第十八話 勇者 四五口宗助の冒険①
僕の名前は四五口宗助(しごくち そうすけ)。
中学生の頃のあだ名は【シコロー】だ。当然この下品なあだ名のせいでクラスではいじめられていた。
下品なあだ名といじめられている事も手伝って同級生女子にも避けられるようになり、僕の青春時代は灰色のものとなった。
元々引っ込み思案な性格も良くなかったのだろう。大学も人より前に出られず、僕という存在を認知してもらうこと無く学生生活はパッとしない毎日。
ラブやロマンスなんてものは待っていても現実は向こうからやってこない。
結局僕は灰色の青春時代で学生生活が終わってしまい、これまたパッとしない会社に就職した……。
僕はこれで明るいイベントもなく終わってしまう人生なのだろうか。
「――コ君……シコ君?この書類だけど……」
「――うわっ!神崎さん!どどどうしたの?」
「なんで呼ばれただけでキョドってるんですかー?あはは」
彼女は庶務の神崎さん、誰分け隔てなく優しく接してくれているとってもいい子だ。こんな子と将来結婚できたら、俺の人生一発逆転でこれまでの負け分チャラだよな。
ただ、神崎さんはモテる。そりゃそうだ。こんな性格良くて可愛い子は他の男が放っておくわけがない。
「シコ君はやめてよ。僕の名前は――」
一応僕の方が先輩なんだけど……でも可愛いだけで何でも許されるよね。世の中不公平だ。
「そう?じゃあ宗助君で!」
――これだ。ラブやロマンスはここにあったのかもしれない。
わかっていてもこういう態度で簡単に僕のような陰キャ童貞は騙される。
「でね、この書類なんだけど」
そう言って神崎さんは僕のMRデバイスに向かってスワイプし、書類の確認を促してくる。
「あ、ああ、そこは――」
――気が付いたら定時勤務時間が過ぎてしまっていた。つまり残業中である。
少し、いやかなり浮かれていたようで時間が経つのが早かった。
自分のデバイスを確認すると処理すべき大量の書類がフォルダに格納されている。
(これ、今日中に終わるのかな……)
昨日も家に帰ったのは日付が変わってからだった。
くぁ……あくびがでる、寝不足のことを思い出すと急に眠気が。
オフィスを見回すとこのフロアで残業しているのは僕だけだった。
(……現実と向き合うのは後にしてちょっと休憩してからにしよう)
そう思い、机に伏して少しだけ眠ることにした。
・・・・・・
・・・・
・・
「ううーん……」
しまったな。かなり長い時間眠ってしまっていた感覚があって焦る。慌てて起き上がるとまた意識が途切れてしまった。
・・・・・・
「はっ!?」
かなり眠ってしまった感覚が僕を焦らせる。上司に怒られるかもしれない、慌てて起き上がるとまた意識が途切れてしまった。
『目標、頭部破壊』
『お決まりの復活が始まったな。なんか見てるだけで他に出来る事ないのかね~?』
『無駄口をたたくな。そら、ここからが本番だ』
『――! なんだいつもと雰囲気が違うぞ!?』
『警戒態勢!HQ画像確認してくれ!状況次第で現場から離脱する。いいな!?』
……ここ、会社だよね?残業中誰もいなかったので少し休もうとして寝てしまっていたら誰か来てしまった?上司の声じゃないとしたら誰だろう……怖くて目が開けられない。
なんだなんだ??
意識が戻ると自分の身体が浮いている。僕は夢を見ているのか……?
朦朧とした意識の中、ふと視界に入った違和感に視線が移る。
ナニコレ……真っ黒な戦闘用スーツを身にまとった人達に囲まれてこちらを見ている……もしかして僕を殺そうとしている――!?え?浮いているのって幽体離脱だったの!?僕死んじゃったの!?
(神崎さん――!)
どうしてこんな時に神崎さんの事を考えたのだろうか。これは手遅れの走馬灯……?
そんな時、僕の思い人である神崎さんが窓ガラスをブチ破ってこの修羅場に入ってきた――と思ったら窓を割り、僕と視線を交わすとそのまま逃げて行った。ええーっ!?なんでぇー!?
