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小説、修理を通じて繋いでいくもの「第一章」

(あらすじ)
商店街の一角にある『修理屋大田』。そこでは修理と買い取りを行っている。

ある理由で帰国した愛野桜花(あいのおうか)(25)と、無愛想だが修理の腕の評判はいい店長、大田一哉(おおたかずや)(28)が修理と買い取りの依頼に来た人の“思い”に寄り添い、解き明かしていく。

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出会い


「うわ、あっつ……。梅雨の時期とは思えない」

 飛行機から降りた私は日本の暑さに思わず声を上げ、顔をしかめる。数時間前までいたフランスとは違う梅雨独特の暑さだ。スーツケースを手に取り、リュックを背負って空港を出る。そしてバス乗り場で時刻表で時間を確認。

「あと十五分で出発か」

 正直、タクシーで行きたいが所持金が残り少ない。バスに乗り込み、出発まで大人しく待つ。しばらくするとバスが出発して、流れる景色をぼんやり眺めながら実家にいる両親のことを思う。高校卒業後、夢を叶えるためフランスに向かった娘を文句一つ言わず応援してくれていた。電話で帰ると伝えたとき、沈んでいた両親の声を思い出す。

 目に涙が浮かんできて見ている景色が滲む。慌てて目元を拭い、顔ごと窓に向ける。しばらくすると懐かしいバス停の名前を聞き、ボタンを押して降りる。バス停から実家までは歩いて十分程で到着する。第一声はなんて言おう。ただいま、だよね。そんなことを考えながら実家に到着したのだが、私は呆然とする。

「え、どういうこと?」

 玄関の扉に空き家の張り紙が貼られていたのだ。

 私は汗を拭うこともせず、辺りを歩き回りながらスマホを耳に当てていた。前者は私が実家の場所を間違え何処かに愛野あいのの表札がかかっているだろうと。後者は両親は何処かに引っ越してしまったのではないかと確認するため。

 スーツケースをガラガラと引きながら歩いていると電話が繋がりお母さんの声がした。

『もしもし』

「もしもし!お母さん達、今何処にいるの!?」

『私のお母さんの家よ。桜花おうかのおばあちゃんの家』

「私、帰るって言ったじゃん。何で教えてくれなかったの?あと、今お母さん達の家の前にいるんだけど何で空き家なの?」

『私、ちゃんと桜花に伝えたわよ。おばあちゃんの介護しないといけないからこっちに住むって』

 伝えた?いつ?立ち止まって考える。まさか、向こうでバタバタしてたとき?あ、そうだ。お母さんから電話あった。おばあちゃんの所に行くことになったって言ってた気がする。

「言ってた。忘れてた。ど、どうしよう!私、もうお金無いから、そっちに行けない!」

 お金も住む所もないと気づきパニックに。そしてそのショックからか頭もズキズキと痛くなりはじめた。

「ねぇ、どうしよう!お父さんは?迎えに来てくれないかな?」

『無理よ。お父さんもこっちに来たばかりだから。引き継ぎでバタバタしてるの』

「じゃあどうすればいいのよ!」

 私がそう叫んだ瞬間、電話がブツッと切れた。スマホを見ると画面は真っ暗。電池切れのようだ。

「嘘でしょ……」

 親との連絡も取れなくなった。更に頭痛が強くなる。とりあえず近くの公園で休もう。私は頭に響かないようにゆっくりとした足取りで公園へと向かった。


 公園に着くと、ベンチに倒れ込むようにして座る。何か飲み物を飲んだほうがいいかもしれないと思い、リュックから小銭入れを取り出す。二百円ある。何とか買えそう。自動販売機に向かうため立ち上がろうとしたのだが、目の前がチカチカとして立てなかった。飲むのは後にして、しばらくじっとしていようと目を瞑った。

「あの」

 私のすぐ近くから男の人の声がする。目を薄ら開けると、茶色い髪に白い肌と綺麗な顔をした美人な男の人が私の手元を見ていた。何この人、小銭入れを見てる。この二百円は渡さないという思いで、私は小銭入れをギュッと強く握った。

「……」

「……」

 というか私に声をかけておいて何も喋らないってどうなの。私も喉がカラカラのため何も喋りたくないし。

「それ、手作りか?」

 彼がやっと発したのがこの言葉。小銭入れを見てるからこれのことだろう。私は頷いたが頭を動かしたから痛い。

「ほつれてる。それ手編みだから、あ、おい!」

 彼が何か話し始めたが、私は途中から話が入ってこず、焦ったような彼の声を最後に私は意識を失った。

──貴方はいつか私を超えるだろうと思ってた。これから大変なことがたくさんあるだろうけど頑張ってね。任せたよ、アイ───


 ハッとして目が覚める。まさかあのときの言葉を夢で聞くとは思わなかった。

 そして最初に目に飛び込んできたのは真っ白な天井。私は誰かの家のソファに寝転んでいた。右を向くとローテーブルの上に私の小銭入れが置かれている。

 ゆっくりと起き上がって周りを見渡す。家具はこげ茶色で統一されているシンプルな部屋だ。ここ何処だろう。周りをキョロキョロしていると階段を上がってくる足音がして、私の小銭入れを見ていた男の人が顔を出した。その人が私を無言で見つめてくる。私はソファの上で正座して頭を下げた。

