心不全治療薬エンレストの開発経緯と、切替の仕方
心不全の新たな治療薬として登場したエンレスト!「ARNI(アーニィ):アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬」という新しい作用機序を持つ薬ですね。
アンジオテンシン受容体はARB等でお馴染みですが、ネプリライシンなんてのは初耳の方も多いハズ。
開発されるまでの歴史を紐解くことで、この作用機序についても理解が深まるかと思います!
ざっくりですが、どうぞご覧下さい!
心不全に関わる因子
血行動態バランスは
・心拍出量
・循環体液量
・血管抵抗
が関わっていますが、交感神経系やレニン・アンジオテンシン・アルドステロン(RAA)系が調節に関わっています。
これらを抑制することで心不全に対する予後改善効果が認められた薬がそれぞれ以下の通りです。
・交感神経系の抑制→β遮断薬
・RAA系の抑制→ACE阻害薬、ARB、MRA
ナトリウム利尿ペプチド系
ナトリウム利尿ペプチド系は心不全の発症と進展に対し抑制的に働くことが知られています。
・心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)
・脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)
・C型ナトリウム利尿ペプチド(CNP)
これらの3つのペプチドが知られています。日本ではヒトANP製剤カルペリチド(ハンプ)が使用されていますね。
ハンプは注射薬なので、基本的には短期間しか使用しない薬です。そのため短期的な作用(急性心不全に対する作用)は認められているものの、長期的な作用(慢性心不全に対する作用)は明らかにされていませんでした…!
ハンプの内服薬を作りたい
残念ながらナトリウム利尿ペプチドそのものを内服薬にはできていません。しかし、これを分解する酵素「ネプリライシン」を阻害することでナトリウム利尿ペプチドを増加させられる「ネプリライシン阻害薬」なら内服薬に出来そうだ!という訳で開発が進みました。
①ネプリライシン阻害薬単独
ANP血中濃度上昇は認めたものの、高血圧患者の血圧低下作用は認められなかった……
②ACE阻害薬+ネプリライシン阻害
①の反省をふまえ開発続行です。今度は合剤にしてみました!
しかし、エナラプリル(ACE阻害薬単独)と比べて心不全リスクを低下させることができなかった……
さらに、血管浮腫の発現リスクがエナラプリルの約3倍……これは、ACE阻害薬とネプリライシン阻害薬が共にブラジキニン増加作用を持つことが原因でした。
血管浮腫は重症になれば致死的となる可能性があります。これでは使い物にはならないので失敗でした。
③ARB+ネプリライシン阻害薬
ARBであればブラジキニン増加作用は無いので、血管浮腫の発現リスクを下げられそう!今度こそ開発成功を目指せるはずだ!
そんなわけで、ARB+ネプリライシン阻害薬の結晶性塩複合体であるARNI サクビトリルバルサルタン(エンレスト) が開発されました。
まとめ
いかがだったでしょうか?こんな経緯で開発されてきたんですね。
ところで、
「ACE阻害薬からエンレストに切り替える場合は36時間以上間隔をあけること」
「ARBからエンレストに切り替える場合は間隔をあける規定は無し」
というルールが添付文書に記載があります。前述のような経緯があったので、ブラジキニン増加による血管浮腫発現リスクを懸念し、ACE阻害薬とネプリライシン阻害薬を併用しないようにするためのルールなんですね!
エンレストからACE阻害薬orARBに戻すときも同じルールが適応されますよ。
さて、最後に…
正しい表現ではないかもしれませんが、エンレストとはハンプ風味のARBと表現するとわかりやすいかもしれません!
では!
参考文献
月刊誌「薬局」2022年3月 Vol.73 No.3
心不全薬物治療の道しるべ 南山堂
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