なつかしキャンデー|掌編小説 シロクマ文芸部
(591字)
懐かしい飴が流行っている。
透明セロファンをねじっただけの包装、黄金に輝く甘み。
舌の上でころがしていると先がとがり、キケンな香りを漂わせる。
そこからが、この商品の本領発揮。
蜜をなめているうち、こころが求める映像が眼前にひろがる。
今は亡き祖父母と訪れた動物園。転校した親友と暗くなるまで遊んだすべり台。ぎこちない距離感の初恋デート。
二度とは戻らぬ日々。肌ざわり、匂いと笑い声。
当時は価値をわかっていなかった、あたたかな宝物。
はかなくせつなく溶けてゆく。
その糖分は涸れたこころに養分を届ける。
つらい現実をひととき忘れさせてくれるキャンデーは、悩みを抱える人々を酔いしれさせた。いったん知ってしまうと、自分の意思ではやめることができない。
中毒性が高いとして、厚生労働省が禁止薬物に指定。重度の依存症患者は、専門施設に収容されることが義務化された。
一気に口に含み、夢の世界へ。トリップしたまま戻りたがらない人間が大量発生。深刻な社会問題となったためだ。
入院生活は、死ぬほどつまらない。
開発者である私は、ヒットしもてはやされた過去を味わうため、隠し持っていた最後の1ダースを袋のまま口に押し込んだ。咀嚼し、ぐしゃぐしゃになった包みは吐き出した。
ノスタルジーは甘ったるく、ほろ苦い。えもいわれぬ味がする。
これなら、心おだやかに眠れそうだ。
(おわり)
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