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「角の街」お酒カタログ

こんにちは。架空書店「鹿書房」店主・伍月鹿です。
前記事で紹介した「鹿の街」シリーズにて登場するお酒をまとめました。

https://note.com/gentle_shika11/n/n4d3bbae84bc3

皆さまは、お酒お好きでしょうか。お強いでしょうか。
私はおそらく酒に強いゆえに、自分の限界がよくわかりません。
世間一般的にいう「二日酔い」の経験もほとんどなく、過去に二度ほど馬鹿のようなちゃんぽんをしてぐらぐらに酔っぱらった以外に、これといった酒の失敗もありません。オレンジが飲めないのにミックスフルーツサワーを頼んだ失敗を含めるとしたら三回です笑
そんな私が一番お酒を飲んでいたであろう頃に書いた「角の街」シリーズには、様々なお酒が登場します。

作品の解説も含めて文章にさせていただきましたので、是非前記事と一緒にお楽しみください。

蜂蜜酒「叶秋(Yè qiū)」

そこで、下戸でも飲める酒を作ると約束をした。
普段ならば、好みの度数で作るところを、うんと低めに設定し、酒の味を壊しすぎないように仕上げた。
勿論、度数が低すぎると、アルコールとして販売は出来ない。かわりに甘みを強くした酒は、彼の長く美しい髪の色のように透明度が高く、見た目にも優しい仕上がりになった。今夜携えて来たのは、販売する予定のものより、随分と希釈したものだ。いくら友人の頼みとは言え、己が求める味は譲れない。
グラスに注げば、新しい酒はとろりと輝く。
飲む前から香る芳醇さは、酒に弱い友人が、少しでも酒を飲んだ気分が高まるように調整したものだ。

1話「蜂蜜一斗酒家に眠る」

琥珀色の液体は、蜂蜜をベースに作ってある。
酒にとって重要なのは、香りだとわたしは思う。
阿片や国内に出回る安酒のように、刺激的で即物的なものを、美しいとは言えない。薫るならば、シンプルなものがいい。
深みのある木の匂い。アルコールの原材料を生かした、鼻に抜ける香り。この酒には、少しだけ、バニラの香りを付け足した。
逢魔が時から続く闇夜に似合いの、暖かみと、背徳感。安心感、本来ならば身を隠すべき時間に出歩き、浮つく友人との、逢瀬。
そんな喜びを、樽に閉じこめた。
これは、彼の為の酒だ。

1話「蜂蜜一斗酒家に眠る」

ガゼルが、お酒が飲めないディアの為に作ったお酒です。
ベースはウィスキー、香りに蜂蜜を加えたリキュールになります。
ディアが飲んでいるのは殆ど水に近いのかもしれません。フレーバーの詳しい仕組みを知ったのはこれらの話を書いたあとになってからですが、酒の香りで酒を飲んだ気分になるのはノンアルコール飲料が普及した現在なら違和のない描写ですね。

「ライノー大輔、リンヤンですよ。『月夜の叶秋』の」
それは、わたしが、新作につけた酒の名前だった。
これまでの風味を重視したものとは異なり、原酒に甘みを加えた酒である。果物から抽出した蜜でつけた味は、砂糖や化学調味料と異なり、淡い甘みを生み出す。原酒の香りはそのまま使用したから、甘すぎるということもない。
酒になじみがあり、なおかつ、辛い酒で舌を麻痺させていない者。そんな者だけが、その本来の味を感じられる。そういうように作った酒だ。

5話「遠きをいはず直ちに君の花へ」

ガゼルがその後蜂蜜酒を商品化したものです。
ガゼルはとある理由で国の権力者からは存在しないものとして扱われていますが、彼が知らないうちに純粋に造酒家の実力が認められていたと判明するシーンです。
古い習慣に囚われているのは上層部だけで、若い人々は新しい時代に順応し始めていることを描いたシーンでもあります。
日本では鹿肉のことを紅葉と呼ぶことから、月夜に浮かび上がる鹿の角をイメージした名前です。
中国語の漢字の意味に当てはめると葉が覆い繁る秋となり、やはり紅葉を連想することができます。偶然ですが、日本語と中国語の関係を考えると必然なのかもしれません。