「すみません。ご迷惑をおかけして」

 すると彼が近付いてきて、テーブルの上に水のペットボトルを置いた。

「軽い熱中症だ。水分取った方がいい」

「はい……」

 ペットボトルを開けて半分程を一気に飲み、大きく息を吐く。頭痛も少し収まってくる。

「熱中症って、まだ梅雨の時期なのに」

「暑さに慣れてない人はこの時期でも熱中症になる」

「はい……。気をつけます……」

 正座したままペットボトル片手に項垂れていると、頭上から声がかかる。

「久しぶりの日本だから暑さ忘れてたんだろ」

 その言葉に固まる。何で外国から来たって分かったの。国内の旅行者かもしれないのに。

「何で海外からって分かったんですか」

 呆然としながら聞くと彼は階段の方向を指差した。スーツケースが置いてある。

「スーツケースにシール、貼ってあるから」

「あ、そういうことですか。よく見てますね」

 荷物を預ける際に貼られるシール。剥がす暇がなかったからそのままにしていた。

 残していた半分の水も飲み干し落ち着くと、これからのことを考えてしまう。とりあえず今はここを出よう。長時間いても迷惑だと思い、私は立ち上がる。

「本当に色々とありがとうございました」

 頭を下げて小銭入れを掴んだ瞬間、ほつれた部分から百円玉が二枚落ちた。

「あ、私の二百円!全財産!!」

 そう叫びながら手のひらでテーブルを叩いて、一枚は押さえることができた。だが、もう一枚はコロコロと転がり、追いかける暇なくタンスの裏に入っていった。

 人はショックを受けると固まると聞いたことがあるが、本当にそうなんだとこのとき知った。

「え」

 声のした方を向くと、無表情なのだが彼の顔が少し引きつっている。もしかして今の行動に引いてる?さっきの行動を思い出し、顔が熱くなる。イケメンの目の前で叫んでテーブルを思いっきり叩いてしまった。

「二百円が全財産?」

 あ、そっちか。

「そうです。お金は向こうで思いっきり使ってしまって今は二百円しかないです。でもこうなったのは自業自得なので」

 私はスーツケースに視線を移す。

「しばらくは買った服とか売ってホテルで過ごそうかなーと。いい場所探します」

 そう言って笑う。上手く笑えているといいんだが。

「お騒がせしました。失礼します」

 タンス裏の百円は諦め、小銭入れと百円玉一枚を持ち、彼の横を通り過ぎようすると、彼が私の腕を掴む。

「何ですか?」

「あの、えっと」

「あ、もしかしてペットボトル代ですか?百円しか払えないんですけど」

「違う!そっちじゃない!」

 彼は大声で私の言葉を遮ると、真っ直ぐ目を見つめてきた。

「そうやって強がって無理に笑うな」

 強がって笑っていたことをすぐに見抜かれた。

「あと、買い込むぐらいに服はあんたにとって大事な物だろ?売ったら駄目だ」

「でも、お金ないから売らないと」

 俯く私の腕を彼は強く握るので彼を見上げる。

「お金と、家もないよな?」

 こうストレートに聞かれると辛いが本当のことだ。私は頷く。そしてしばらく間が空いたあと、彼はぼそっと呟く。

「じゃあ、ここにいればいい」

 私は驚いて彼を見つめると視線を逸らされる。

「ここにいれば。何かあんたのこと放っておけない」

 何故かちょっとキュンときてしまった。だがその後の発言にむっとする。

「ホテルとか探すの下手そうだし、探してる間にまた倒れてそうだし」

「……私、そんなに弱くないし」

「あと、それも気になる」

 私の発言を無視し、彼は私の小銭入れを指差す。

「俺、修理屋だから。そのほつれ気になる」

 修理屋……。情報がたくさん入ってきて、考えをまとめていると、彼は急に私の腕から手を離した。

「ごめん、痛かったよな。あと、無理に住めとは言わないから」

 今度は私が慌てて彼の腕を掴む。この人は悪い人ではない気がする。

「あの、お願いします。ここに住まわせてください」

 私が力強く言うと、彼は瞬きを二回したあと頷いた。そしてソファ近くのローテーブルの前に座る。目で促され私も彼の向かいに座る。すると彼はテレビ台の引き出しから、カードケースのような物を取り出す。そこから出てきたのは名刺だった。

