[UFC]王座を証明するベルトの重み
先日行われたUFC285のコ・メインでフライ級絶対王者のヴァレンティーナ・シェフチェンコがアレクサ・グラッソにリアネイキッドチョークを極められ、王座の防衛に失敗した。
調整期間を日本で過ごしたことも報じられていたシェフチェンコは、1Rにグラッソの良い打撃を頭部にもらう場面があったものの、それ以降は低いタックルからテイクダウンを奪い、トップコントロールでグラッソを支配していた。
グラッソの打撃はあと一歩分届いていないケースが多く、シェフチェンコに届かせるまでにはまだ距離があった。
しかし、ベルトに懸けるグラッソは圧力をかけ続けた。
そのせいか、タックルを決めているシェフチェンコが優位に試合を進めているはずのに、スタンドよりも組みを選択してポイントと安定した形に落ち着こうとしているように見え、やや勝負に消極的な姿勢になっているように感じた。
勝利することが最優先なのでシェフチェンコの選択は何も間違っていないわけなのだが、気持ちの面で押されてしまうと何処かの場面で試合を変えられてしまうことがある。
挑戦者と防衛記録を重ねる王者
この2つの立場の大きな違いの一つとしてメンタルの要素が挙げられる。
フレッシュで全力を出し切ることに全霊を注ぐ挑戦者には守るものがない。
しかしチャンピオンベルトを持つ王者には守るべきものがある。
そしてそのベルトは防衛を重ねるごとに重さを増してゆき、資格の証明を行う王者にプレッシャーを与え続ける。
今回シェフチェンコはそのベルトの重さによって心身の動きに乱れが出てしまったのではないだろうか。
テイクダウンを奪ってもこれまで勝ちを奪って来た展開に中々入れず、スタンドでは致命的なものを貰わずともグラッソの圧力を押し返すことが出来ない。
持っている武器はシェフチェンコの方が強力に見えたが、ケージに詰められ勢いと余裕が感じられない上にあの手この手でグラッソの勢いを殺そうと試みるも、グラッソの闘志を弱らせることは出来ていなかった。
けれど7度の防衛に成功している女王はそれでも4Rの終わりまでは試合を優位に進め着実にグラッソからポイントを奪っていた。
しかし4R終盤にケージ側に詰められたシェフチェンコはグラッソのプレッシャーを押し返そうとして一手のミスを犯してしまう。
シェフチェンコは自身が得意とするスピニング・バックキックをグラッソへと繰り出すが、やや雑になったその一撃はグラッソにバックテイクを許すだけの反撃となってしまい、それが致命的ものとなった。
この試合でグラッソを攻略するために有効に働いていたテイクダウンが上手く作用しなくなってきていた4R、守るべきベルトはシェフチェンコの中でより重みを増して来ていたのかもしれない。
グラッソはシェフチェンコの一撃を躱すと、反復練習で染み付かせていなくては出来ないような反射的な動きで組み付き、一瞬でチョークの形に入った。
うつ伏せになったシェフチェンコは首に掛かった腕を外す動きも上手く取れず、エスケープ出来ないまま締め上げられると、しっかりと腕を組み力を込めるグラッソの太ももを大きく叩いてギブアップした。
これまで挑戦者の「勝利を掴む意志」を「ベルトの重圧」のもと悉く跳ね除けてきたシェフチェンコであったが、連勝で勢いに乗るメキシカンファイターを退けることは出来なかった。
しかし、敗戦後のコメントで今回の負けを受け入れながら、自身の負けによってこれからフライ級に新たな動きが出ることを好ましく思っているような発言をしており、元女王の余裕と自信を感じさせていた。
いずれにせよこれで時代は動いた。
その中でまだまだやる気のシェフチェンコはカムバックを約束している。
ウェルター級のエドワーズ同様、グラッソももう一度絶対王者を退けなくてはならなくなるだろう。
失うもののなくなった元絶対王者は思う存分力を振るってくるはずだ。
劇的な勝利を掲げた後に真のチャンピオンである証明にまで辿り着くことは出来るか、グラッソの初防衛戦に注目が向けられる。