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連載小説 サエ子 第10章

タコライスとオム焼きそば

これ、山本だよね?とサエ子は呟いた。間違い無いな、と俺も答えた。

「どうしよう武史、アイツ何かの運転資金がいる、とか言っていたから、絶対ここに来るよ、」と言うが、「待て待て、先ず、お前を吉田と呼んでいるからには、俺たちの結婚も知らないだろう、当然情報も漏れていない、画面から場所の特定は難しいと思う、」サエ子は少しホッとしたように見えた。

心配なのは、YouTuberの平井敦子だった、彼女はホームページに住所を晒している。彼女のフォロワー達は、そこに子ニャンズがいると信じて、色々送ってくれるのだ。皆、猫と一緒に居るのが、ハンドルネーム:アッちゃん本人だと信じているだろう。これを山本サイドから言うと、モニターに映るサエ子が偽名を使っているか、友達と一緒に動画を作っていると解釈しただろう。

俺達は、急いで敦子に電話をした。サエ子の事情を知る彼女は、山本の書き込みに気付いていた。彼女の家はマンションの7階なので、モニターに見える一戸建て風の背景と矛盾しているし、しっかり施錠をしておけば心配無いだろうと俺達は思っていたのだ。その時は

勤務中に、敦子に警察から電話があった。部屋に侵入しようとした空き巣を捕まえたらしい、事情聴取をしたいので、中町署に出向いてほしい、丁度良いので、俺達は、警察に話を聞いてもらおうと思って、4人で出かけた。

敦子とテレフォン室主任の樋口良子さん、そして俺とサエ子だ。

逮捕されている不法侵入者は、山本ではなかった。若い男で、両腕にビッシリ刺青があり、どうやら使い走りらしく、通帳・印鑑・保険証書を探して、持ち出すのが役目だった。それ以外の盗品は、持ち去って良いという話だった。彼曰く、事前に調べてマンションが午前10時には、殆ど無人になり、管理人も一旦部屋に入るので、大きな音を立てなければ大丈夫だ。と言われたようだ。

一方、敦子のマンション3階の住人、キッチンカーでの商売人が、丁度その時刻に、用意の食材を積み込み、ふと見上げると、屋上からロープを伝い、敦子の部屋のベランダで、何やらゴソゴソする男を発見、即通報で逮捕となった。

警察としては、下から見上げた状態で、部屋番号と居住者を特定して電話して来た彼も、ちょっと怪しまれていた。どうやら、通報者の面通しも兼ねて彼も呼ばれて居たのだ。

警察署では、マジックミラー越しに犯人を見せられたが、全員が知らない男だった。移動して通報者の居る部屋に入ると、良子さんと敦子さん、そしてサエ子が同時に「アッ、タコライス屋さん」と声を上げた。彼は中町公園で、キッチンカーを出している人だった。彼が言うには。

「キッチンカーは、客の顔が見えない構造になっているのですが、ある日、敦子さんが、受け出し口を覗き込んで、「タコライスに、蛸入ってなかったよ!気を付けてね」とクレームを入れて、サッと帰ってしまった。あんまり綺麗な人だったので言い返せなかった。翌週から蛸入れてます。先日偶然同じマンションだと知り、ついつい、それとなく見ていたんですよ、何かしようとか、そんな事思っちゃいません、ただ、タコライスは蛸でなくて、タコス入りライスと言う説明がしたかったんです」それを聞いて女性3人は下を向いて顔を赤らめた。警察は見回りの約束と、緊急連絡用の番号を俺にくれて、新情報が出たら連絡をくれると言う事で、その日は解散となった。

外に出ると室長の良子さんのご主人が車で待機して居られた。タコライス&オム焼きそばと看板を挙げたキッチンカーもあった。タコスの青年が「同じマンションだし、乗っていってください」と敦子に言うと「ワー、キッチンカーに乗るの初めて嬉しい」「良かったら夜食に、オム焼きそば差し入れますよ」「ワーイ!」なんて言って去っていった。

帰りの車中で、室長のご主人カッコ良かったねえ、タコライスカップルが出来そうだねえ、なんて話していた俺達だったが、帰宅早々に怒りのニャンズによじ登られながら、懸命にご飯の準備をするのだった。

翌日の昼休み、敦子が買ってきた、タコライスとオム焼きそばの御相伴に預かっていたら、サエ子のスマホが鳴った。滅多に無い事なので、俺がスピーカーモードにして、サエ子が「もしもし」と出ると、すごい早口で「やっと辿り着いたぜ、ネットの画面で見つけたんだよ、あの変な柄の、俺に重傷を負わせた猫!センターから引き取ったのはお前だったんだってなぁ、慰謝料払えよ、こっちは診断書だってあるんだ。逃さねえよ」俺がスマホを渡せと合図すると、サエ子は被りを大きく振って、息を吸い込み「山本さん、猫は死んだよ3匹とも、あんたが鉄パイプで殴り殺したんだ。目撃者もいる、何なら映像もあるよ、猫にカメラ取り付けてあったからね、動物虐待で訴えてやる!逃げるなよ、それから、1000万返せ! 母ちゃんの保険金を返せ、詐欺で訴えてやる!逃さねえよ!」サエ子が捲し立てると山本は無言になった。

ツーツーツー、電話は切れていた。


つづく


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