「……自己紹介まだだよな。俺は大田一哉おおたかずやだ」

 手渡された名刺には【修理屋大田 店長 大田一哉】と書かれている。店長さんなんだ。名刺から大田さんに視線を移し、私も自己紹介した。

「私は愛野桜花と申します。よろしくお願いします」

「よろしく。えっと、愛野さん」

「あ、桜花でいいです。その方が慣れてるので」

「じゃあ、俺も一哉でいい」

 と、互いにぎこちない自己紹介が終わると沈黙が流れた。先に口を開いたのは一哉さん。

「えっと、何か聞きたいことがあればどうぞ」

 聞きたいことはたくさんある。何から聞こう。

「えー、この家は一哉さん一人で暮らしているんですか?ご家族とかは」

「親はいない。ここは俺一人で住んでる」

 ちょっと一哉さんの空気がピリッとした。これはあまり踏み込まない方がいいと判断した私は話題を変える。

「あ、あの。一哉さんは修理屋さんだと言ってましたけど、どんな物を修理しているんですか?」

「色々」

「えっと。色々、とは?」

「服、家具、その他諸々。直せる物ならなんでも」

「凄い。その修理屋では一哉さん一人で経営しているんですか?アルバイトとかは?」

「いない。けど、まあ、アルバイトはそろそろ欲しいとは思ってる。修理の方も忙しくなってきてるし」

 一哉さんが途中から私をチラチラと見ながら話している。もしかしたらと思い、私から提案する。

「もし、一哉さんがよければ私をアルバイトとして雇っていただけませんか。掃除とか得意な方なので」

「……いいんですか?では、よろしくお願いします」

 こうして私は同居人兼アルバイトとしてお世話になることとなった。だが、空いている部屋はあるのだろうか。そのことを一哉さんに聞いた。

「それだが、少し待ってくれないか?一つ空き部屋があるが今、物置にしてるんだ。そこが空けば桜花さんの部屋にできる」

「分かりました。……私が急に来たからですよね。すみません迷惑ばかりかけて」

「迷惑じゃない。すぐに片付く」

 一哉さんは横に並んだ扉の左側を開け、物置部屋に入っていった。私も後に続く。

「私も手伝います」

「頼む。それは重いからこっち持って」

 と、二人で片付けて隣の一哉さんの部屋に運ばれていく。そのほとんどが本だった。

「お疲れ。ここはもう桜花さんの部屋だから自由に使ってくれ」

「はい!そういえば、ほとんどが本というか雑誌でしたけど、あれも修理に関係するものなんですか?」

 なんとなく、関係するものだろうと思いながら聞く。案の定、一哉さんは頷いた。

「新しい機器が出れば、それもいつか修理で来ることがあるかもしれない。その時のために勉強している」

 一哉さんは勉強熱心なんだろうなと思った。

「じゃあ何かあったら呼んで。俺はリビングにいるから」

「はい。ありが」

 私が言い切る前にドアは閉められた。優しいような冷たいような、よくわからない人だ。

「……荷解きしますか」

 そう呟いてスーツケースを開ける。この中はほぼ服しか入っていない。もう行くことはないだろうと思い、フランスでブランド服を買い込んだ。後先考えないことをしたら最終的に所持金が二百円になる。いい教訓になった。

 スーツケースからどんどん服を取り出し、畳んで積み重ねながら考える。よく、見ず知らずの私を住まわせてくれるなと思う。それに何か聞かれたら答えようと思ったのだが全く詮索してこない。単に私に興味ないだけな気がするが。

 服を全部取り出すと一番下から箱が出てくる。あ、そうだ。旅行じゃないけど、お土産必要かなと思ってカヌレ買ったんだった。その箱を見つめていると、ドアをノックする音がした。

