第二十六話 新同居人
今日はあわただしい日だ。
午前中に前回のミッションの報告後処理、午後は家に帰ってきて、ライドルトを受け入れるために貸し出す部屋の掃除をしている。
この部屋は俺の青春時代の趣味部屋だった。
ゲーム、漫画、エレキギターや当時使っていたパソコン(PC-9801FS)と大量の3.5インチフロッピーディスクを保管している。
中でも……
「うおぉ、懐かしい」
押し入れに並べられたエロゲ―。
俺の人生の先生だ。
大事なことはエロゲ―から教わった。
この人生の教科書達を別の部屋に移動しなくては。
顎に手を添え、棚を新調してきれいに並べようかな?なんて考えている時だった。
「おとーさん、なにそれ……?」
俺の背後からアキが覗き見ている。明らかに嫌悪感を抱いている感じだ。
アキには今晩の夕食の準備をしてもらっていたはずだが、いつからに背後を付かれたのか……。
俺も半世紀、命のやり取りを伴う訓練をしたのだけど、こうもあっさり背後をとられてしまうと自信を無くす。
だって全く気配を感じなかったんだもん、絶対何か魔法使ってるよな?
それはそれとして、別にこれらを娘に見られても「これは俺の人生の教科書だ」と言い切れる自信はあるが、積極的に見られたいものではない。
だからこそこう言った。
「これはお父さんが青春時代にお世話になった叡知の結晶だ」
「そこにある触手のような絵から何を学んだの?」
アキに指をさされた先にあるのは○獣学園2だな。
これはゲームではなくVHSのビデオテープだ。
「これは触手と言う現実にはないものを用いた発想で視聴者を楽しませた、俺の中での伝説のビデオだ。俺はこのビデオから凝り固まった考えだけでなく新しいものを取り込んで柔軟に物事を考えるようにと学んだ」
「……よくわかんないけど、今じゃもう学ぶものはないよね?捨てていいよね?」
「ダメだ。アキは…例えば信じる神がいたとして、そのご神仏を捨てることができるか?」
「おとーさんが何を言っているのかさっぱりわからないのだけど」
「ともかく、これは大事な物なんだ。みんなには見えないように保管しておくから、そっとしておいてくれ」
「なんでこんなえっちなものが何十年も家にあるのよ……いつか捨ててやる…」
おいやめろよ?振りじゃないからな?
捨てられたらきっと泣く。
要件は何だったのかと思ったのだが、アキはブツブツ言いながら不満げに台所に戻っていった。
それからライドルトに渡す部屋の物の移動をして、掃除が終わった頃に家の呼び鈴が鳴った。
アキと二人で玄関までライドルトを出迎える。
「隊長!アキさん!本日よりお世話になります!」
ライドルトは緊張した面持ちで、折り目正しく敬礼で挨拶をする。
「ああ、よろしくライドルト。これから、ここはお前の家になるんだ。この家にいる間は俺の事は隊長呼びじゃなくていいし、慣れるまでは気を遣う事もあると思うが、基本的に落ち着ける家であって欲しいと思っている」
「では何とお呼びすれば……?」
ライドルトは遠慮がちに聞いてきた。
「そもそも今はお前の隊長じゃないから、隊長呼びはおかしいよな。アツシでもオギツキでも大家さんでも、好きな呼び方で呼んでくれ」
「……そうですね、ではアツシさんとお呼びしてもいいでしょうか?」
まあ、無難な所だろう。
「いいぞ。じゃあライドルト、おかえり」
「おかえりっ!ライドルト君!」
「ただいま!よろしくお願いします!」
――こうしてライドルトが同居人として加わった。
掃除の終わった部屋をライドルトに引き渡し、アキと二人っきりになったので、聞きたかった疑問について聞いてみる。
「ところでアキ、俺の右腕が治った事って、何か知ってたり、心当たりとかないのか?」
結局何もわからないまま、問題を先送りにするのは気持ち悪い。
実は治ったのはフェイクだとか、時間制限付きだとかと言う可能性だってある。
そういうことであれば、アテにならない右腕に頼らず、今後残った左腕を主体として生活していくべきだと考えなければいけない。
