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連載小説 サエ子 第12章/最終章

波路(なみじ)

ペットホテルに迎えに行くと、3匹は大騒ぎで飛びついてきた。部屋に戻ると、小さな本棚に白い布を広げ、お位牌を設置し、花と水を供え、写真は劣化しないうちに業者に頼んで加工とデータ化の依頼を決めた。

何をしていても猫ズは2人の体によじ登り、ぶら下がって離れない、ご飯になっても、3匹揃って食べながらウニャウニャと文句が止まらないのだ。本当に、ごめんよニャンズ! 夏休みは後2日もある。チュールもあげようね!

翌日満腹で爆睡する猫達を見ながら、サエ子が「ねえ武史、私ね、海が怖くて遠くまで逃げて来たんだけど、いつか いつでも良いんだけど、帰りたいな私の町に、遊びに行くんじゃなくて、あの辺に住みたいなって思うの」と伏目がちに、辛そうに言う、俺 知ってるから、「そうだね、俺もあの街が気に入った。だから、いつか! じゃなくて、少なくとも、冬が来る前に、引っ越ししようよ、猫達も連れてさ、正月はサエ子の故郷で迎えよう」

休み明けに、職場の上司に事情を話し、1〜2ヶ月で退職したいと申し出たところ、彼の上司に当たる人が、テレフォン室長のご主人なんだって、サエ子がこの職場に来た頃、酷い睡眠障害で通院していて、眠ると追ってくる大音量の波に1時間で覚醒してしまう、どんどん痩せていくし、随分心配したんだって、それを救ったのが、俺の鼾らしいのさ、サエ子曰く、体の大きい武史の鼾は、怖い夢を撃退する子守唄なんだって、驚いたよ、俺もあの頃は先行きの不安で、ちゃんと眠れなくて、横になって30分で自分の鼾で跳ね起きていた。俺自身も赤ちゃんポストの出身で頼れる身内は皆無だから、サエ子が横で寝ていることが、本当に安定剤の様になって助かっていたんだ。

結局、お正月はサエ子の故郷で迎えた。故郷の役場は、俺達に優しかった。

仕事も家もすぐ決まった。

それから5年、俺達は饅頭屋をやっている。子供が1人と、猫3匹で

店の名前は波路、なみじと読みます。

波に弾かれて、遠くへ逃げていたけれど、追って来た足元の波紋に気が付いて、それに乗って戻って来た。 だから饅頭の焼き型は「波路」なみじだ。

波に導かれ、帰ってきました。やっぱり海が、故郷が好き、そんな思いで。


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