麦酒

幼いわたしは、繰り返し口内で、このフレーズを呟いていた。流石に、酒の味を知らない頃の話である。
「大陸産の麦酒が、あの頃は珍しかった」
「これからは外国の酒だ、大陸風だ、なんて騒いでいたけどよ。結局、大した浸透しなかったんだろ」
いまはこの国でも、麦酒が飲める。しかし、近隣国から輸入された粗悪品ばかりで、大陸の味は滅多に見ない。
黄金色の液体は、白い泡を携えてグラスの中で弾ける。未知だったからこそ、魅惑的に思えた色と香りは、いまでもどこか幻想に囚われたままだ。
見下ろしたグラスには、すっかりぬるくなってしまった麦酒が残っている。幼いわたしが思うほど、この酒に甘みはない。天上を連想させた色は美しいが、度数はさほど高くはなく、炭酸ばかりが腹に溜まる。酒は平等に慈しむものであるわたしでも、そう頻繁に口にするものではなかった。

3話「三百六十酔うて日日大常」

ビールです。
この大陸は新大陸を指しています。いま思うとだいぶ説明不足ですね。
ビールへの感想は、当時洋酒ばかり飲んでいた私自身の感想がかなり含まれております。若い頃はほとんどわからなかったビールの味が、いつの間にか美味しいものに感じるようになっていることにはっとさせてくれました。
新大陸のビールといえば、マイケル・J・フォックスの伝記が印象的。アルコールに頼った生活をしていた彼が最後に飲んだお酒のシーンが子供心に印象的で、いまだに「あまり美味しいとは言えないもの」というイメージが強くあります。いまの私は好きですよ……。


黄酒「八仙花(Bāxiān huā)」

ギラフはさっそく木箱を開くと、中の一本を取り出す。
叶秋は、問題なく、院内へ配達され始めている。ならば、まださほど認知のないものをと、メリノや、他の部下たちが勧めてくれたものだ。
この国でも一般的な黄酒である。
加飯酒の製造法を採用している。三年の熟成が必要となるが、アルコール度数が低めで、冷える季節には滋養用にとよく売れる。数年越しの味は、温めると風味が増し、独特な香りが楽しめる。
一般的に作られているものと違って、凝ったのは、その色だ。着色はせず、材料そのままの色を瓶に詰めている。不純物を極力抜き、着色を避けたことで、味は素材のものに忠実となる。カクテルを作るのにも邪魔にならないことで、卸し先は商店よりも、飲食店が多い。
八仙花。名は偶然だが、ラベルを見たギラフは、にんまりと口角をあげた。

6話「半輪の秋月が思えども君へ下る」

黄酒、つまり紹興酒のことです。
(シャンパン同じで「紹興酒」も特定の地域で作られたお酒のことをいうようです)
いなくなってしまったディアを探すために訪れた「国営院」にて、貢物をするシーンです。
一般的な黄酒は黄色ですが、上記製造で透き通った金色のお酒をイメージしています。
カクテルを作るのにも邪魔にならない、つまり「七変化」することから紫陽花の名前をつけました。
物語の後半にかけて、きちんと調べて書きはじめていることがわかります。それっぽさで勝負していた当時の私の甘さもよくわかります。
(初稿で恐らく2015年頃、加筆修正をしていた時点で2019年です。反省会になるのは察してください)


ワイン

「貴方の葡萄酒は美味しいと聞きました。それがいただけるのならば、何もいりません」
呆然とするわたしに、キダの手を握った彼女は、告げる。今度はしっかりと彼女を引き寄せたキダは、悪戯が成功した子供のような笑みを、わたしに向けた。

7話「静夜に思う地上の酒」

ディアの婚約者が、ガゼルへの協力を約束するシーンです。
ガゼルをライバル視しているキャラクター・キダは、学生時代から洋酒を嗜んでいたガゼルの影響で、この国にとって珍しいワインを好んでいました。
ガゼルのワインは、葡萄農家の息子である助手のメリノが開発を手伝ってくれました。ウィスキーや黄酒は熟成する時間が必要なため、利益を得るためにワイン生業を行っています。
このあたりの知識は、故郷小樽の隣町・余市町のウィスキー工場をモデルにしていることがよくわかります。幼い頃から何度も足を踏み入れている場所の一つです。