「それねぇ、セイカ姉さんにも聞かれたのだけど一個だけ心当たりがあるとすれば――」
アキはもっさりとした髪をかき上げて答える。
「まずあたしが使えるヒールって【人体の自然代謝を指定する未来に進める】種類の物だってしってるよね?」
「うん、聞いた通りの認識だ」
「あたしが居た異世界に“星守”という二つ名の魔法使いがいたのだけど、【人体の一部を過去の状態に戻す】種類のヒールの魔法が使える、あたしが知る唯一の魔法使いなの。ただ、伝承で伝えられるくらい過去の人物で会った事も見たこともないよ。当然死んでいると思われているのが普通かな」
「“星守”……」
「そう“星守”」
「なんか……むずがゆくなるような名前だな」
もう二つ名とか言ってる時点でむずがゆい。
「あははっ、あたしの二つ名もあるんだよ?恥ずかしいから絶対言わないけど」
それはちょっと、いやかなり気になるな。
「そうなんだ。この腕このまま普通に使えれば文句はないのだけど、せめて手掛かり位は欲しいものだな」
「さっきの“星守”がやったと仮定してさ、おとーさんの腕になにか違和感はない?過去に戻されるまでについた傷とかさ」
・・・・
・・・・
「あ……」
心当たりのあった右腕を確認する。
そういえば萱沼庄八(かやぬましょうはち)に腕をちぎられた時の、残った傷が無くなっている……。
そう、あれは確かに右腕だった。
「アキに半年前、繋げてもらった右腕の傷が消えている」
「どれ……ほんとだ!傷跡がない!きれいになってる」
アキは傷があった個所を何度もさすって確認する。
「どうなんだ?この傷から[魔力の残滓(ざんし)]とか感じたりしないのか?」
「え~そんなの漫画だけだよ。あたし[魔力探知]とか聞いたことも感じたこと無いし、多分他もそう。あんなの嘘だと思ってるから」
いや、魔法が使える現実というのがすでに漫画なんだよな。
「じゃあこれは“星守”なのか?」
「さあ?」
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それからアキ準備してくれていた夕飯の手伝いをして、ケイカとセイカが来る頃には赤飯が炊きあがっていた。
家族全員+ライドルトで昇進のお祝いしてもらい、食事をとり、ケイカとセイカはまたオフィスへ帰っていった。
俺は片付けが済んで、ランニングシューズを履き、外へ出る。
これからセイカとの約束の時間だ。
アキが一緒にランニングすると言ってきたのだけど、セイカがアキに頼んでおいた案件の期限が過ぎていたらしく、セイカからリマインドが来た。
アキは慌てて仕事をしている。この根回しの良さは恐らくセイカの仕業だろう。
そろそろ俺のデバイスにデフォルメセイカが現れる頃かな。
……可愛いよな、デフォルメセイカ。ねん○ろいどとかになったらずっと部屋に飾っておくのに。
『こんばんは。お父さん、良い夜ね』
「ああ、吸血鬼みたいなセリフだな。まずはセイちゃん、お礼が遅くなったけどケイちゃんの事ありがとう。北海道の件以来、少し仲良くなれた気がする」
『何の事?』
「俺とケイちゃん、お互い歩み寄るきっかけを作ってくれたろ?」
そう。セイカ(ロボットの方)は四五口の件で夕方から夜にかけて作戦遂行中だった。
そこから深夜到着で北海道へわざわざ移動する意味などなかったはずだ。
ケイカと俺の容体はデバイスを介してモニタリングできていただろうし、他イジーの件や、帰還者の事など、本部に居た方が都合よかったのではないだろうか。
『……私はお父さんとケイカの容体を傍で見ておきたかっただけ。もし何かあった時には二人の傍に居てたいの』
非効率な行動はしないと思っていたのだけど違ったのか。または照れ隠しなのか、まだまだ娘への理解が足りていない。
「俺はセイカが家族全員の事を考えていてくれて、嬉しかったんだ」
『今に始まった事じゃないわ。ケイカは私の半分で、アキは半分同じ血の流れた妹なの。とても大事にしているわよ』
