[UFC310]レベルの違いを見せつけたUFC王者
UFC310のメインイベントに出場し、デビュー戦がタイトルマッチとなった朝倉海の挑戦は、日本人初のUFC王者という偉業の達成が掛かった大一番となっていた。
鳴り物入りでUFCにやってきた日本人ファイターはUFCでの対戦経験を持たない異例の挑戦者であり、そういったサプライズ的な要素も期待と注目を集めることに繋がっていたが、それ故にその実力を疑問視する声も多くあった。
平良達郎のようにUFCの舞台で時間をかけてその実力を証明してきた訳ではないので、それはもっともな反応だと思うが、朝倉海が過去に決めてきたKO劇は王者にまさかを起こさせるイメージを育み、挑戦者の実力を評価する声に繋がることもあった。
そして今日その異例のタイトルマッチが行われることになった。
対策十分だったチャンピオン陣営
王者であるアレクサンドル・パントーハはタフファイトとアグレッシブな攻撃を持ち味としているが、今回の戦いではそれを控えて朝倉海の攻撃を見ながらタイミングを見計らって攻撃を打ち込むという慎重なスタイルで臨んでいた。
正直、パントーハが従来の戦い方で勝負に臨んでいたとしたら良くない形で噛み合ってしまい、朝倉海有利な流れになってしまうのではないかと感じていたが、そこは流石ATTといった感じで相手が有利になるような戦い方を選択することはなかった。
リスクを取り除き、相手の好きにはさせない戦い方を採用した王者陣営は、朝倉海の武器であるストライキングにも対応し、上手く戦える距離を確保していたように感じる。
カウンターでもらったボディへの膝はかなり危なかったと思うけれど、それ以外ではむしろパントーハの方が上手く打撃をヒットさせていたのではないかと思う。
振り返ってみれば、その時点ですでに実力の差が浮き彫りとなっていたのかも知れない。
浮き足だったようにも見える朝倉海のハイペースに一切付き合うことをせず、落ち着いて冷静に自分のペースを維持していたパントーハは、朝倉海の勢いに巻き込まれることにもなかった。
そのため朝倉海は試合の流れを自分のペースに持っていくことが出来ず、前に出ていくことにも慎重さが出てしまい、挑戦者が王者のペースに合わせていくような流れとなってしまい、結果として主導権を握られる流れとなってしまった。
そうして自分のペースに引き摺り込む事が出来たパントーハは、朝倉海の脅威をスケールダウンさせ、処理しやすい状態へと落とし込んでいくことに成功していたのではないかと思う。
また、1R目にパントーハは朝倉海からテイクダウンを奪っており、そこで組んだ際の対応や力の感じを確かめることにも成功している。
そのリズムを崩すためにも朝倉海は少しペースを落としてジャブやカーフなど攻撃を的確に差し込み、パントーハのリズムを乱していくことで、逆に挑戦者側のペースに合わせさせるように仕向けていく必要があったのかもしれない。
RIZINレベルの認識が招いた自信という穴
そして決定的な展開が生まれた第2Rへと突入すると、朝倉海はパントーハに先手を取られ左を顔面に被弾する。
しかも被弾しながら下がってしまったので、パントーハは一気に攻勢を強めてそこに詰めていく流れとなった。
RIZINのレベルであれば、朝倉海がこういった被弾の仕方をすることはほとんどない上に、仮に下がってもその後のタックルをしっかりと切ることが出来た。
そういった経験が「対応することが出来る」という認識のレベルをRIZINベースで身に付けていくことに繋がってしまい、それ以上の範囲に対応するだけの意識や能力を育てる経験を得ることもなかった為、対応力の天井が国内レベルに留まったままになってしまっていたのではないかと感じる。
RIZINの舞台では大丈夫だったことが、世界の舞台では通用しないことがあり、それよりも一歩先に行くことが求められるようなレベルに設定されている部分が多々あるはずだ。
ここのズレが海外団体での対戦経験の浅さを物語っており、パントーハに差を付けられる一つの要因にもなっていたのではないかと思う。
朝倉海はタックルを仕掛けて来たパントーハに素早く対処し、良い反応を見せることは出来ていたのだが、慌てて動いてしまっていたことで視野が狭まり、パントーハが持っていた「足を掛けて倒す」という狙いにまで反応することが出来ず、上手く合わされてしまうことになってしまった。
つまり、落ち着き払ったパントーハは朝倉海の動きをかなり細かいところまで読んでいたことになる。
それは目には見えない部分で「ファイターとしてのレベル」に大きな差があったことを意味しているのではないかと思う。
これによって朝倉海は不完全ながらもパントーハにバックを奪われることになる。
そしてパントーハがバックのポジションから再び足を掛けて体制を崩すと、朝倉の背中に飛び乗って今度は完全にバックを奪うことに成功する。
そこから一気にグラウンドに持ち込み、四の字でボディをロックすると、パントーハは動く朝倉に合わせて素早く腕を首周りに差し込んでリアネイキッドチョークの体勢に入った。
この場面でも朝倉海は少し早って動いてしまっていたように見えた。
恐らく試合でここまでの展開に持ち込まれたことがほとんどなかった為、焦りが生まれてしまったのだろうと思う。
そこに何とかするという向上心と強い自信が混ざり合って変に熱くなってしまい、冷静さを欠いてしまったのかもしれない。
それによって対処とディフェンスが疎かになり、首を取られてチョークを極められる結果となってしまった。
UFCフライ級と日本人ファイター
パントーハは今回の試合でUFCのレベルを「優遇された新参者」に見せ付け、その違いを結果と内容で示した。
答えを出されてしまった朝倉海はここから改めてその実力を証明する工程を踏んで行かなければならなくなる。
ただ、ランカークラスの実力は間違いなくあると思うので、ランクを持っているファイターを相手に次戦を行っていくことになるのではないかと思う。
そこにはマネル・ケイプや平良達郎といったファイターたちも名を連ねているので、近い将来に対戦が実現する可能性は十分に考えられる。
けれどもしかしたら今回の試合の結果を受けて、そういったランカーではなくランキング外の強者と試合を組まれるようなこともあるかもしれない。
そうなれば転落する危険性はより高まってくることになるではないかと感じる。
実力者が集結するUFCではランキング外にも怪物がウヨウヨしており、場合によってはランカーを凌ぐ実力を示していることもある。
勝負論がある相手として、そういった強豪と復帰戦を組まれてしまったとしたら、一気に立場が危ぶまれるような状況になってくるだろう。
裏ルートから正規のルートに回されることになった朝倉海は、ここから本当の意味でUFCに参戦していくことになる。
これによって平良達郎や鶴屋怜、そして朝倉海といった3人ものファイターがUFCのフライ級で鎬を削っていくことになった。
そのため、この階級は日本人ファンが特別に注目できるような組み合わせが生まれる可能性を多く孕んでいると言える。
そんなUFCのフライ級は今後どういった動きを見せていくのか。
来年のUFCの動向に今から注目が向けられる。