「どうぞ」

「買い物行くけど、何か……」

 一哉さんがドアを開けながら話していたが、途中で止まる。彼の視線がカヌレの箱に注がれている。

「あ、フランスで買った本場のカヌレです。よければ」

 どうぞお食べくださいという気持ちで差し出すと、ほんのちょっとだけ彼の目が輝いた。

「……ありがとう。本場、の」

「はい。仕事で七年間フランスにいたんです。まあ、色々あって戻ってきましたけど」

 私が話している間も、一哉さんは箱をじっくり眺めていた。やがて思い出したように顔を上げた。

「買い物行くけど何かほしい物あるか?」

「いえ。あの、私も一緒に行っていいですか?この辺り何があるか知りたいですし」

「……片付けは」

「ちゃんと後でやります!」

 元気にそう答えると、冷めた目を向けられる。ため息もつかれた。何で?周辺の人との交流は必要なんじゃないの?一哉さんの手から箱を奪い取る。

「分かりました。片付けを先にします。その代わり私が全部いただきますね」

「あ、おい!」

 一哉さんは眉間にシワを寄せながら、私の手から箱をもぎ取った。

「分かった。後でいいから。行くぞ」

「はーい!」

 箱をそっと優しく、そして丁寧にテーブルの上に置いた一哉さんの後を、私は笑いを堪えながら追いかけた。

 一哉さんは甘いものが相当お好きのようだ。

 階段を降りていくと、小さめな部屋が現れた。机には工具がたくさん置かれている。

「ここ、作業部屋」

 その作業部屋から右を向くと、カウンターとミニキッチンが見える。一哉さんはそちらに向かったため、私も後を追ってアーチ型の壁を通り抜ける。

「アーチ型になっててオシャレですね」

「もともとドアがあった所を外しただけだ。毎回、ドアの開け閉めが面倒だから」

 確かに面倒かもしれないと思いながらカウンターから出ると、左側にぬいぐるみや食器類など色んなものが棚に並んでいる。

「これなんですか?修理品?」

「買取品。買い取って修理して、中古品で販売してる」

「へぇ。買い取りもしているんですね」

 色んな物があって、見ているだけでも楽しい。じっくりと見ていると、一哉さんが待ってくれていることに気付く。

「あ、待たせてしまってすみません」

「今じっくり見なくても、この先ずっと見られるだろ」

「……」

「なに」

「……いえ、何でもないです」

 今だけの同居だと思っていたから、ずっとという言葉が嬉しかったなんて、恥ずかしくて言えない。

 ドアをチリンと鳴らして開けると、辺りの風景に驚く。

「ここ商店街だったんですね」

 商店街の一角にこの店があり、向かいは花屋さんが建っている。その花屋さんの店先で花に水をやる男の人がこちらを向き、目が合う。

「え、可愛い!おい一哉!誰だよこの子」

 腕を掴まれた一哉さんの顔には面倒くさいと書かれている。待っても紹介してくれないので、私から挨拶する。

「はじめまして。修理屋でアルバイトすることになった愛野桜花です」

「はじめまして!佐倉純平さくらじゅんぺいです……って、アルバイト!?」

 佐倉さんは目を見開き、私と一哉さんを交互に見る。

「そういうことだ。じゃあ俺ら用事あるから」

 そう言うとさっさと歩き始める。私はポカンとする佐倉さんに頭を下げ、一哉さんを追いかける。

「一哉さんと佐倉さんってどういう関係なんですか?」

「小学生からの同級生。うるさいが悪い奴ではない」

 商店街を歩いているといい匂いがして、お腹が鳴る。

「夕飯、外食にするか。買い物の手間が省けるし。やっぱり寿司とか天ぷらか?」

 私は周りを見て、ある一つの建物を指差す。

「私、あの店がいいです。ラーメン屋さん」

「別に気を使わなくても」

「違いますよ。醤油ラーメン食べたくなってきたんです。行きましょう!」

 私は一哉さんを引っ張り、ラーメン屋さんに入った。

 外食から帰ってくると、一哉さんによる小銭入れの修理講座が始まった。

「違う。それ逆編み」

「うそ。……え!何これ!」

 この小銭入れはお母さんの手作りだと言うと、一哉さんは私が直した方がいいと言われ、早速かぎ針を渡され指導されている。隣で一哉さんも毛糸とかぎ針を持って教えてくれていて、見様見真似で編んでいるはず、なのだが。

「粗い。お金が外から見えるぞ」

「もう、一哉さんが編んでください」

 編み物は苦手なのだ。一哉さんに小銭入れを押し付ける。

「駄目だ。母親の思いが詰まった物は桜花さんにしか直せない」

 一哉さんに押し返された。小銭入れを見つめる。私にしか直せない、か。……よし、頑張ろう。

「分かりました。続けます。教えてください」

 私は一哉さんに注意されながらも編み、徐々にほつれたところが埋まっていく。そして、

「出来た。凄い!元通りになった!」

 嬉しくなって色んな角度から毛糸の小銭入れを見ていた私を、一哉さんが見つめていたことに私は気付かなかった。

第二章に続く

第二章https://note.com/gentle_zinnia7/n/n6703f9dc54a9

第三章https://note.com/gentle_zinnia7/n/nb4b236baf9a3

第四章https://note.com/gentle_zinnia7/n/n01df24ecb59d

第五章https://note.com/gentle_zinnia7/n/nd712a331c364


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