『……だけど、今日はアキを怒らせてしまったわね』
「まあな。午後から一緒に家事していたからか、機嫌は治ってたけどな」
『タイミングよくフォローできたわね。アキにはケイカへの態度も変えてほしい所なのだけど、ケイカもお父さんにちょっかい出すようになったし、なかなかうまくいきそうにないわね』
「ちょっかい?普通の親子のコミュニケーションだろう」
『……そろそろお父さんの価値観もズレてきだしたわね』
「そうか?まあ、姉妹全員大人だしな。俺から何か言う事もないだろ?」
続けて気になった事柄をセイカに聞いていく。
「それはそうと今日アキから“星守”の話を聞いたのだけど、何か知ってる?」
『それね、私もアキから聞いたけど異世界の人物の事らしいからさっぱりね……あ、そうそう、この“星守”の話はアキにも言ったけど、外ではもちろん組織内では絶対漏らさないでちょうだい。過去の人物とは言え、他と一線を画す種類の魔法使いのようだからあまり情報をオープンにしたくないのよ』
「そうか。まだまだ未知な部分が多いんだな」
他人事の様な言い草だが、未知への焦りはまだ感じていないからな。
そういえば、残った傷の事を報告しておかなくてはいけない。
『わかったわ…それと』
『事務的な報告を先にすると、今日イズライール・ブルースの手術が終わったわ』
「そうか。クックック、俺の大事な物に手にかけようとした事、後悔させてやる」
『ふふふ、そうね。今回は私も流石に頭に来ているから』
哀れイジー、恨むなら自分の軽率な行動を恨むんだな。
「あと肝心なところを確認していなかったのだけどU-6についての詳細な報告が聞きたい」
イジーの事を思い出したら軽くムカついてきたので、話題を変えた。
『異常値検出後、モニタリングポストは正常に稼働中ね。つまり今後、何が起こるか解らなくなってきているわ。消失者のデータあるけど見る?』
デバイスにデータが送られてくる。
「子供?」
幼稚園児…幼児セイカと同世代くらいの男の子供だ。
『この子、出生届もなく、データがないの。名前も不明よ』
「それを聞いただけでややこしそうな一件になりそうだな。発現時期はどのくらい先なんだ?」
『まだ精度は良くないけど、現状で約三か月後と予測されている。発現時期に近づいてくれば、詳細な時間が分かると思うわ』
「で、実際どうなんだ?モニターに異常値が出たから、強い帰還者が現れるのか?」
『そうね。今のところその可能性が高いわね。でも四五口の件で使用した新しい音葉対策機器がその頃に実戦配備できると思うから、作戦に組み入れるつもり』
「まあ、なるようにしかならんだろ。死なないようにだけ気を付けるよ」
『まだU-6については時間があるから打てる対策はしていくつもりよ。それに14日後と一か月後に帰還者発現の可能性かがあるから、まずは目の前を向いていてほしいわ』
「そうだな。あ、自分の事で思い出したけど、萱沼庄八にやられた腕の傷痕が綺麗に消えていたんだ。これどういう事だろ?」
『だから午後に検査に言ってほしいと……明日こそ検査に来てもらうからそのつもりで』
「はーい」
業務的な会話がひと段落したところで、今日のライドルトについて話題が変わった。
「今日から同居人が増えたからな、アキに家でのだらしない恰好とかを改めてもらわないと」
ごくまっとうな父親の悩みを次女に打ち明ける。
『それに関しては心配無用だと思うのだけど』
「そうか?ライドルトだって一応、男だし、アキが露出の多い恰好で家中ウロウロしてたら困るだろ?」
『そういうことね……ごめんなさい、私お父さんに言っていなかったけど、ライドルトは女になったわよ』
「……は?」
『だからむしろ困るのはお父さんの方だと思うわ』
「どういうこと……?」
『だからライドルトは女になったの。物理的に」
「え?」
『ライドルトは過去に性器が欠損したのは知っているわね?』
「ああ、考えただけで玉が縮みそうになるような話だった」