日本酒

鎖を腕に巻くわたしの横で、ガゼルが、猪口に酒を満たしていた。下戸のわたしはほんの少し。それでも、香りは楽しむことが出来る。
「ディア」
硝子の猪口を潤した、透明な清酒。
甘く口に蕩ける、水のような酒。
猪口についた繊細な足を、彼が差し出す。受け取る時に触れあった指は、ひどく、暖かった。
いつか、話したことを思い出す。
極上の酒を見つける物語。ガゼルも見つけたら、魚の姿になってでも、わたしに知らせると約束した。
あの時話をした酒は、多分この、美しい泉のことだったのだろう。わたしは受け取った酒を、胸いっぱいに吸い込む。

7話「静夜に思う地上の酒」

本編ラストシーンのため、ストーリーの解説は割愛します。
日本酒にとって純粋なのは美味しい水から、と散々聞かされて育ちました。故郷小樽には雪解け水を使った美味しい日本酒がたくさんあり、工場ではその水を飲むことができます。
酒好きの両親が幼い子供をあちこちの酒造所に連れて行っていたことがバレますね。お酒の工場っていい匂いがするから好きです。


ここからは番外編に登場する、実在するカクテルです。
番外編「相看て厭わざるは只有るふたつ」はマフィアパロです。
作中でガゼルは珍しい外国のお酒を使ってカクテルバーを開いています。本編とは異なる世界観のため(中華風ですが、どちらかというと西洋のアジア街的な世界をイメージしています)、本編では極力使わないようにしていたカタカナを解禁しています。

モスコミュール

椅子を確保して、その姿を見上げる間も、ガゼルは手を休めない。
いま、長いグラスに注がれているのは、透明なウォッカだろう。ライムを搾り、その実もグラスに沈む。最後に勢いよく色のついた炭酸ジュースが注がれると、程よい酸味が、香りとなって嗅覚を刺激する。

「喧嘩をしたらその日のうちに仲直り」というカクテル言葉があるお酒です。単にこれは当時私が好きだったお酒な気がします。

エル・ディアブロ(悪魔)・カンパリソーダ

酒は、大体行きわたっていたようだ。ガゼルはショットグラスとタンブラーグラスを用意すると、一つにはクレームドカシスとテキーラを注いだ。割るのに使うのは味のない炭酸水だ。もう一つにはカンパリと、先ほどと同じ炭酸を割って、オレンジを飾る。
二つを、極彩色をしたコースターに乗せると、完成だ。出て来たグラスに、レインが目を丸くする。

エル・ディアブロのカクテル言葉は「気をつけて」
カンパリソーダは「自由」です。
どちらも真っ赤なカクテルですが、プリグリに出したエル・ディアブロの方が辛口のお酒です。
罠にはめて泳がせている存在を相手にしているプリグリに対し警告を発するガゼルの粋な計らいです。

ピーチレディ

一方ガゼルは、桃色のシロップを取り出すと、牛乳と合わせた甘い酒を用意していた。ピーチレディと呼ばれる、ジュースのようなカクテルだ。可愛らしい見た目に辟易するが、受け取ったギラフは、嬉しそうに喉を鳴らす。

カクテル言葉は「純愛」ですね。お兄様(ディア)大好きな彼にぴったりなお酒です。
全然関係ありませんが、北海道ではピーチリキュールを烏龍茶で割ったカクテルを「クーニャン」と呼びます。確か最初はそっちで書いていて、全国的なものではないと知って変えたような記憶があります。


陽炎

ちょうど砕いたばかりの氷を、口の広いオールドファッショングラスに詰めた。シェイカーには二種のリキュールをベースに、ホワイトラムを注ぐ。全体を整えるのは、新鮮な果実を使ったレモンジュースだ。
ディアの演奏に妨げにならない程度に、シェイカーを振る。軽やかな音にテーブルの視線が僅かに戻るのを感じながらも、最後まで気を抜かないのがわたしの流儀だ。
おとなしく酒を待つ男のグラスに、出来上がったものを慎重に注ぐ。
鮮やかな色と香りの酒だ。

珍しい柿のリキュールをベースにしたカクテルです。
これはまだ飲んだことがないお酒です。カクテルのレシピって眺めているだけで楽しくて好き。


「角の街」には執筆当時のお酒への憧れが強く反映されております。
大抵の味を知ってしまったいまとなっては、書けない描写が多いのかもしれません。プロットや設定作りも甘く、下調べも足りていない面でももう書けないと感じる分、当時の気持ちをいつまでも思い出せる作品です。

伍月鹿の原点として、何かの折りに触れて頂ければ嬉しいです。

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