ビジネス法務・2025年2月号「カスハラ対応における法務部の役割」
2025年2月号のビジネス法務においては、特集2において「決定版!カスハラ対応の実践ガイド」の特集が組まれています。
カスハラ事案の相談を受ける法務部員も多いと思いますが、この記事では、今回の特集を参考に、法務部におけるカスハラ対応について個人的に思うことをまとめました。
カスハラへ対応の困難性
2022年2月、厚生労働省は「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を制定し、2024年10月には東京都が「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」を制定しました。
この流れの中で、多くの企業がカスハラマニュアルや対応ポリシーを制定・公表するに至っています。
しかし、カスハラ事案においては、いくら基本方針やマニュアルを制定したとしても、次の論点があるため企業においては難しい対応を求められるケースが多いといえます。
お客様ファーストとカスハラ対応の相克
日本の企業文化では「お客様は神様です」という言葉にあらわれるように、お客様ファーストの考え方が根付いています。
一方で、昨今のカスハラ対応の法制化やマニュアル・ポリシーの制定は、カスハラに対して企業は毅然と対応することを目的としています。
このように、お客様ファーストとカスハラ対応という相反する考え方のもと、どのようにバランスをとって対応するかについては、現場では難しい判断が迫られることが多いのです。
カスハラと正当なクレームの境界線
次に、カスハラと正当なクレームははっきりとした境界線を引くのが難しい、という問題があります。
実際のカスハラ事案は、企業側の「落ち度」によって発生することが少なくありません。
企業側にも顧客からのクレーム発生において過失がある場合、顧客のクレームを正当な範囲と捉えるか、あるいは社会通念上の受忍限度を超えた不当なものととらえるかは、主観的な判断を多く含み、かつ、総合的な事情を考慮しなければならないため、困難なものになりがちです。
法務部の役割(事案の集約と対応事例の集積)
カスハラ事案は主に顧客と直接接することになる営業部門やCS部門で発生することが多いです。
しかし、上記のような難しい論点を含むカスハラ事案の対応においては、法務部も積極的な役割を果たしていくべきだと考えます。
ここで、法務部が果たすべき役割は、「事案を集約して対応のイニシアティブをとること」と「対応例を集積すること」がキーになります。
もちろんカスハラ事案を予防するために、基本方針やマニュアルを策定し、研修を実施することも重要です。これらにおいては、今回の特集における「カスハラの実務対応」記事(著者:香川希理氏)が参考になります。
しかし、カスハラ対応で難しいのは、実際にカスハラ事案が発生した際における正当なクレームか悪質なカスハラかの見極めと、悪質なカスハラに対してどのように従業員を守るか、という点になります。
これらの論点においては、現場の営業部門やCS部門に任せるのではなく、法律に精通し、外部の法律事務所とのコネクションを有している法務部が一元的にカスハラ事案の相談を受け、事案対応のイニシアティブをとることが有効だと考えられるからです。
法務部にカスハラ事案の相談を集約することで、発生事案と対応した内容の情報について一元的に集積・管理することができるようになり、カスハラ事案のPDCAを実行しやすくなるメリットもあります。カスハラ対応のPDCAについては、今回の特集における「カスハラ対策の『本質』と運用上の注意点」(著者:吉森大輔氏)が参考になります。
このように、法務部がカスハラ事案の相談を受けることで、正当なクレームか悪質なカスハラかの判断を一元的に行い、カスハラマニュアルやポリシーに従って現場の担当者の対応方法をアドバイスし、悪質な場合には顧問弁護士への依頼も含めた対応をすることができるのです。
そして、実際に発生したカスハラ対応事案を集積していくことで、対応の精度をあげて研修やポリシーのアップデートにつなげることが可能となるのです。
カスハラ対応での弁護士の役割
私は企業内弁護士に転職する前は法律事務所で弁護士として働いていましたが、モンスタークレーマ―対応や反社会的勢力の排除は弁護士に依頼すべき案件の代表例と言えます。
モンスタークレーマ―や反社会的勢力は、現場担当者の法律の不知や「お客様は神様である」といった力関係を不当に利用して、不当要求行為に出るのです。
しかし、現場の担当者や個人から弁護士へと対応窓口を切り替えることで、ほとんどのケースで不当要求行為は収まります。
法律のプロである弁護士に不当要求行為を続ける場合のリスクは、不当要求行為者自身が一番よく知っているからです。
※もちろん、対応窓口を引き受ける弁護士の仕事は大変ですが…。
このような経験から、私は、企業においてカスハラ対応を行う場合、悪質な事案に対しては顧問弁護士に依頼する選択肢を念頭に入れて対応すべきだと考えます。
そうすると、やはり、カスハラ対応においては、顧問弁護士とコネクションを持っている法務部がカスハラ事案の一次的な相談を引き受けるのが最も適しているといえます。
ビジネス法務・2025年2月号 まとめ
今月号のビジネス法務においては、カスハラ対応の実践ガイドに着目して今回の記事にしました。
ほかにも、「株主対応を見据えた議事録実務の総点検」といったコーポレート法務において実践的な特集や、ステーブルコインといった新たな決済手段と法制度の解説(「法務担当者が知っておきたいステーブルコインの実務」著者:清水音輝氏)、「『知的財産取引に関するガイドライン』の概要と改正の要点」といった最新の法律トピックが幅広くカバーされています。
日々の仕事をこなしながら法律知識をブラッシュアップする時間を取ることは難しいですが、忙しい法務パーソンこそ、毎月のビジネス法務で最新の法律論点をアップデート習慣化することをお勧めします。