(待って!神崎さん!僕も連れて行って――)
僕の願いが叶ったのだろうか浮遊している身体は割れた窓から外に流され出た。僕は今コンクリートジャングルを一望できる空に居る……!僕は――自由だ!!
……自由なのか?これは。自分の思い通りに移動ができない。
クロール、平泳ぎなどでどうにか移動できないか試みたがどうあがいても空を切って進まない。
僕はただ漂っているだった。どうすることもできない。
ビュンビュンと僕に向けて銃撃する戦闘員が一人いるけど僕は幽霊なんだ。弾は僕をすり抜け、負傷することなくただ漂う。
僕を置いて逃げて行った神崎さんを見るとさっきの戦闘員から一発撃たれてたけど無事なようだ。
さて……僕はこれから一体どうしたらいい?
攻撃することもできない。
(うわ!なんか飛んできた!なんだなんだ!?)
赤くて大きな何かが僕をすり抜けて落ちていく。そのまま地面に落ちて内容物の粉をばらまいてアスファルトが真っ白に染まった。
「消火器……?」
飛んできた方向を見ると僕を殺そうとした戦闘員が笑っている、あいつらが投げたものだった。
「む、無茶苦茶だ……」
それから次々とオフィスにある備品を僕に投げつけてきた。
(わかった、アイツらは秘密結社のエージェントかではない。ただのシャ○中だ)
その考えに至ったのは、アイツら笑いながらオフィスにある物を手あたり次第投げつけてきて、最終的にオフィスデスクをただビルから真下に落としていた。ただのヤバイ人達だ。
僕は怪我ひとつ無いし、ただ怖いものを見た、そう考えると少し安心した。
あの頭のイカれた奴らはひとしきり暴れて満足したのだろうか、僕の事を恨めしげに見ると去っていった。
めちゃくちゃ怖かった……。
ひと段落したかと思ったら、今度は入れ違いで僕の周りを複数台のドローンで囲まれてしまって鬱陶しい。
ただ監視しているだけだろうと思っていたのだけど、僕に対して電気を流されたり、火であぶられたり、細かい攻撃をしてきている。
何を浅はかな。俺にはほとんどの要素に耐性があるんだ。ただ浮遊しているだけじゃないのだ――
――ん?
何か頭の中に知らない記憶が割り込んでくる。
何を思い出した?耐性?
記憶とは自分が経験した記憶だ。
まだ断片的にしか思い出せる記憶がない。
周りを飛んでいるドローンがうるさいが集中して入り込んだ記憶について考えたい為、浮遊を続けた。
――はっ!?
目が覚めた。このくだりは一体何度目だったか、最悪な記憶を思い出して気絶していたのかもしれない。
ほとんどの思い出したはず……僕に信じられない事が起こっていた。
いや、僕は信じられないことをしてしまった。
外は日も暮れかけの夕方、空を見上げると目の前に神崎さんがこちらを覗き見ていた。
(――!!神崎さん!?)
「…………」
彼女はいつから見ていたのだろうか、
(神崎さん、助けてくれてありがとう。これから僕たちはどうすればいいんだろ……)
「…………」
(ん?っと――)
無言で何も答えてくれない神崎さんは僕を抱きかかえてくれた。
(ごめんねまた僕の体液で汚しちゃったね。そういえば前にもこんなことがあったよね)
「…………」
神崎さんは結構な量の粘液にまみれになっている。僕を抱える際、地面から糸を引いたほどだ。
これが僕の体だ。
そうだ、僕は異世界に居たんだ。何故忘れていたのだろう。
今までの出来事が一本の線で繋がるほどに記憶が戻ったが、忘れていたかったこともある。
僕は神崎さんを殺してしまった。
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最後までお読みいただきありがとうございます!
こちらの物語は『俺の仕事は異世界から現代社会に帰ってきた勇者を殺すことだ【フルダイブVRに50年。目覚めた俺は最強だと思っていたけど、50年後に再会した娘の方が強かった話】』
というお話です。
一話から読んでもいいなと思われましたら、以下よりご覧いただければ幸いです。