『ライドルトがIOS-MOSAに来てすぐ、本人の意向があって性転換手術を受けたの』
「それは知らないぞ?」
『まあ、言ってないから当然知らないわよね』
『なぜ性転換手術を希望したのか、特に私もライドルトの本音は聞かなかったわ』
「なんでだよ!?大事なことだろ?」
『正直に言ってしまえば、そこはどうでも良くて、今お父さんにお願いしているバイトを以前は彼がやっていた訳じゃない』
「ああ、そう聞いているぞ。ライドルトは他人に取り入るのが上手いからな。適任だったんだろ?」
『それは彼…いや彼女の過去の経歴が光っているところと、あとは……まあ、言いにくいのだけど、男があの子をそういう目で見るのよ』
セイカが言いにくそうに伏せながら言っているが大体分かる。
「相手が男と分かっていても欲情するタイプって事か」
『まあ、そういうことね』
「だから男として欲情されるより、女になって欲情される方が自然だから性転換したと?」
『それもあるかもけど、あの子、私が把握している範囲だけでも何人か同性のパートナーがいるのよ。あまり組織から見て褒められるものじゃないけど』
「え?彼氏って事?」
『そう。結構魔性の美少年よ』
「あんまり想像したくないなあ」
普段のライドルトからは想像がつかないなあ。
『だから正面から聞いた事は無いのだけど、男性が性の対象ってことだと思っているわ』
なんてことだ。ライドルトはサキュバスだったのか!?
イジーもライドルトにお熱だったしな。
「この場合、ヤリチンなのか?ヤリ○ンってことなのか?」
『そんなの知らないわよ。こちらからしたらその彼女の特性を利用して、スパイに取り入ってもらって情報を引き出し、処分する、と言う点ではかなり優秀だったわ』
「そうなんだ。知らなかった。というかアキは知っているのか?」
『まだよ。でもこれから同居する訳だし、教えておかないといけないわね』
だからね、とセイカが話を続け
『お父さんもほいほいライドルトに誘惑されないようにしてね』
セイカが懸念していたところはそこか。
「いや、それは絶対ない。部下に手を出す事はしない」
安心させる意味もあるが、娘の目が届く範囲では絶対そう言う事はしないと決めている。
『ならいいのだけど……言いにくいけど、お父さん……その……してないでしょ?』
「そうだな。未だに夢精していないのが不思議でしょうがない」
『ハッキリ言わないの。よそのご家庭ならキモがられちゃうわよ』
デフォルメセイカがプンプンしている。可愛い。
「だって風俗行こうとしたらアキに阻止されるし、アキはあんなだしさぁ~」
『愛されているわね。良い事じゃない。それに、私もお父さんにはそういう所に行ってほしくないわ』
まあ、肉親のそういう話は苦手だよな。
「他人事だな。深刻なんだぞ?」
『お父さんも性転換して、お母さんとして転性してみる?』
「漢字間違ってるぞ。よしてくれ、息子がきゅーんってなる」
『まあ、だからライドルトに手を出さないように気を付けてね』
「しねーよ。それに俺はケツ掘る趣味はない」
『あら、ライドルトはちゃんと抱けるわよ?』
「え?それって、まさか」
『女性器を作ったわ。具体的には言いたくないけど、分泌液の代わりさえあればできるわよ』
ローションが必要ってことか。てゆーか親子でなんて話をしているのだろう。
「十分情報は理解したから、この話はもうやめよう?」
『……そうね。私も話していて着地点を見失ったわ』
それから話題を変えて、セイカと話しながらランニングを続けた。
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こちらの物語は『俺の仕事は異世界から現代社会に帰ってきた勇者を殺すことだ【フルダイブVRに50年。目覚めた俺は最強だと思っていたけど、50年後に再会した娘の方が強かった話】』
というお話です。
一話から読んでもいいなと思われましたら、以下よりご覧いただければ幸いです。