は都会のなかに、都会は大地のなかに、大地は世界のなかに、世界はタオのなかに。そうして、さうして、タオは小ちやなぼくのなかに」

 ぼくは少女の手を優しく握る。その冷たさと温かさが同時に伝わってくる。陰陽の調和のように、相反する感覚が共存している。

 木々が囁き、ぼくたちを見守っている。その声が、ぼくたちの中の世界をより鮮明に照らし出す。

 突然、梟の鳴き声が響き渡る。少女の姿が霞み始め、代わりに鶫が現れる。鶫は美しい歌声を奏で、その音色が森全体に広がっていく。

 ぼくは目を開ける。再び都会の小さな森にいた。しかし、心の中にはタオの記憶が刻まれていた。

 木々を見上げると、葉が風に揺れている。

 「遊ぼう」と風が誘う。

 「遊ぼう」とぼくも応える。

 まるで、ぼくたちの物語を永遠に語り続けるかのように。

 森の中に静寂が戻る。ぼくは少女の面影を探すが、彼女の姿は見当たらない。代わりに、小さな精霊たちが木々の間を舞っているのが観える。

 ぼくは深呼吸をする。都会の喧騒は遠く、ここでは森の囁きだけが聞こえる。宇宙が、タオが、ぼくの中で静かに息づいている。

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