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異形者達の備忘録-16

保護者

私はユリ、中学生です。放課後に蕎麦屋で、バイト中です。今日は同じクラスのヨシオ君が母親と来店した。ヨシオ君の母親に「お家のお手伝いしているんですってねぇ、偉いわね」と声を掛けられた。はいと言って、「ご注文は?」と聞くと、「じゃあ天ザルふたつ、お願いね」と言われたので、びっくりした。だって、ヨシオ君が、蕎麦アレルギーだと言うことは、クラス中が知っている事だったのです。「おばさん、ヨシオ君は蕎麦アレルギーだよね」思わぬ大声が出てしまった。ヨシオ君が慌てて言う「ああ俺、ちょっと寄っただけで、先に帰るんだよ、用事あるからさ、ね、母さん」と言った。母親が「ええそうね、」と言うのを待って、ヨシオ君は店を出ていってしまいました、それじゃあ天ザル蕎麦は、一人前でいいですかと聞いたら、「いいえ、ふたつお願いします。」と言うのだ。彼女は全部ペロリと平げ、お会計を済ませて帰っていった。そろそろ閉店という時間に、店長が厨房で手招きするので行ったら、厨房の隅のテーブルにヨシオが君が座って、今しがたオムライスの最後の一口を食べ終わる所だった。彼は従業員専用口から入って来たらしく、店長は折り畳んだルーズリーフを私に渡し、ヨシオ君がこれをユリさんに渡してくださいって言って、帰ろうとしたんだけど、厨房の良い匂いに、彼の腹の虫がグゥ〜ってね、聞けばこの2日の間、給食しか食べていないというので、女房が特大オムライスを無理やり食べさせたら、この通り、ペロッさ、ヨシオ君は「アッ、ごめんなさい、いや、ありがとうございます。」と言って、汗をかいています。笑いながら彼の持って来たメモを見ると、

おれ、家を出て1人でお父さんを探しに行く、野球部と担任によろしく言っといてくれ、ごめんねユリさん変な事頼んじゃって 母さんが変になっちゃった。と書いてある。蕎麦屋夫婦と私と3人で読んだ。

ヨシオ君が言うには、数日前に両親が大喧嘩していて、目が覚めたんだけど、部活ですごく疲れていて、またすぐに眠ってしまったそうだ。朝になると父親はいなくなっていて、もう会社に行ったのかと思っていた。父さんはそれから一回も帰って来ないし、母さんは全く俺の世話をしなくなった。食事は自分のだけを作って食べているようだし、話しかけても返事をしない、母さんは体も弱いし、夫婦喧嘩で精神が壊れてしまったんだと思う。俺は父さんの会社に行って、今の母さんの様子を、早急に知らせたいんだ。俺では、母さんを助けられないから、父さんに助けてもらおうと思うんだ。一気に話すと、ヨシオ君は声を出さずに震えて泣き出した。

店長は、「ヨシオ君、片付くまで俺たちの家にいなさい、いいね、」ヨシオ君は頷いて、「ありがとう、おじさん」と言った。私が、「ヨシオ君、携帯は? お父さんの会社の電話番号とか、そうだ!お父さんの携帯の番号は?」と聞くと、先月に入る前、もう携帯は暫く我慢してくれって、父さんが解約しちゃったんだ。俺、携帯に、父さんとか婆ちゃんとかの連絡先入れていたから、父さんの会社の名前しか分からないし、どこにも連絡とれなくて、と、またポロッと大粒の涙をこぼした。最後の客を確認して、閉店をして奥さんが来て、「ヨシオ君、大丈夫よ、会社名がわかれば電話してあげるからね、今夜は家でお風呂入ってお菓子食べて寝なさい、お風呂入ってないでしょ?」と笑っていた。私はヨシオ君を引き受けてくれたご夫妻に、感謝しながら賄い弁当を持って、帰って来た。

部屋に入ると、ノートパソコンは既に開いていて、地図が起動している。こんなことは初めてだった。弁当が冷めるのも忘れ、妙な胸騒ぎに突き動かされ、パソコンの前に座った。場面は切り替わり、言い争う男女がいる。

「何度も言わせるな!会社は倒産したんだ。この家を売って引っ越すしか無いんだよ。」「だから、引っ越しは嫌だと言ってるじゃ無いの、住む場所まで、取り上げるって言うの」「だから、俺の実家に住めると言ってるだろう、実家は広いんだから、数年我慢してくれよ、頼むからさぁ」女性は金切声をあげて、近くに有る物を、手当たり次第投げ出した。男性は寝室に逃げてしまい、女性は泣きながら棚のウイスキーを取り出し飲み出した。

静寂の中、寝室のドアが開き、包丁を手にした女はベッドに突進し、寝ている男を何回も何回も刺し続けた。

昼間、部屋の温度はエアコンで最低になっていた。女が買って来たらしい大きな袋からドライアイスをベットの上に山積みにした。それを青いシートで押さえると出ていった。リビングに困った顔のヨシオ君がいた。「母さん、大丈夫なの顔が凄く青いよ」それに対する返事はない。「行って来ます」ヨシオ君は出ていった。

本当にすみませんが、気が付くと暗い画面の中に、パジャマの男性がこちらを向いて立っている。「妻は壊れてしまった。アイツは犯行をヨシオに見られていると思い込んでいる。ヨシオが危険だ。どうか警察に通報して欲しいお願いします。

私はすぐに連絡帳を見て、ヨシオ君の家の住所を確認した。携帯で110番に連絡する「もしもし警察です。何かありましたか?」「私は〇〇(ヨシオ君の母親の名前)です。すみません二階の寝室に不審者がいるようなので、すぐ来てください、住所は〇〇です。それから煙も出ているようなので消防もお願いします。」「わかりました、すぐ伺います」本当にすぐにそれほど遠くない救急車のサイレンとパトカーのサイレンが聞こえた。ヨシオ君のことが心配だった。あんなに優しい子なのに、こんな酷いことってあるのか? 涙が止まらなかった。

翌日、当然ヨシオ君は休んだ。担任はもう事情は知っているのだろう。帰りのホームルームでヨシオ君は、お家の事情で転校することになったと、告げられた。バイト先の店長は、隠さずに、朝のニュースを教えてくれた。ヨシオ君は、田舎のお婆ちゃんの家に引き取られることになったそうだ。とても優しいお婆さんだったよと話してくれた。

おしまい


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