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ゆれる、まなざし

国鉄キハ82のライトケースは、設計者の星晃氏によれば、六角形なのだそうです。
小径のシールドビームとマーカーライトを包む、滑らかな曲面で構成されたケースは、切れ長な目のようです。
これを女性的、と言ってはいけないでしょうか?
目頭を丸く、目尻を車体の流線型に沿って水平に長く流す優美なかたちは、小田急ロマンスカーNSEにも引き継がれました。

画像左端に、キハ82と同じ1961年製の名鉄パノラマカーを並べてみました。
前頭部を展望席にした、日本におけるパイオニアですが、ライトケースの形状はどうでしょうか。目尻も丸いので、まるで草鞋か小判のようです。
もっとも3年後に登場した、ベルトーネの手になる日野コンテッサの先取り、と言えば言えるかもしれません。
とはいえ、つまり、コンテッサの眼差しには、色気が欠けています。

1961年製の同期といえば、南海のデラックス・ズームカー「こうや」もそうでした。これは「こだま」を意識したのか、山岳線仕様のためか、前照灯3灯で、ライトケースを目に見立てるつもりはさらさらなかったようです。

キハ82系は、趣味誌の絵解きなどにしばしば、非電化の女王、日本海のクイーンなどと書かれました。
女性に例える形容は、華やかな同じ塗色で先行デビューした「こだま」や「はつかり」では見られなかったことです。
やはりキハ82の切れ長の眼差しが、女性的な印象として共感を集めたためのような気がします。
日本の鉄道で、女性らしさが通念となった車両は、これとC57くらいしか思い浮かびません。

キハ82の後継車キハ181は、キハ82の基本デザインは継承しつつも、ライトケースは長方形に変わりました。
すでに車両設計事務所から異動していた星氏は「改悪」と嘆いたようです。
しかし、先代に比べて大幅な出力向上を果たし、スピードアップに貢献したキハ181には、力強い角形のライトケースはよく似合っていたと思います。

車両のデザインに、男らしさ、女らしさを持ち込むのは、豊かな営みに思えます。
鉄道車両に、性別をあてはめる遊びも楽しいかも知れません。
「こだま(20系電車。改称後の151系)」は男性で、「あさかぜ(20系客車)」は女性、などと。
いや、この対比には、「太陽」と「月」の方がふさわしいでしょうか。

キハ82、小田急NSEのフェミニンな印象を受け継ぐ車両が現れずにいるのは、少し淋しい気がします。
難しい時代ですが、果敢に挑戦する鉄道やデザイナーの登場を期待したいと思います。

本稿は、小椋佳の「揺れるまなざし」を聴きながら、書きました。
タイトルは、
ー「ゆれる、まなざし」
半世紀ほど前の、資生堂の広告から拝借しました。

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