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ショート ねぎ坊主

夫婦は揃って60歳を超えた。末娘が、去年結婚して家を出た。私達には3人子供がいて、女の子ばかりで、寂しさもありましたが、娘が嫁ぐのは、自然なことだしね、夫婦2人に戻っただけのことです。

古マンションをただ同然の価格で売り飛ばし、貯金と合わせて郊外に一戸建てを購入しました。平家の小さな一戸建てに不自然なほど広い庭、庭で作物を収穫しようという企てがあったのです。俺は農家の三男坊で、妻は農家の末っ子で農大を卒業してます。2人とも土いじりが大好きでしたが、共働きと子育てで、時間が取れませんでした。農業には、自信もある分けで、もうワクワクで収穫までのスケジュールを立てました。数年後には、ミニトマト 枝豆 ナス じゃがいも オクラ ラディッシュ ピーマン ルッコラ とうとう大根や長ネギまで収穫する様になった。また、畑の向かい側には、1人親支援の為の法人アパートがあり、そこの子供達(2歳から14歳)が、報酬は収穫した野菜!ということで、手伝ってくれて、毎日ワイワイ楽しく畑仕事をやっていました。さすがに2歳児は癒し担当です。収穫した野菜は、勿論3人の娘達にも送っていました。料理上手の長女はどんな食べ方をするのかな、なんて思いながら連絡を待っていました。

そんなある日、やっと長女から電話が来まして、「スーパーに並んでいるものを、わざわざ送ってこないでよ、お隣に見られてさ、野菜送ってもらっているの?大変なのねえ、なんて言われたのよ、はずかしいからやめて」って言われちゃいました。そんなこともあるのかと、驚きました。そして、次女も三女も野菜の処置に困っているんだって、言うんです。謝ってさ、もう送らないよって、電話を切った。

美味しくて安全な野菜を作って、子供達に送ってやるのが、俺達の夢だったのにねえ、翌日は何もする気になれなくて、2人揃って畑に出ることもなく、何杯目かのお茶を入れ、庭に面した廊下に座り続けて居ました。子供達の「おじさーん、今日は畑しないのー」の声で、揃ってハッとした。慌てて庭に出ると、収穫できる野菜をたっぷり持たせてやった。中学生の子供に「何も手伝っていないのに、すみません、助かります、ありがとうございます」なんて言われてしまった。その夜、晩酌をしていると、インターフォンが鳴った。

出てみると、子供達の母親が3人立っていた。「あのぅ、子供が、お二人共元気が無い、きっと病気だっていうので、夜分失礼とは思いましたが、心配で」「熱測りました?」「ご飯食べられましたか?」「車あるから、病院まで行きましょう、私達付き添いますから」口々にこんなことを言うものだから、俺もジワっと来たし、女房は割烹着を顔に押し当てて泣き出してしまった。俺達は心配してくれた3人を居間に招き入れ、ビールと枝豆をお出しして、元気を無くした理由を話しました。女房は、電話の話をしながら泣いてしまいました。

ところが、聞いていた3人のママ達が、肩を震わせて大泣きし始めて、私達は驚いてしまったのです。スリムで高身長のママが、「すみません、つい思い出してしまって、懺悔みたいな、私の話を聞いてください」皆、コクコクと頷いて待つと「私の家は、母と私と弟の3人家族で、古い団地でした。母は幾つもの仕事を掛け持ちで働いて、私を看護学校にまで通わせてくれました。それなのに卒業の年に妊娠して学校を辞め、強引に家を出て2人目がお腹の中にいる時に、離婚して、母子家庭になってしまいました。夫は慰謝料も教育費も払うことなく消えてしまい、毎日パートの掛け持ちと子育てでヘトヘトになっている時に、母から小包が届いたんです。中身は不揃いなミニトマトが10個。私は無性に腹が立ってしまい、母に電話をかけ、怒鳴ったのです「何よあれ! こっちは毎日ヘトヘトになって日銭をかせいでいるの!あんな物!2度と送って来ないで!」自分の不幸を全部は母にぶつけてしまいました。翌日夜、住み込みで働いている弟から、母が倒れたと電話をもらい、病院に駆け付けたのですが、間に合いませんでした。小さなお葬式をして、部屋を片付けに行った時、家具らしき物も無く、狭い空間の窓際、プランターが枯れかかっていました。そこにはミニトマト、さやインゲン、私の好物ばかりが植っていました。本当に私はバカです」他のママも同じ様な過去がありました。親は最後まで子供に何かしてやりたいんだよねぇ

再び子供達と楽しい畑仕事をしましたが、パワーはだいぶ落ちました。子供達の「可愛いー!」「おじさーん、エッちゃんが顔描いちゃった」と言う声にそちらに行くと、収穫を怠った葱畑は、一面の葱坊主が出来ていて、幾つかは、アーティストによって、可愛い顔が描かれている。これはぁ、可愛いなあー!エッちゃん天才だねえ、皆んなで大笑いした後、妻が「じゃあね、顔描いて無い葱坊主を天ぷらにしようね」と言うと、子供達が、エー美味しいの?と騒ぐ、「そうねえ、少しほろ苦くって、大人の味かな」食べる食べると騒ぐなか、エッちゃんが俺の上着をつまんで、「お顔描いちゃって、ごめんなさい」って、見上げる目から涙が溢れそうだ。ハハハ大丈夫、葱坊主はねそのままにしておくと、綺麗な花が咲くんだよ、そしたらタネの取り方を教えてあげようね、ウンと笑顔になったエッちゃんの頬を、拭き忘れた涙が、ツーッと溢れた。

おしまい


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